第69話 邪馬台幻想記のヒロイン 壱与
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三郎の大将戦が終わった。
優勝決定戦がはじまるまでのあいだ、イスにすわった三郎にAが寄り添い、彼の手足をマッサージした。
わたしは自分の顔のアザを撫でながら、すこし離れたところから二人を見守った。
「優勝決定戦の作戦は立てたの?」
肩をもみながらAが問う。
「立てたよ。敵の手の内がわかったから」
「手を触れずに善鬼の首をねじきった水島の能力、あれはなに?」
「サイコキネシス」
三郎はきっぱり断言した。
「手を触れることなく念じるだけで物質に影響を与える超能力。水島が使ったのはそれだよ」
「砂漠で死んだベドウィンのまわりに足跡がなかった現象もそれで説明つくわね。で、あなたはどんな手を使うの?」
「光を放つ」
三郎は左目の義眼を指さした。
「ぼくの能力で最強なのこれだからね。もっともぼくの能力も水島にばれてる」
「お互い得意の術を正面からぶつけあうわけね。となると西部劇のガンマンみたいな早撃ち勝負になるけど……ちょっとまずいわ」
Aは水島と三郎の呪文をそらんじた。
「あがなせのみこと、かくせば、いましのくにのひとくさ、ひとひにちがしらくびりころさむ。
このさかずきをうけてくれ、どうぞなみなみつがしておくれ、はなにあらしのたとえもあるぞ、さよならだけがじんせいだ。
あなたの呪文のほうがだいぶ長いわ。はしょれないの?」
「呪文は鍵だからちゃんと唱えないとエンジンがかからない」
「じゃどうするの? 呪文を唱え終わる前にあなたの首、水島のサイコキネシスで飛んじゃうわよ」
「相手の鍵をまわさせない」
三郎は自信たっぷりにいった。
「鍵をまわせなかったらどんな高級車も動かない」
そのときカチカチと固い音が聞こえてきた。
「厄を祓いました」
赤い袴の巫女さんはそういってほほ笑んだ。
今聞こえた固い音はこれから三郎と戦う水島のために、彼女が火打ち石で切り火を打った音だ。
巫女さんは水島が着ている紫の詰襟の肩を払った。
「班長はん、うちを一人にしたらいやですよ」
巫女さんは水島のリーゼントの前髪をそっと撫でた。
「わかってる」
「お腹のややはうちとあんたの子ですからね」
「バカいうな。今おまえのお腹にいるのはおれの母上だぞ」
(は?)
水島がいってることが、わたしにはさっぱり理解できない。
「そうかもしれまへんがあんたのお母さんをこしらえるためにうちとあんたがやったことを、うち忘れまへんで」
「わかったわかった」
「兄上、どうぞごぶじで」
淡島が無粋に二人に割って入った。
淡島のほうがだいぶ年上に見えるが、淡島は水島を兄と呼んでいる。
(ていうかこの二人って兄弟なの?)
この三人の関係性がいよいよわからなくなってきた……と首をかしげていたら才蔵さんが三郎に声をかけた。
「三郎さん、頼んまっせ」
ほかの団員も才蔵さんに続いた。
「がんばれよ」
「勝ってくれ」
「氏長と善鬼の仇をとってくれ!」
「この勝負に三郎どんが勝ったらおるたちは解放さるっとたいね?」
といったのはお百姓さんのリーダー床介さんだ。
「そうです。晴れて自由の身です」
「そん自由ちゅうのがよくわからんばってん、それなんね?」
自由は明治の文明開化で日本に入ってきた言葉だから、江戸時代初期に亡くなった床介さんが知らないのは当然だ。
三郎はしばらく考えてこういった。
「無縁、みたいな言葉です」
「おお、無縁」
床介さんは感嘆した。
どうやら無縁は通じるようだ。
「三郎くん」
目を赤く腫らしたさゆり先生が声をかけた。
「ごめんね、先生三郎くんのためになんにもできない。応援することしかできないけど、それでゆるして」
「それで充分です。ていうか先生に応援してもらってうれしいです!」
「ちびGあんま無理すんなよ」
とオサムが彼らしからぬやさしい口調でいった。
「これ終わったら黒亭ラーメンおごってやるよ」
「ありがとう」
「三郎くん知ってる?」
次に声をかけたのは太一だ。
「さいきん上通り裏にスウィート・ナッシン・レコードって中古レコード屋ができたんだ。これがすんだらそこにビートルズのアルバム買いに行こうよ」
「うん、行こう」
「わたしも行く!」
とランが陽気にいった。
「アルゴ探険隊の大冒険のDVD買ったよ……」
といったのはタケシくんだ。
買ったというだけでうちに見にこいとかそういうことはいわない。
でも口下手なところが彼らしくてむしろホッとする。
三郎は笑って「こんど見せてよ」とタケシくんにせがんだ。
(みんなすごいな)
わたしはクラスメートの発言に感動した。
みんなそれぞれの言葉で三郎をいたわりはげましている。
こんな短い時間でよくそんなやさしい言葉をつむげるなと思う。
わたしにはできない。
わたしにとって言葉はいつも砂漠の蜃気楼で「今だ」と思ってもつかまえられたことなんか一度もない。
「みんなありがとう。じゃあ行ってきます」
クラスメートに手を振り、それから三郎は軍服姿の康成さんに意味ありげにウィンクした。
笑顔でうなずく康成さんのとなりにカオルさんがいる。
最後にカオルさんに声をかけて出陣かな、と思っていたら三郎はその前をすー……と素通りした。
「矢吹健太朗先生の『邪馬台幻想記』って漫画知ってる?」
わたしの前にくると、三郎はいきなりそんなことをいった。
「し、知らない」
「ぼくあの漫画大好きなんだ。すっごくおもしろいよ。あとで貸すから読んで」
「よ、読むわ」
「ヒロインの壱与って子が、きみに似てるんだ」
それだけいうと三郎はくるりと背を向けた。
「や、約束よ。その本ぜったい貸してね」
振り向いた三郎は笑顔でうなずいた。
「あ……」
もう一声かけようとして、そこで泥を飲んだようにのどがつまった。
カオルさんがすごい目でこっちをにらんでいる。
三郎が最後に声をかけたのが自分でなかったことに腹が立ったようだ。
わたしはたちまちふるえあがって声が出なくなった。
(こわ……)
「ハイヤエー」
試合にのぞむ三郎のために孫君が歌い、女衆が舞った。
「ハイヤ ハイヤで今朝出した船はエー どこの港に サーマ 入れたやらエー」
「ハイヤエー 沖の瀬の瀬にドンと打つ波はエー 可愛い船頭さんの(あれは船頭さんの)サーマ 度胸さだめヨー……」
「三郎しっかりね」
「勝ったらチューしてあげる!」
Aやさゆり先生の声援を背に三郎は試合場に向かった。
「……」
わたしは結局無言で三郎を見送った。
「赤い髪、かっこいいよ」
本当は最後にそういいたかったのに。
そのときやわらかい風が足首を撫でた。
「カーッ」
「あら、いたの?」
足もとにカラスのカーキチが舞い降りた。
わたしはしゃがんでカーキチの頭を撫で、グチをこぼした。
「せ、せっかくア行ではじまる言葉をえらんだのに、かんじんなときなんにもいえなかった。や、やっぱりわたし呪われてるのかな……」
「その呪い、祓ってあげよう」
ふいに耳もとでそんなささやきが聞こえた。
聞き覚えのない、男か女かわからない声が。
「だ、だれ?」
あわてて立ってまわりを見まわしたがだれもいない。
へんだな? と思っていたら、視界が急に暗くなった。
「カーッ! カーッ!」
わたしを心配するカーキチの叫び声がみるみる遠のいていく。
「さ、三郎……」
助けて、という声はやっぱり出ない。
ついに視界がカーキチのはねのように真っ黒になった。
わたしは立ったまま意識を失った。




