第60話 われらイケニエにあらず
「わかったね? 三郎くん」
まっ赤になった自分の髪を見て呆然となるぼくに、淡島はやさしくいった。
「きみもまたイケニエなのだ」
「……なんだ」
ケンイチがふいに足もとを見て、釣られてぼくも地面を見た。
足裏からひざに震動が伝わり、ほかの団員たちもさわぎだした。
「地震?」
「黄泉の国で?」
「大きいぞ」
揺れは急速に大きくなった。
(震度四いや五はある)
「みんな気をつけるんだよ!」
と孫君が女たちに声をかけたとき、また風が吹いた。
人の頬をひきつらせる冷たいいやな風が。
(陰風だ)
「あれを見ろ!」
陰風はかならず北から吹く。
才蔵は風が吹いてくる北の方角を指さした。
「おお」
豪胆でものに動じない善鬼が今まで聞いたことがないような声をあげた。見よ、
かなたの地面から一本の、巨大な石の柱が立ちあがった!
木の芽の成長をはやまわしで見るように、柱はみるみる大きくなった。
赤い天を衝きそうになるほど大きくなったところで、柱はようやく止まった。
ぼくはスマホでそびえ立つ柱を撮影した。
インストールしたアプリで高さを測定したのだ。
「……百メートル!」
ゴジラと同じ身長だ。熊本城のおよそ三倍。
柱が立ちあがると黄泉醜女はいっせいに北に向かってひざまずき、地面にひたいをこすりつけた。
「ホホホホ!」
そのとき白い着物をだらしなく着て、豊かな乳房の谷間を大胆にさらした巫女が、けたたましく笑い出した。
彼女のお腹は妊婦のようにふくらんでいた。
さっきまでたいらだったのに。
「卑弥呼の腹にわが母の種が宿った」
巫女のお腹を見て淡島は目をギラつかせた。
「ブリガドーンが成就したとき、お腹の種は柱へ転移する。イザナミはよみがえり、聖なる破壊が始まる」
憑かれたようにしゃべる淡島の話を聞きながら、その光景を想像した。
(卑弥呼のお腹の種が柱へ転移し、身長百メートルの巨大な女神イザナミが誕生する。古事記によるとその姿は肉が腐っていて、体中にウジがたかっている。
さらに穢れから生まれた八雷神が女神にまとわりついている。
おそらく八雷神はヘビに化身している。
イザナミと八雷神の神秘的な力でせまい日本の国土はあっという間に滅びるだろう。
イザナミと八雷神は神秘の霊体だからどんな攻撃も、たとえば核ミサイルも通用しない。
イザナミの破壊活動で世界中の文明は滅びる。
滅びるまで、たぶん三日かからない……)
「さあ、わが愛しのサーカス団員よ。すべて黄泉醜女にゆだねよ」
群衆に説教する宗教家のように淡島は手を広げた。
「さすればあなたがたはこんどこそ恨みと無縁な、永遠の安息となる死を得られるだろう」
「お、おい」
そのとき才蔵が彼らしくないあわてた声をあげた。
才蔵の制止をふりきり、狩衣姿の団員が黄泉醜女に向かって走り出す姿が見えた。
「あんた!」
「バカ、二笑もどれ!」
「すまん才蔵さん」
細いドジョウひげを陰風になびかせ、インチキ陰陽師は笑った。
「女房を頼む」
二笑と万歳の夫婦は遠く離れて一瞬見つめあった。
二笑はすぐ向こうを向いた。
「お願い申しあげます」
一人の黄泉醜女の前に片ひざつき、二笑は芝居がかった口調でいった。
「わが命をみなさまにささげます。ほかの者の命は、わたしに免じてご寛恕願います。偉大なる黄泉醜女さま、なにとぞお情けを……」
そこで黄泉醜女はひょい、と片手で二笑を抱えた。
そして無造作にぶちりと彼の右足を引っこ抜いた。
「あー」
夫より先に万歳が悲鳴をあげた。
黄泉醜女は二笑の左足もぶちりと引っこ抜き、二本の足をまとめてスナック菓子のようにぽりぽりかじった。
「どうっ」
一声あげて黄泉醜女は二笑を仲間に向かって放った。
受け取った仲間は二笑の両手を引っこ抜きぽりぽりかじった。
また仲間に向かって投げた。
手足を失った二笑の体は空中でフリスビーのように旋回し、あたりに血を撒き散らした。
次のやつは鉤爪で二笑の胸肉を切りとり食べた。
そして次のやつは二笑の顔にかぶりついた。
「あー」
顔の肉を食われながら、二笑ははじめて声をあげた。
「あー」
二笑の顔はたちまちかじられたリンゴのようになった。
次のやつは鉤爪でツーと額を一周した。
髪の毛をつかんでひっぱるとごぼりとにぶい音がして脳みそがむき出しになった。
黄泉醜女は鉤爪をスプーンのように使って脳みそを食べた。
そこで万歳は失神した。
倒れた彼女の面倒を見る人間はいなかった。
「苦しんだブタの肉はまずいという言葉が食肉業界にあるそうですね」
これは淡島のセリフだ。
「黄泉の国では逆です。苦しんだ人間の肉はうまい。黄泉醜女はそういっています」
そのとき乾いた音と湿った音が同時にした。
黄泉醜女が中身がからっぽになった二笑の頭と、血まみれの狩衣を捨てた音だ。
残ったのはそれだけだ。ほかは骨さえ残ってない。
血まみれの唇を舐めると黄泉醜女どもはいっせいにゲラゲラ笑った。
ものすごい声の圧力で鼓膜が痛んだ。
「さあイケニエどもよ、ぞんぶんに苦しむがよい」
淡島は絶叫した。
「ブリガドーンだ!」
怒号とともに黄泉醜女がドッとこちらへ押し寄せた。
焼けただれた鉄の匂いが鼻をつく。
血とサディズムの匂いだ。
「おれはイケニエじゃねえボクサーだ!」
ケンイチがファイティングポーズをとる。
善鬼は無言で真剣を抜いた。
佐助も短刀を手に身構える。
「三郎さん、なんとかならねえか!」
やはり短刀を手にした才蔵が叫んだときだ。
(あれは)
淡島の近くに榊嘉子と半藤美津子がいた。
嘉子は青いドレスを、美津子さんは黒いスーツを着て津波のように押し寄せる黄泉醜女を呆然と眺めている。
二人の着ている服に赤い色はない。
(二人は中立だ。イケニエじゃない)
「嘉子さま!」
ぼくは喉も裂けよと絶叫した。
「呪術師早川三郎は淡島一党との相撲勝負を希望します!」
「あ、いかん……」
あわてて淡島が止めようとしたとき、嘉子の胸にあったアクセサリーの勾玉が白い閃光を放った。
光はたちまち巨大な波濤となって黄泉醜女の大群を打った。
「ギャッ!」
ほとばしる光に目を射ぬかれ 間近にせまった黄泉醜女の進撃がピタッと止まった。
「よろしい」
さっきまでの不安げな態度が消えた嘉子が、スレンダーな体から想像できない太い声でいった。
「呪術師早川三郎から申し出があった。
神代の伝統にのっとり、これより早川一党と淡島一党の相撲勝負をはじめる。
勝負は五対五の団体戦でおこなう。
勝ったほうの望みをかなえる。
淡島、望みを申せ」
「も、もちろんブリガドーンの成就です!」
「早川三郎は?」
「イケニエ全員の解放です」
イケニエをささげなければブリガドーンの儀式は失敗に終わり、イザナミが復活することもない。
「よろしい。ではそれぞれ力士を選抜せよ。
これより相撲をはじめる」
(願いが通じた!)
思わずホッと安堵した。
もちろんこれから行う戦いの勝利が約束されたわけではない。
惨敗するかもしれない。
それでもぼくらは戦わなければならない。
「敵にゆるしと慈悲を乞うても、望むものは与えられない」
「ゆるしと慈悲を乞う態度は、敵の最悪の暴力とサディズムを誘発する」
「だから自分の未来は戦って勝ちとれ」
ドジョウひげの陰陽師の無惨な死が、ぼくにそう教えてくれた。




