第76話 サルバドールは語る
「天草島原の乱で反乱軍の軍師をつとめたのがきみもよく知る淡島だ。私を神の子として売り出したのも彼だ」
頭のいい大学生のように天草四郎のしゃべりは軽快だ。
伊能三次のときとはおおちがいだ。
「淡島は私のささいなエピソードを奇跡と呼んで人々におおげさに話し、私を神の子にしたてた。
たとえば大矢野から湯島まで海の上を歩いてわたったとか。
枝にスズメがとまっていて、近づいた私が呪文を唱えるとスズメが動かなくなり、その枝を折ってスズメといっしょに持ち帰ったとか」
「その話知ってるけどあれはウソなの?」
「どうかな」
照れ臭そうに横を向く四郎の表情を見て確信した。
(あの話、ウソじゃないんだ)
「私は信仰しか持たない無知な子どもだった。といってもまわりの大人に流され、彼らのいいなりになって反乱軍の総大将にかつがれたわけじゃない。
自分の意思で総大将になったんだ」
「自分の意思で?」
「そう。すべての民草が豊かで平等にくらせる社会を実現したかった。今の日本のような。勝つみこみもちゃんとあった。
籠城戦が長引けばポルトガル軍がわれわれ反乱軍の救援にかけつける約束だった。
ポルトガルと直接交渉して密約をむすんだのは私だよ。ママコス上人に軍を紹介してもらった。大砲や鉄砲で武装したポルトガル軍の戦艦が大挙島原に押し寄せ、海から砲撃すれば幕府軍はひとたまりもなかった。島原の勝利は狼煙にすぎない。われわれの勝利に呼応して日本中にかくれているキリシタンが一斉蜂起する予定だった。
それが反乱の真のねらいさ。
そうなったら徳川幕府も安閑とはしていられない。日本全土のキリシタンが立ちあがればポルトガル以外のキリスト教国も援軍にかけつける。そうなったら……」
「でもそうならなかった」
「うん。逆にオランダ船に城を砲撃されて城兵がおおぜい死んだ。たぶん幕府が手をまわしてポルトガルにもっと有利な条件を出して密約をつぶしたんだ。
ともかくあてにしていた援軍はこず、われわれは敗れた。最期まで私を慕いともに戦った弟子たちはみんな死んだ。才蔵も佐助も薩摩の氏長も百姓の床介も最期は食うものがなくなって棒のようにやせこけて死んだ。かわいそうだった。
私は原城が落ちる直前自決しようとした。短刀で頸動脈を斬るつもりだった。
そこにヒルコがあらわれた。
ヒルコは鬼神の働きで幕府軍のサムライを斬り殺し血路をひらいた。反乱軍の人間で城から落ちのびることができたのはヒルコと淡島の兄弟と私の三人だけだ」
「二人はなぜあなたを助けたの?」
「私が二人の教父だから。最初は私を利用するだけのつもりだったはずだ。でもいつのまにか『あなたはほんものの神の子です』なんていうようになったね二人とも」
四郎は肩をすくめた。
(そうか、あの兄弟、天草四郎のカリスマに魅入られ自らソルダード=信者になったのか)
「城から落ちのびるとヒルコはすぐどこかへ旅立ち、淡島は私を熊本城下にかくまった。だいたんなふるまいだけど『木をかくすなら森の中、人をかくすなら人の中』と淡島はいった。彼の判断は正しかったよ。
淡島はあるお屋敷の地下にある秘密の部屋で、私に不老の術をほどこした。天草四郎は十六歳の肉体のまま眠りについた。
三七四年間眠った。
不死者の淡島とヒルコが私の肉体を守り続けた。あの兄弟がいなかったら、私はとっくに死んでいる」
「あの……」
かゆくもないのに白髪頭をぽりぽりかいたのは、いいにくいことをいうときのぼくのくせだ。
「あの、こんなこというのはあれだけど、反乱軍とポルトガル軍の密約をつぶしたのは幕府じゃないと思う。
淡島だよ。
淡島ははじめからきみや仲間をイケニエにするつもりで……」
「知ってる」
「え?」
「眠りからさめた瞬間、私は二つのことに気づいた。
淡島が裏切り者であること。
そして自分がとてつもない力を二つ得たこと」
「力?」
「淡島はとつぜんの目ざめに驚いたが、私が得た力を一つ見せてやると狂喜した。そしてブリガドーンの儀式について話した。儀式のイケニエとして天草島原の乱に参加した百姓や傀儡衆をよみがえらせると淡島はいった。私がすぐあいつを殺さなかったのはそのせいさ。
もう一度みんなに会いたかった。弟子がみんなよみがえったら用済みの淡島を殺すつもりだった。
目ざめた私は神の子と呼ばれた前回とは逆に裏方にまわった。表向きの仕事は淡島にまかせ、サルバドールの称号も彼に名乗らせ、自分は裏で新しい信者の獲得に奔走した。私が得たもう一つの力が信者獲得の役に立った。
それぞれの個性に合わせた異能を授ける。それが私の得たもう一つの力だ。とくに強烈な個性を持つ信者をこの力で神兵に仕立てた。私と師弟の契約を結んだ者は、みんな異能を持つソルダードになった。
天草島原の乱で死んだ弟子たちをよみがえらせるため、熊本の空気を殺気と緊張に満ちた不穏なものにする必要があると淡島はいった。私は淡島の求めに応じ二つのことを実行した。
一つは神兵による人々の殺害。遺体は私が始末した。
二つ目が地震。一回目はなれてなくてあまり効果がなかったからもう一回やった。
二回目の地震はわりとうまくいった。本当は熊本城の天守閣をこわす予定だったけど、まだそこまで大きく大地を揺らすことはできなかった。残念だ」
天草四郎の口調はいたってのんきなものだった。
最初に見た映画がつまらなかったから別の映画館でもう一本映画を見たといってるような感じ。
「あなたが地震を起こしたの?」
「そうだ」
「それ本気でいってるの?」
「本気だ。二度目の地震のあと、白川の河原に赤いテントがあらわれ、その中に私の弟子たちがいた。あのときはまだ幽霊だったけど。
彼らを生者として完全によみがえらせるために、淡島にブリガドーンの儀式を実行させる必要があった。私のもくろみ通り淡島は儀式に成功し、弟子たちは生者として完全によみがえった。
黄泉の国でイザナミが覚醒したとき、ユイに霊感がおりてきただろう。覚えてるかい?」
「覚えてる。彼女にイザナミにかけられた最大の呪いは夫のイザナギと教えられ、それで……」
「あれ、アドバイスしたのは私なんだ」
「え?」
「あのとききみたちといっしょに純粋精神体の弟子を黄泉の国に派遣したんだ。きみがピンチになったらユイに憑依するよう弟子に命じた。そして私があらかじめ教えておいた内容をユイを通じてきみに告げるよう指示を出しておいた。感謝してほしいな」
「ふざけるな」
四郎のさわやかな笑顔を見ていたら、猛烈に腹が立った。
「地震で何人死んだと思ってるの?」
「私の仲間は原城で三万七千人殺されたよ」
「あなたの復讐に無関係な人を巻き込んでいいと思ってるの?」
「三郎、きみは呪術師だろう? 聞こえないのか?
恨みを晴らしてくれ! と叫ぶ声を。
幕府になぶり殺しにされた三万七千人の仲間の無念の声が私には聞こえる。今この瞬間も。人は乾いた口で『恨みを忘れて前を向け』という。
なんという空虚な倫理だ!
幕府軍のサムライどもは投降した反乱軍の兵士を皆殺しにした。麻を刈るように首を刈り、その首を城の柵にならべて晒した。胴体は海や堀に投げ捨てた。反乱しなければ飢え死にするしかなかった無辜な百姓に対する仕打ちがこれか! 彼らを弔う神社さえいまだに建立されていない。
世界中のみんなが忘れても、私一人だけは無実の死者の恨みを忘れない」
「でもイエスは『右の頬を打たれたら左の頬もさしだせ』といってるよ。イエスは争うなっていってるんでしょ?」
「そんな甘いこといってるから最期に十字架の上で『エリ・エリ・レマ・サバクタニわが神わが神なぜわたしをお見捨てになるのですか』なんて情けない恨み言をいうはめになるんだ」
「では復讐を続けると?」
「もちろん。見ろ」
四郎が優雅に手をかざすと、その先の闇が鬼火に照らされたかのようにぼうっと明らんだ。
闇の中に、人がいた。
(あいつは)
「さ、サルバドール」
闇の中にあらわれたのは、ぼろぼろの燕尾服を着た淡島だった。
真っ白な顔を脂汗で光らせ、淡島はおぼつかない足どりで四郎に近づいた。




