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少年呪術師  作者: 森新児
74/85

第74話 夏休みの夜

 ★


 外の壁に赤い紙が張られた家にいる。

 電気がないからとても暗い。

 家は地震でこわれ今にもつぶれそうだ。

 しかし赤い紙が張られた家は、規則で人が入ってこないからむしろ好都合だ。


「助けて……」


 床に横になっていたホームレスのじじいのは一声うめくと、枯れ木のように細い手を虚空に伸ばした。


「なにをつかもうとしている? 希望か?」


「び、病院」


「バカめ」


 おれはナイフでじじいの顔をするり、と撫でた。


「死んだ人間の肉はまずい。食うなら生きた肉がいちばんだ」


 自分の顔の肉を貪るおれを、じじいはカッと目を見開いて見た。


「本当はおまえのようにくさい年寄りの肉なんぞ食いたくない。若くてピチピチした娘や元気いっぱいの子どもの肉がうまいに決まってる。でも小林一彦の貧弱な肉体では人に知られず人を殺すのはむずかしい。それに若者や子どもを殺したら親や友人がさわぐ。面倒だ。だからおまえのように世間と縁が切れた孤独な老人の肉でがまんするしかないんだ」


 またじじいの顔をナイフで撫でた。


「知ってるか? 人間の体で二番目にうまい肉は顔の肉なんだぞ。口腔器官をしょっちゅう使うから肉のしまりがいいんだ。クマやライオンを見ろよ。あいつら人間を襲ったら最初に顔の肉を食うだろう……なんだ死んだのか」


 棒を飲んだように、口をあけっぱなしのじじいののどに深々とナイフを突き立てた。


「客が満腹になるまで死なずに生きるのがエサのマナーなのに。まあいい」


 着ているレインコートのすそで口もとの血をぬぐった。


「おれを止められる人類は早川三郎だけだ。あのガキを殺したらふたたび人間狩りを開始する。プロレスラーみたいに体格のいいやつに憑依して、男も女も食い散らかしてやる」


 おれは一気にナイフを引きおろし、じじいの胸を切り開いた。

 それからポキポキ小気味のいい音立てて肋骨を折った。


「……いちばんうまい人間の肉はこれだ」


 おれは闇にかざした心臓にかぶりついた。





 △


 夜です。

 脱衣所で師父が服を脱いでいます。

 これからお風呂に入られるのです。

 最後にパンツを脱いで師父は裸になりました。


「……」


 思わず息を飲みました。

 古代ギリシャの彫刻像のような、神々しさをたたえた美しい裸体です。

 師父のお体に傷がありました。

 その傷が受難の聖痕に見えるのは、信者の盲信でしょうか。

 ぼーっと見とれていると師父がいわれました。


「いいぞ、ユダ」


「……はい」


 精神体のわたしは裸の師父に憑依し、お体を洗いました。





「早川三郎と決着をつける」


 服を着替え終えると師父がそういわれました。


「決着、ですか?」


 虚空から問い返すと、師父はきっぱりいわれました。


「そうだ、時はきた。

 あす、三回目のカタストロフィを起こす」


 まだ濡れている髪を撫であげ、師父は最後にこういわれたのです。


()()()にも手伝ってもらう」





 ●


「わ、わたしまだ、ここにいていいの?」


 夏休みの初日、というより黄泉の国から命からがら帰ってきたあの日の朝のことだ。

 早川家の地下室で、わたしは三郎から黄泉の国で約束した漫画『邪馬台(やまと)幻想記』を受けとった。

 そのとき「ここにいていいの?」と尋ねた。


「なんでそんなこと聞くの?」


「だ、だってわたしもう、用済みでしょ?」


「なにいってんだよ! 今までだって用があっていてもらったわけじゃない。きみの気がすむまでここにいていいよ」


「そ、そんなこといったらおばあちゃんになるまでずっとここにいるよ!」


 頬をふくらませてそういうと


「ず~っといなよ」


 三郎は平然とうなずいた。


「え? で、でも成長するためにわたしも一人立ちしないと……」


「もう成長してるじゃん」


「そ、そう?」


「ぼくのこと、出会ったはじめのころは警戒してこころをひらいてくれなかっただろう? でも今は信頼してくれてる。他人を信頼するって自分に自信がないとできないよ。その自信が成長のあかしだよ」


「そ、そうかな?」


「そうだよ。ねえ、黄泉の国でぼくにイザナミの呪いは夫のイザナギだって教えてくれただろう、覚えてない?」


「……ご、ごめん。覚えてない」


「そっか。あのさ、さっき美津子さんにサルバドールの件を解決したごほうびに二週間くらい東京で遊んできなさいっていわれた。本郷に榊家の別邸があるんだ。もちろんAも東京に行く。カラミルとフランチェスコもいっしょだよ。きみも行くよね?」


「い、行く!」


「三郎、ユイ、お茶いれたわよー」


 上の階からAの呼ぶ声が聞こえた。

 カラミルとフランチェスコが笑いあう声も聞こえる。

 これからみんなで陣太鼓ソフトクリームを食べるのだ。

 本を手に階段に向かうと、先に登ろうとしていた三郎が不意に振り向いた。


「どこにも行かないでよ、ユイ。ぼくのためにここにいて」


「……うん」


 三郎の願いに応じてうつむいたら、ちょっと胸が熱くなった。

 これまでの人生でだれかになにか命令されることはしょっちゅうあった。

 でもだれかになにかを求められるのは、このときが生まれてはじめてだった。





 夜の空気は昼より甘い。

 とくに夏はそう。

 昼間暑いと甘さはいっそう濃くなる。

 スイカにお塩をかけたら甘くなるみたいな感じ? ちがうかな。

 今日は日中最高気温が三十六度になったからひときわ甘い。

 わたしは夏の匂いをくんくん嗅ぎながら夜の散歩を楽しんだ。

 八月十五日月曜の夜、時間は九時ごろ。

 わたしと一緒に歩くのはAと三郎、カラミルとフランチェスコの姉弟(?)だ。

 わたしたちは昨日東京から帰ってきたばかりだった。

 東京ですごした二週間は楽しかった!

 それは地震やサルバドールの不安から完璧に解放された、夢のような時間だった。

 サンジが留守番で熊本に残ったのは残念だが、カーキチはなんとフェリーに乗って東京まで追いかけてきた。

 毎日いろんなところで遊んだ。

 豊島園のプールで泳いだり

 東京ドームで野球を見たり

 神保町で古本屋をめぐったり

 秋葉原でメイドカフェを訪れたり

 原宿でクレープを食べたり

 カラミルのリクエストで青山墓地を

 フランチェスコのリクエストで四谷の聖イグナチオ教会を訪ねたり

 三郎が聖地巡礼と称して山田風太郎『警視庁草紙』の舞台となった銀座を歩きまわったり

 カラスの聖地(?)代々木公園を訪れたり

 大きなサッカー場でももいろクローバーZのコンサートを見たり(わたしは赤、カラミルは緑、Aは黄、フランチェスコはピンク、三郎は紫のペンライトを振った)

 それからディズニーランドへ行ったり!


 わたしはひまを見つけて熊本から持ってきた『邪馬台幻想記』を読んだ。

 これもっとはやく読みたかった、めちゃくちゃおもしろい!

 ヒロインは邪馬台国の二代目女王である壱与(いよ)という少女だ。

 壱与はとっても明るい元気な子で、三郎はわたしに似てるというが、わたしはこんなにかわいくない。

 三郎だけでなくAもカラミルもフランチェスコも「似てる」というけど、きっと口裏を合わせているのだ。

 でも一つだけ似てるところがあった。

 壱与にはなにか壮絶な暗い過去があるらしい。

 物語の中でそれがどういうものかは語られないが、鏡で自分の過去を強制的に見せられた壱与はひどく落ち込む。

 そこのところだけ似ていた。

 わたしにも、ぜったい思い出したくない過去がある。

 それより主人公の方術士紫苑(しおん)が三郎にそっくりで驚いた!

 髪は三郎と同じ白髪だし、体は小柄だし、泳げなかったり馬に乗れなかったりで一見運動神経は悪そうで、でも凄腕の方術士で、それにまだ子どものくせに大人びていていろいろ生意気で。

 女の子のようにかわいい顔もよく似てる。

 でもAとフランチェスコとカラミルは


「似てないわ」


「きみ目がおかしいよ」


「ダーリンかわいいけどこんなにクールじゃないわ」


 と、にべもない。

 いや目がおかしいのはみんなのほうだよ! それに……


「シッ」


 三郎は唇に指を当て、あたりのようすをうかがった。

 だれもいない。

 月見公園の入口にわたしたちはいた。

 最初に三郎が入口に張られた規制のロープをくぐり、カラミルとフランチェスコがあとに続いた。

 これからみんなで肝だめしをやるのだ。


「さ、ユイ」


 Aがロープを持ちあげてくれる。


「ありがとう」


 お礼をいってロープをくぐった。

 すんなり言葉が出てくるのがうれしい。

 最初の発音がア行のとき、わたしの口から言葉はスムーズに出てくる。

 Aは片手にギターケースを抱えていた。

 肝だめしのあとオサムの家でパーティーをやることになっていて、その余興で三郎がギターを弾くのだ。

 夜になってもまだ暑いけど、人が出入りしない公園の空気はひんやりしていた。

 そのすずしさがうれしくて、とっさに小躍りしそうになった。

 そのときわたしはまだ知らなかった。

 なにもかも、今夜ですべて終わるなんて。





「名前どおりだね。月がよく見える」


 入ってすぐのところにある石橋の上で足を止め、フランチェスコは天ををあおいだ。

 西の夜空に上弦の月が見えた。


「美しい」


 それはあなたのほうと思いながら半月と美少年を交互に見比べた。

 見ているだけで頬がボーッと火照ってくる。

 吸血鬼になってからフランチェスコは美しさにますますみがきがかかった。


「ジョウゲン……ハーフムーンの形が張られた弓に似てるから上弦というのね。日本人って詩人ね」


 カラミルの瞳が月を反映してさらに青く輝いた。


(ああ、いつも月を見ているからカラミルの目はあんなにきれいなんだ)


 わたしも汚いものばかり見ないでもっときれいなものを見ればよかった。

 そうすればこんな黒いだけのつまらない目にならなかったのに。


(でも、子どものころ、わたしのまわりにきれいなものなんてあったかな……)


「あなたの黒い瞳もすてきよ」


 カラミルはそういってわたしの髪を撫でた。

 わたしは照れてうつむいた。

 カラミルは人のこころを読むのがとってもうまい。

 だからわたしはカラミルが好きだけど、彼女と話すとき、いつもちょっぴり緊張する。


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