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少年呪術師  作者: 森新児
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第64話 次鋒 不破善鬼

 先鋒の勝負が終わると土俵が沈み、氏長と小君の死体も地底にずぶずぶ飲み込まれた。

 すべて消えるとそこにまた元通り、乾いた赤い地面があらわれた。


「おれは泣かねえよ」


 これは涙を流す女たちを前にした才蔵のセリフだ。


「氏長も小君も戦って死にきり、腐った輪廻の輪をみごとに脱した。お祝いしてえぐれえだ」


「善鬼さんこれを見て」


 ぼくは次鋒戦に出場する善鬼に自分のスマホを見せた。


「これからあなたが戦う水島に殺された被害者の写真だよ」


 一枚目に見せたのはホテルの一室に横たわる大男の吸血鬼の写真。

 二枚目は石畳の上で頭が砕けたエクソシスト。

 三枚目は砂漠でエビ反りになって死んだベドウィン。

 そして最後の四枚目は門柱に串刺しになったシャーマン。


「みんなそれぞれの宗派を代表する手練れだけど水島にやられた。どうやってやられたのかはわからないけど……」


「遠当てのようなものであろう」


「え?」


 遠当ては離れたところから手を触れずに相手を倒す合気道の技だ。


「砂漠の写真を見ろ。死んだ男以外の足跡がない」


「……ほんとだ」


「まったく手を触れずに殺したんだ。一枚目の写真を見せてくれ」


 善鬼はホテルの一室に倒れた吸血鬼の写真を指さした。


「気づいたか? 寝床から赤い帯が垂れてる」


 善鬼はスマホから手を離し、別のところを指さした。


「あの女の帯だ」


 善鬼が指さしたのは赤い袴の巫女卑弥呼だ。


「あの人が現場にいたの?」


 いぶかしむぼくの視線の先で卑弥呼はふくらんだお腹を気にせず、かいがいしく水島の世話を焼いていた。


「班長はん、おぐし直しまひょ」


「やめてくれ」


「殺しの現場に女を連れ込むとはいい度胸だ」


 向こうでじゃれあう水島と卑弥呼を見て、禁欲的な風貌の若き剣豪は苦笑いした。

 そのとき彼の相棒の海人彦があらわれ声をかけた。


「善鬼、神風連の心意気を見せてやれ」


「うむ」


 とうなずき、それから善鬼はちょっとふしぎそうに相棒を見た。


「アマヒコ、おぬし神風連の思想に反対ではなかったか?」


「反対だ」


 海人彦はきっぱりいった。


「神風連の思想は保守反動と呼ばれるものだ。新時代にふさわしくない。

 しかし思想と友情は別だ」


「わかった。では行ってくる」


「開祖宮本武蔵先生も見てるぞ」


「おお! 三郎どのもよしなに」


「がんばって善鬼さん」


 ぼくに続いて団員たちも声をあげた。


「善鬼どの」


「しっかり」


「デウスのご加護を」


 人々の祈りを込めた声援に見送られ、明治の剣豪は大小の刀を手に戦場に立った。





 行司嘉子の声が黄泉の荒野に凛然と響く。


「淡島方次鋒水島功児。早川三郎方次鋒不破善鬼。

 あいたいせ」

 

 水島は手ぶら、善鬼はすでに鞘を払った大小二本の刀を両手にぶらさげ、試合場となる十メートル四方の空き地に立った。


「はじめよ」


「それは」


 四~五メートルほど間を置いて向かい合い、リーゼントの前髪をこまかくふるわせ水島がいった。


清麿(きよまろ)か?」

 

 水島は善鬼が右手に持った大刀を指さした。

 清麿は幕末の有名な刀匠だ。


「おぬし刀がわかるのか?」


「多少は」


「いかにも清麿だ」


 善鬼は大刀をかかげ、すずしげな青い刀身をうっとり見つめた。


「刀を見る目は曇っておらんな。惜しい」


「惜しいとは?」


「おぬしさっき小君どのに術をかけて悲鳴をあげさせ、氏長どののこころを乱したであろう。目は澄んでいるのにこころが曇っておる。それが惜しい」


「世はいかさま。たぶらかされるほうが悪い」


「フフ、まだ若いのにすれたことをいう」


「おれの相手は法や道徳を一顧だにしない化け物どもだ。きれいごとはいっとられん」


「なるほど。おぬし警視庁の川路(かわじ)利良(としよし)大警視に似とるな」


「カワジ?」


「田原坂で警視庁抜刀隊をひきいて西郷隆盛軍を破った初代警視庁総監だ。薩摩出身の川路は郷土の英雄西郷を葬った男。裏切り者とはいわんが冷徹と思う。その冷徹なところがおぬしに似とる。まあよい。あれはおぬしの女か?」


 善鬼は左手に持った小刀で卑弥呼をさした。


「それがどうした?」


「おれも世はいかさまと思っておる」


 善鬼は意外なことをいった。


「二天一流開祖宮本武蔵先生は一乗寺下り松で吉岡一門と決闘したとき、名目上の代表者にすぎなかった十二歳の少年を背後から奇襲して最初に斬った。いかさまとはいわんが卑劣と批判するやからもおる」


「おれは武蔵のやりかたは賢いと思う」


 水島が着ている紫の詰襟を、陰風が冷たく撫でた。


「消耗する前に敵の頭をとるのは戦略としてただしい。美しいやりかたではないがな」


「さよう、美しくない。

 だからこんなやりかたはしたくなかった」


 善鬼は右手に持った大刀を、いきなり水平にぴゅっと振った。


「う」


 善鬼が刀を振ると水島がうめき声をあげ顔をおおった。

 刀はまったく彼の体に触れてない。

 なのに水島は顔をおおった手を離さない。

 そこで気づいた。


(剣風で水島の目をたたいたんだ)


「おれもおぬしのこころを乱す」


 善鬼は左手に持った小刀を投げた。

 小刀は間近に試合を見ていた卑弥呼めがけてまっすぐ飛んだ。


「ヒッ」


 卑弥呼が悲鳴をあげると、水島が目をつむったまま声がした方向に右手を動かした。

 ヘビがいったん飲み込んだ獲物を吐き出すように、右手の指がぶきみに動く。

 すると鼓膜を揺さぶるおそろしいソニックブームが起きた。


「おお!」


 才蔵が絶叫する。見よ、

 卑弥呼の乳房の谷間、そのすれすれの空中に小刀が静止している!

 卑弥呼はふるえる声でささやいた。


「は、班長はん」


「卑弥呼動くな!」


 水島がめずらしく焦ったように叫んだ。

 目はつむったままだ。


「消えた!」


 と、そこで淡島が甲高い声をあげた。


「サムライが消えた!」


「上だよ上」


 空手着姿の有明一機が気だるげに頭上をさした。

 そこに善鬼がいた。

 地面を一蹴りしただけで一九〇センチの水島の背丈を軽々と超えた。

 猛獣並のおそるべき跳躍力だ。

 落下しながら善鬼は刀を振りかざした。


(唐竹割り)


「もらった」


 とつぶやく善鬼の声が歓喜にふるえる。

 それに呼応するように水島がささやいた。


「いましのくにのひとくさ、ひとひにちがしらくびりころさむ」


(呪文だ)


 水島が印を結んだ両手を空中に突き出した。

 するとまたソニックブームがとどろいた。

 音と同時に眼下を見おろしていた善鬼の首が、ぐるりと一回転した。

 ペットボトルのキャップのように、神風連一の使い手の首がぶちりとねじ切れた!

 二つに分離した善鬼の体が、空中で一瞬止まって見えた。

 頭を失った善鬼の胴体は傷口から血を吹き出しながらなお姿勢を保ち、刀をふりかざしていた。

 するとカッと目を見ひらいた善鬼の生首が、自分の胴体に向かって太い声で告げた。


「斬れ」


 清麿の刀身が青く閃く。

 首のない胴体は落下しながら地上の獲物に向かってまっすぐ刀を振りおろした!


「班長はん!」


「兄上!」


 卑弥呼と淡島が悲鳴をあげたとき水島がまたいった。


「よもつひらさか」


 呪文と同時に空中に青白い火花が散った。

 なにも触れてないのにするどい金属音がとどろき、名刀清麿が真っ二つに折れた!

 折れた刀の切っ先が水島の頬をかすめ、それに続いて善鬼の生首と胴体がどさりと地面に落ちた。


「班長はん!」


「寄るな」


 歓喜の表情で駆け寄る卑弥呼を水島はクールに制した。


「お腹の子にさわる。おとなしくしてろ」


「あい」


「善鬼」


 海人彦の腕に抱かれた善鬼の生首は目を閉じていた。

 その顔に死微笑が浮かんでいる。

 明治の剣豪は自分が死力を尽くして死んだことに満足したようだ。


「不破善鬼。おまえの名前は忘れないぞ。光栄に思え」


 水島は目を閉じたままそういうとヘビのように舌を伸ばし、頬にしたたる血をべろりと舐めた。


「三郎どの」


 友の生首をかかえ、海人彦は涙をこぼした。


「きゃつの、水島の術はなんだかわかったかね?」


「……はい」

 

 ぼくは傷心の若きサムライに「わかりました」とかすれる声で答えた。


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