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少年呪術師  作者: 森新児
67/85

第67話 吸血鬼対エクソシスト

「嘉子さま」


 副将の試合が始まる前、ぼくは手をあげ訴えた。


「フランチェスコ・レオーネのボディチェックをお願いします。短刀以外の小道具をとりあげてください」


「なぜであろう?」


「彼が身につけてる十字架のペンダント」


 ぼくは自分の胸を指さした。


「十字架は吸血鬼に対する強烈な飛び道具です。飛び道具は反則でしょ?」


「なるほど。美津子」


 行司の補佐役である美津子さんはフランチェスコから十字架をとりあげ、さらに入念にボディチェックした。


「これは?」


 美津子さんはフランチェスコのスーツの内ポケットから小瓶をとり出した。

 透明な液体が入ってる。


「中身は?」


「聖水です。以前通町筋(とおりちょうすじ)手取(てとり)教会を訪れたときいただきました」


 フランチェスコの声は以前とまったく同じだった。

 どうやらむかしの記憶もあるようだ。


「いかがいたします?」


「没収せよ」


 嘉子の厳命にしたがい、美津子さんは聖水を没収した。

 聖水は十字架と並ぶ対吸血鬼の飛び道具だから没収はとうぜんだ。

 美津子さんはさらにていねいにボディチェックしたがもうなにも出ない。


「では、はじめよ」


 嘉子が勝負の開始を告げるとフランチェスコはいきなりふところから小瓶をとり出し、軽く振った。


「あ」


 カラミルが悲鳴をあげた。

 左手からけむりがあがる。


(聖水だ)


「シャツにかくしポケットがあるんだ」


 フランチェスコは得意げに告げた。


(こんちくしょう。ずるかしこさも前と同じだな!)


「反則だ!」


「反則ではない」


 ぼくの抗議を嘉子はあっさり否定した。


「たしかにフランチェスコの行為はイカサマである。しかし行司の目をかいくぐったらそれはもはやイカサマではなく裏技である。続けよ」


「ありがとうございます」


 礼儀正しく一礼すると、フランチェスコはカラミルの足もとに聖水をまいた。

 カラミルがあわてて飛びさがる。

 その着地した瞬間をねらってフランチェスコは短刀グラディウスで突いた。

 カラミルの顔を。

 思わず手で顔を覆ったが間一髪! カラミルはすばやく首をねじって突きをかわした。


「おお、スリッピングアウェー」


 ケンイチが感嘆の声をあげた。

 カラミルの左頬に一筋赤い傷が走った。

 完璧に突きをかわせたわけではなかったが、カラミルがツバをつけた小指で頬を撫でると傷は消えた。


「バケモノめ」


 フランチェスコの美貌がゆがむ。


「お互いさまよ」


 と応じるとカラミルは不知火丸をかざし、フランチェスコの胸もとに猛然と突きを入れた。

 フランチェスコはグラディウスで軽く突きを払おうとした。

 しかし突きはこなかった。

 カラミルは不知火丸を引くと大きく左手を振った。

 鷹のように鉤爪が伸びている。


(フェイントからの左フック)


「決まった……」


 とケンイチがつぶやいたとき、試合場に赤いものが舞った。


「Oh mio dio、あぶないあぶない」

 

 半分に断ち切られた赤いネクタイをひらひらさせ、フランチェスコは青ざめた顔で笑った。


「危うくフェイントにひっかるところだった。これは長引かせるなという神のお告げだね」


 フランチェスコはまたスーツのふところに手をつっこむと、こんどは野球のボールサイズの黒い玉をとり出した。


(ギリシャ火薬だ!)


 しかし水は? と思ったときカラミルの足もとが鏡のように光った。

 聖水の水たまりだ。


「逃げろカラミル!」


 ぼくの絶叫と同時にフランチェスコが水たまりに玉を投げた。


「伏せろ!」


 みんなに命じ、自分も大あわてで赤い大地に伏せた。

 轟音とともに青い炎があがった。


「ひええ!」


 地に伏せ頭をかかえた百姓の市松が悲鳴をあげる。


「水ん燃えた! 悪魔んわざたい!」


「バカいえ化学反応たい」


 百姓のリーダー床介はさすがに冷静だ。

 炎が消え、爆風がやみ、砂塵が沈むまでかなり時間がかかった。


「……お嬢さん?」


 と才蔵が不審そうな声をあげた。

 彼の言葉につられて顔をあげると、これはどういうことだ? カラミルの姿が消えている。


「カラミル」


 そっと周囲をうかがいながら、やさしい声でフランチェスコがいった。


「どこにいるんだい?」


「草の長さ三寸(約九センチ)あればオオカミは身をかくすと日本ではいうそうね」


 姿は見えず、ただハスキーなカラミルの声だけ聞こえる。

 フランチェスコはやれやれと肩をすくめた。


「吸血鬼もそうだというのかい?」


「わたしたちは一寸あれば充分」


「なるほど。で、このままかくれんぼを続ける気かい?」


「フランチェスコ、あなたはなぜ黄泉醜女になったの?」


「そういう運命だったのさ」


「運命なんてあなたらしくない安っぽいいいぐさだわ。わたしが教えてあげる。

 お姉さんのせいでしょ?」


(お姉さん?)


 なんのことかわからないが、その一言でフランチェスコの顔つきが明らかに変わった。


「姉は関係ない」


「ウソをつくのがへたね。あなたがカトリックに入信したのもお姉さんのせいね。信仰に生きることで姉への執着を断ち切り自分の魂を救いたかったんでしょう? でも迷える魂に必要なのは信仰じゃないわ。あなたにとって信仰は身の丈に合わないヨロイを身につけるようなもの。むしろあなたを苦しめる。

 自分の欲望を素直に認め肯定すること。迷える魂を救う道はそれしかないわ」


「自分の欲望に姉さんを巻き込むなんてできない」


「わたしがお姉さんにそっくりだといったわね。わたしがあなたのお姉さんになってあげる」


「バカなことを」


「わたしをバカと罵るその理性があなたを怪物にしたのよ。そんなもの捨てなさい」


「捨てられない」


 苦しそうにフランチェスコはいった。


「ぼくには捨てられないんだ」


「わかってるわ、フランチェスコ・レオーネ」


 思わず涙ぐんでしまうほど、カラミルの声はやさしかった。


「あなたに信仰や理性は捨てられない」


 フランチェスコの足もとに黒い影が落ちている。

 それはもちろん彼自身の影だ。

 その影が、とつぜんフランチェスコの背後にすーっと立った。


(カラミル)


「だからわたしが捨てさせてあげる」


 青く光ったするどい牙が見えた。

 カラミルはうしろからフランチェスコの首に噛みついた。


「ギャッ!」


 おそろしい悲鳴をあげカラミルは口を離した。

 その顔半分が無惨に焼けただれている!


「シャツの襟に聖水をぬっておいた」


 さびしそうにフランチェスコはいった。


「この用心深さがぼくなんだ。ぼくは変わらない」


 フランチェスコは右手に持ったグラディウスをカラミルの心臓に向けた。


「これで終わりだ、ごめん」


「……まだよ」


 焼けただれた顔で壮絶に笑うと、カラミルはフランチェスコの背中に手をまわした。

 フランチェスコは苦笑した。


「Shall we dance? とでもいうのかい?」


「そうよ。あなたはこれからわたしと踊るのよ。

 永遠に」


 背中に回したカラミルの手から一気に鉤爪が伸びた。

 爪はフランチェスコの背中の肉に食いこんだ。


「ぐわっ!」


 苦悶の声をあげるとフランチェスコはグラディウスをむちゃくちゃに振りまわした。

 カラミルは軽やかにうしろへ跳躍して刃をよけた。

 するとなにもされていないフランチェスコの手から、グラディウスがこぼれ落ちた。

 フランチェスコの手、いや全身がこきざみにふるえている。


「ぼくになにをした!」


「あなたの血を吸ったの」


「血? いつ?」


「わたしたちはドラキュラ族とはちがう。牙だけでなく、爪からも血を吸うの」


 カラミルが右手を振ると、指先から赤い血潮がほとばしった。


「そんな」


 バカな、とつぶやくとフランチェスコはその場にひざまずき、ゆっくり倒れた。

 カラミルはすばやく駆け寄り、頭が地面につかないように意識を失った彼を支えた。


「審判」


 完全に意識を失ったフランチェスコを、カラミルは軽々とお姫さま抱っこした。


「この勝負引き分けです」


「なぜだ?」


 嘉子は首をかしげた。


「その少年の頭を地面につければあなたの勝ちだが?」


「それはできません」


「なぜ」


「わたしは彼の血を吸いました。彼は今や黄泉醜女ではなくわたしと同じ吸血鬼です。吸血鬼同士の殺しあいはタブーで、タブーを破れば聖なる力がはたらいてわたしも死にます。わたしはまだ死にたくありません。だから引き分けの判定をお願いします」


「なるほど。つまりはじめから戦略的に引き分けをねらっていたのだな?」


「そうです」


「気に入った。よろしい、この勝負引き分けである」


「ぎ、行司さま! はじめから引き分けをねらった戦いかたは反則では……」


「黙れ」


 嘉子は一にらみで淡島をだまらせた。


「敵の戦略にうかうかと乗ったほうが悪い。乗せたカラミルはみごとである。

 この勝負引き分け!」





「エコエコアザラク、エコエコザメラク……」


 意識を失ったフランチェスコをAにあずけると、カラミルは焼けただれた自分の顔をてのひらで覆い、呪文を唱えた。


「エコエコケルノノス、エコエコアラディーア」


 呪文を終え、手をはなす。


「どう?」


 問われたぼくはしみ一つないカラミルの白い顔をそっと撫でた。


「きれいだよ」


「つぎはあなたの番よダーリン。かっこいいとこ見せてちょうだい。女にかっこいいとこ見せるのは殿方の義務よ」


 そういってカラミルが笑ったとき嘉子が告げた。


「大将戦である」


「よし!」


 見てて、とカラミルにウィンクして立ちあがった。

 やっとぼくの出番がきた。


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