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少年呪術師  作者: 森新児
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第75話 彼の正体

「こっちこっち」


 公園の奥にある丘でオサムが待っていた。

 オサムはわたしたちを見るとうれしそうに手を振った。

 ランと太一とタケシもいて、街灯の下でひとかたまりになって白い光につつまれている。

 いうまでもないが彼らはカラミルとフランチェスコが吸血鬼なのは知らない。

 今からおよそ四ヶ月前、この場所で赤い髪のカツラをかぶったこわいおじさんにからまれているところを三郎に助けられたんだっけ……と回想しながら、わたしはオサムたちに手を振り返した。

 みんなと会うのは二週間ぶりだ。


「よお、東京どうだった?」


 最初にオサムが尋ねた。


「おもしろかった。講道館にも行ったよ」


 と三郎。


「講道館に行ったのか!」


 柔道修行中のオサムはうらやましそうだ。


「ねえ知ってる? さゆり先生今半藤出版の半藤美津子さんと南アフリカを旅行中なんだよ」


 といったのはラン。


「あの二人友だちなんだ?」


 太一は旅行より二人の関係に興味を示した。


「……」


 タケシは三郎を見てもなにもいわず、ただメガネの奥の目を粘っこく光らせた。

 オサムと太一とランは真っ黒に日焼けしているが、タケシの肌だけ夏休み前と同じように生白い。

 あいかわらず引きこもっているようだが、この前はサーカス、今日は肝だめしに参加するため家を出たのだからそこは大進歩だ。





 それから公園を出発し、みんなで加藤神社へ向かった。

 加藤神社は熊本城の天守閣を間近にのぞむ場所にある。

 お城を建てた加藤清正を祀った神社だ。

 神社につくまでわたしたちは口をきかなかった。

 地震のせいで熊本城周辺はまだ立ち入り禁止だからおおっぴらにはしゃげない。

 さっき公園でタケシが「ここらへん入っちゃだめなんじゃ……」と心配すると、オサムがすかさず「だめなことやるからおもしろいんだ」といった。

 わたしはこころの中でオサムに同意した。

 オサムが考えた肝だめしのルールはなかなか手がこんでいた。


 一 プレーヤーは一人で加藤神社の境内に向かう。

 二 最初のプレーヤーはB6サイズのスケッチブックとサインペンと拍子木を持っていく。

 三 境内についたらスケッチブックをひらいて左のページに「自分の名前」、右のページに「好きな子」の名前を書く。

 四 書いたら次の人のために新しいページをひらき、スケッチブックとペンを拝殿前の石段に置く。

 五 拝殿に一礼して終了の合図に拍子木を一回たたく。

 六 拍子木の音を聞いたら次のプレーヤーが拝殿に行っておなじことをする。最初のプレーヤーはそのあいだ拝殿の裏で待機する。


「えー、好きな子の名前書くの。やだー」


 いやだというわりにうれしそうなランを無視してオサムは説明を続けた。


「全員書き終えたらスケッチブックをAにわたす。スケッチブックは卒業式のときタイムカプセルに入れて校庭に埋める。んで十年後、おとなになってからみんなでもう一度集まってタイムカプセルをあけてスケッチブックを見る。それで肝だめしは終わりだ」


 なかなか壮大な話になってきた。


「ファンタスティック」


 拍子木(ひょうしぎ)を見たカラミルとフランチェスコは目を輝かせた。

 はじめて見る和道具に異国情緒を刺激されたようだ。

 わたしにはなんの変哲もない長方形の二本の棒にしか見えないけど。

 ……こんなつまらない見方しかしないから、わたしの目は黒いだけのつまらない目になったにちがいない。


「じゃあ行こう」


「待った」


 はやる太一を呼び止め、オサムはみんなに輪になるよう命じた。


「なにすんだよ?」


 出鼻をくじかれた太一はムッとくちびるをとがらせた。

 この二人、仲がいいんだか悪いんだかよくわからない。


「おまじないさ。みんな手つないだ? じゃおれといっしょに呪文をいうんだ。

 腕きりげんまん、スケッチブックの他人のページ見たやつは針万本のーます、腕きった!」


 地震のあとずっと閉館している熊本博物館の前を通りすぎると、道のわきに瓦礫をつめた黒い巨大な土嚢がたくさん積まれているのに出会った。

 城の石垣も見えた。

 大きくえぐれた斜面を、半月の光が青く照らしてる。

 石垣が傷口から青い血を流しているようにも見える。


「かわいそう」


 と、ランがぽつりとつぶやいた。


(ランちゃんはいいな)


 思ったことや感じたことをすぐすなおに言葉に出せる。

 それは無意識に言葉を吐いてもだれかがその言葉を受けとめてくれる、少なくともその言葉のせいで攻撃されることはない、そんな落ちついた環境に彼女が生きてる証拠だ。

 わたしはちがう。

 わたしにとって言葉はトランプのカードみたいなものだった。

 切り方をまちがえると痛い目にあう。

 ちいさいころは黙っているあいだもこころの中はどしゃぶり雨みたいにさわがしくて、次に自分が口にする言葉が正解かどうかずっと考えていた。

 そんなだから言葉に対する恐怖心が芽生え、どもりになっちゃった。





 月見公園を出発して十分ほど歩き、加藤神社についた。

 わたしたちは塀沿いに道が大きく右にカーブしたスポットで待機することにした。

 そこから白い塀越しに見えるのは神社の鳥居とお城の大小天守閣、そして西の空にうかぶ上弦の月だけ。


「はじめようぜ」


 オサムが小声でいった。

 いよいよ肝だめしのはじまりだ。

 順番はさっきあみだくじで決めてある。


「じゃ、行ってくる」


 首から拍子木をぶら下げ、片手にスケッチブックを持ってフランチェスコは色っぽくウィンクした。

 彼が境内へ去って、しばらくすると「カン」と拍子木の乾いた音が聞こえた。


「次はあたし……」


 語尾をすこしふるわせランが去り、しばらく待つとまたカンと聞こえた。


「ぼくの番」


 青ざめた顔でタケシが出発した。

 こんどはなかなか拍子木の音が聞こえない。


「なにもたもたしてんだよ」


 オサムがいらいらしはじめたら、ようやくカンと鳴った。


「よっしゃ」


 せっかちにオサムが出発し、すぐカンと聞こえた。


「えーと、ぼくだ」


 乾いた唇を舐め太一が出発した。

 神社に向かう前、まじめな太一は暗がりで字を書く練習をした。

 境内では手もとが見えないかもしれないから不安だったのだろう。

 彼が指を泳がせ虚空に書いた名前が「雨宮蘭」なのをわたしははっきり確認した。

 しばらくすると境内で「コン」と拍子木が鳴った。


「い、行ってきま……」


「待った」


 出かけようとしたわたしの肩を、三郎がとつぜんうしろからおさえた。


「な、なに?」


「拍子木の音が変わった。低くなった。拍子木の反発を腕力でおさえこんでる」


「ど、どういうこと?」


「今拍子木をたたいたのは太一じゃない。神社に大人がいる」


 そういうと三郎はわたしから離れ、Aやカラミルとひそひそなにか話しこんだ。

 一人とりのこされたわたしは所在なく夜空の半月をながめた。

 するととつぜん言葉が聞こえた。

 自分の口から。

 こんな独り言がもれた。


「破壊せよ」


 上弦の月の青い光に瞳を染めながら、胸を撫でた。

 自分のつぶやきが、鉄槌のようにするどくこころに刺さった。

 わたしは祈りをささげるように、胸の前で手を組んだ。


(ああ、やっとわかった)


 遠くの月が教えてくれた。

 わたしがこの世に生まれた意味を。

 知りたくなかった宿命を。

 盃にうかぶ酔月のように、そのとき涙の向こうで半月が揺れた。





 ■


 ぼくとユイとカラミルとAの四人は懐中電灯をつけず、足音を忍ばせ加藤神社に向かった。

 ついても境内に入らず、鳥居の石柱にかくれてようすをうかがう。


「だれかいる……」


 ぼくより夜目がきくカラミルがそうささやいたとき、なにかの甘い匂いが鼻をうった。

 どこかで嗅いだ覚えがある匂いだ。

 目を細め闇の奥を見つめた。

 闇の一部が赤い。

 それから境内の奥にある拝殿の前にフランチェスコ、ラン、タケシ、オサム、太一が横一列にならんでいるのも見えた。


「だめよ三郎」


 ぼくはAが止めるのも聞かず、一人で鳥居をくぐった。

 境内に敷きつめられた砂利が足裏をここちよく刺激する。


「さすがだね」


 その男はぼくを見て笑顔になると、手にした振り香炉を大きくブンッと振った。

 鎖に吊りさげた香炉から白いけむりがたなびき、乳香の甘い香りが闇に広がる。


「砂利を踏んでるのに足音がしないなんて」


「ぼくの友だちになにをした?」


「心配しなくていい。彼らに催眠術をかけた。みんな夢を見て眠ってるだけだから」


 男はまたブンッと香炉を振った。


「なぜ乳香を焚く?」


「儀式の前に空気を清める」


 そういうとサンジは振り香炉を足もとにそっと置いた。

 境内でぼくを待ち構えていたのはわが早川家の書生、伊能三次だった。

 サンジはいつものようなセーラー服ではなく、宮下神父も愛用したキャソック、映画マトリックスでキアヌ・リーブスが着て有名になったあの丈の長いカトリックの礼服を着ていた。

 ただし色がちがう。

 宮下神父やキアヌが着ていた服の色は黒だが、サンジのキャソックは傷口からしたたり落ちた、新鮮な血のように赤い。

 まっ赤なキャソックの胸もとで、星の光を浴びた十字架が黄金色に輝いている。


「あらどうしたのサンちゃん?」


「きちゃだめだ」


 ぼくはAを制し短い時間考えた。


(柱サーカスの団員の多くは天草島原の乱の参加者だ)


(彼らは当時十六歳の少年を神の子と崇め、反乱軍の総大将にかついだ)


(少年はポルトガル人の宣教師ママコス上人から信仰を学んだ)


(神の兵士を自称する超能力者ソルダードが能力を使うとき、唱える呪文「サンチャゴ」はポルトガル語)


(サンチャゴは原城に籠城した一揆勢も気勢をあげるとき叫んだキーワードだ)


(反乱軍の総大将になった少年は原城の戦闘で右肩と背中と左足のふとももに傷を負った。幕府軍の兵士がそう証言している)


(同じ傷がサンジにもある)


(反乱軍の陣中旗は黄金の杯と十字架をつけたホスチアの絵だ)


(同じ絵を描いた旗が柱サーカスのテント小屋のてっぺんで風に揺れていた)


(自殺した二郎兄さんも生涯の最期に同じ絵を模写した。ああ、ぼくはバカだ)


(あの絵は二郎兄さんのダイイングメッセージだったんだ!)


(二郎兄さんを死に追いやり、百人もの人間の死体をだれにも知られることなく処分した男の名前。それは……)


「私の正体がわかったかい?」


「わかったよ」


 ぼくはうなずいてサンジにいった。


「あなたの正体はサルバドール、いや、

 天草四郎時貞だ」


「ご名答」


 天草四郎は満足そうにうなずくと闇に白い歯をのぞかせ、さわやかに笑った。


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