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少年呪術師  作者: 森新児
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第77話 三回目のカタストロフィ

 闇の中にあらわれた淡島に、天草四郎は声をかけた。


「なにかいうことがあるか?」


 声をかけてすぐ四郎は真っ白な肌の弟子に背を向けた。


「誤解です師父!」


 ドロドロに汚れた燕尾服を着た淡島の甲高い声が、夜の境内に響く。


「わたしは裏切り者ではありません! 裏切りとは愛や信頼に背くことです。でも師父、あなたはわたしを……」


 そのとき闇に青い光がひらめいた。

 淡島が燕尾服のそでから仕込み刀を出した。


「あぶない!」


「わたしを一度も愛してくれなかった。サンチャゴ」


 祈りの言葉とともに淡島は刀を振りおろした。

 しかしその切っ先が四郎の肌を斬り裂くことはなかった。

 なぜなら淡島の体は虚空に突如あらわれた、巨大な闇に吸い込まれたから。


「し、師父!」


「生まれてすぐ海に捨てられ、最期は無明の空洞を永遠にさまよう。放浪がおまえの運命だ。淡島、私はおまえを愛している。忘れるな。サンチャゴ」


「サルバドール……」


 愛している。

 その一言を聞いた淡島は目に歓喜の涙を浮かべ、手を伸ばした。

 しかしあっというまに闇に飲み込まれ、呪われた神の子の姿は見えなくなった。

 闇そのものもすぐ消えた。


「テレポーテーション」


 四郎はすこし疲れたようにてのひらで顔を撫でた。


「イメージした空間に物質を転移する。これが私が得たもう一つの力だ」


「これで終わりだろ?」


「終わりとは?」


「あなたの復讐。裏切り者は消えた」


「そうか、きみは昨日まで東京にいたから知らないんだ」


 四郎は長いまつげをそっと伏せた。


「榊家がかくまっていた柱サーカスの団員たちは、全員死んだよ」


 四郎の言葉を聞いて、一瞬頭の中がからっぽになった。


「どうして……」


「三日前だ。彼らはバスで旅行中だった。なつかしい天草へ向かっていたんだ。

 今天草は熊本と五つの橋でつながってるんだね。その最初の橋をわたっているとき、運転手が心臓発作を起こした。バスは橋から転落し、乗っていた者は全員死んだ」


「そんな、才蔵さんや佐助さんは?」


「死んだ」


「ケンイチさんや康成さんは?」


「みんな死んだ。運転手は持病があったが、その薬がべつの危険な薬にすりかえられていた。すりかえたのは帝国呪術班だ。

 国家にとって危険な芽を摘む。それがやつらの仕事だ。今榊家が海に消えたバスと遺体の行方をさがしているけど、見つからないよ。

 私が現場にかけつけたとき、彼らはすでに海中で息絶えていた。榊家の監視が厳しくて彼らとの接触をぐずぐずためらったのが失敗だった。私はテレポーテーションで弟子たちをバスごと宇宙の空洞(ボイド)に飛ばした。不浄の星にいつまでも彼らを置いていたくなかった。飛ばす直前彼らに術をほどこし、遺体が永久にくさらないようにした。せめてもの死に化粧さ」


 四郎はそこで口をつぐんだ。

 団員たちの死がショックでぼくも言葉が出てこない。

 黙りこむぼくの汗ばんだ首を夜風が生ぬるく撫でた。


「……天草四郎」


「なんだい?」


「これからどうするの?」


「弟子たちが死んで私の希望も消えた。今は新しい死者の声にこたえるのみ。私にできるのはそれだけだ」


「新しい死者って、団員のこと?」


「その通り」


「彼らはなんと?」


「恨みを晴らせ。そういってる」


「そんな……」


 そのとき神社の拝殿がミシミシかすかに家鳴りするのが聞こえた。

 余震を警戒しながら、恨みを晴らすって呪術班に復讐するってこと? と四郎に尋ねた。


「彼らと戦うのは国家と戦うのと同じだよ」


「私が戦う相手はいつも国家だ。天草島原の乱のときもそうだった。でも今さら国を相手にもう一度戦争するのはめんどくさい。

 だからまとめて天罰をくだす」


「天罰? ん」


 ぼくは神社の境内を見わたした。

 異音が聞こえる。

 また拝殿が家鳴りしている。

 ミシミシといういやな音が急速に大きくなってゆく。

 ころがる鈴のように地面がふるえだし、ぼくはとっさに、地震だ! と叫んだ。


「ちがうわ三郎」


 見て、とAが足もとを指さした。


「なに?」


「影」


 とかすれ声でささやくのはそばにきたカラミルだ。


「かげ……」


 たしかに神社の砂利の上に、ぼくの青い影がくっきりと落ちている。

 月影だ。

 はじめのうちはなにが起きているのかわからなかった。

 でもじっと足もとを見ていて気がついた。


「……そんなバカな」


「そうよ三郎。

 影が大きくなってる」


 ぼくはすぐ夜空をあおぎ見た。

 満月が見えた。

 クレーターがはっきり見えるほど、大きな月が。


(さっきまで上弦の月だったのに)


「テレポーテーションで月を地球に近づけている」


 四郎の胸もとにある黄金の十字架が、月の光を浴びてなめらかに輝いた。


「二度の地震もこれでやった。月をほんのわずか地球に近づけ、月の引力で大地の磁場を狂わせピンポイントで地震を起こした。地震を起こしたあと月をもとの位置にもどした。でも今夜はもどさない。

 このまま地球にぶつける。

 これが私が起こす三回目のカタストロフィ、ジャイアント・インパクトだ」

 

 語り終えると四郎は胸の十字架を、細長いきれいな指でそっと撫でた。





 大地は揺れ続けた。

 震度はおそらく六。

 拝殿の前にぼんやり立っていたフランチェスコたちが目をさまし、あわてて地面にはいつくばった。

 すでに二度の地震で傷ついている城の天守閣から獣の咆哮のような音がとどろいた。

 手水場の水が勢いよく跳ね、台風なみの強風がまぶたをたたく。

 あらゆる現象が地球の危機を告げていた。


「ジャイアント・インパクトで地球の七十パーセントは破壊される。しかし南半球にぜったい安全な場所がある。私はテレポーテーションで今からそこへ行く。早川三郎、きみときみの友人もそこへ連れていってもいい」


「……」


「断るならここで月の光で酩酊死する蝶のように死ぬだけだ」


「罪のない人をまきぞえにして平気なの?」


「自業自得だ。死者の声に耳を貸さなかった生者の傲慢が悪い。そうだね、ユイ」


「え?」


 ユイは無言で四郎を見つめていた。

 黄泉の国にいたときのように、顔のアザが汗で光ってる。


「三郎、ジェットよ」


 Aは夜空を指さした。


「あなたのジェットを月にぶつけるの」


「ぼくの光は物質に影響を与えないよ」


「物質ではなく()()()()()に影響を与えるの。前進する月の力をあなたの光の力で打ち消し、元の位置に押し返すのよ。月の位置や軌道はわたしが測定する」


 満月はさっきよりさらに大きくなってほとんど夜空をおおっている。

 ためらう時間はない。


「よし」


 ジェットを放つため呪文を唱えようと胸に手を当てた。

 すると四郎がいった。


「三郎、私のジャイアント・インパクトを止めることを死者たちは望んでない。

 そうだね? ユイ」


「彼女は関係ない!」


「四年前私はある人の声で目をさました。

 破壊せよ

 その人はそういった」


 そのとき強風が途切れた。


「ぼくを目ざめさせたものはそこにいる」


 神社にとつぜん訪れた静寂に、天草四郎の声がやさしくひびいた。


「彼女こそ平将門や菅原道真を上回る日本最強の大怨霊だ。

 眠りからさめた私が得た二つの力、弟子たちに異能を授ける能力も、テレポーテーションも、大怨霊である彼女の呪力がもたらしたものだ。わかるかい? 真の救世主(サルバドール)は私じゃない。

 祖父江唯だ」


「そんな」


 そのとき強風で飛ばされた一粒の砂利が、汗ばみやわらかくなったぼくの頬を一筋ピシッと切り裂いた。


「……バカな」


 最初に、冷たい、と思った。

 唇が、頬からしたたる血に濡れている。

 その血の苦みが、放心状態にあったぼくを目ざめさせた。

 ユイを見た。

 さっきと同じように、無言で顔のアザを光らせている。

 彼女を見ながらつぶやいた。


「ユイはただ、迷いがあって地上をさまよっているだけだ」


「長い眠りから目ざめた瞬間、私は彼女が体験した地獄を見た」


 四郎は厳粛に語った。


「彼女が私に見せてくれた。私はこの世の究極の地獄は乱のときの原城(はらじょう)とばかり思っていた。飢えと恐怖と絶望に満ちたあの戦場こそこの世の地獄だと。その考えは甘かった。

 祖父江唯が体験したものこそ、この世の究極の地獄だ。

 彼女の燃えたぎる怒りと憎しみが、私に偉大な力をもたらした。

 ユイ、きみが見たものを三郎にも見せてやってくれ」


「ごめんね、三郎くん」


 え? と思ったときにはもうすぐそばにユイがいた。


「わたしが見たものを、きみも見て」


 ユイはぼくの左手にそっと触れた。

 ユイの手はネコの肉球のようにひんやりしていた。

 冷たい、と思った瞬間ぼくは見た。

 かつてユイが体験したものを。


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