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第十七話「姉と弟」




 姉さんと僕は双子だ。それは、何があっても、変わらない。


 姉さんは唯一、小さかった僕を肯定してくれた家族だった。


 いつだって姉さんの周りはポカポカあったかくて息ができるような気がしていた。いていいと思える居場所だった。


 生まれた時にそうだったように、ずっと一緒だと思ってた。でも、違う。


 僕はもう、一人で歩き出さなければいけないんだ。



◇◇◇



 パササ、と数枚のお金が落ちてくる。よくわからないけど、たぶん大金だ。大切なものだから、慌ててまとめて置いた。


 小さく丁寧に畳まれた手紙を開く。ドキドキと心臓の音が、やけにうるさかった。


『はるへ


このような形でしか連絡できなくて申し訳なく思っています


もし読むのが嫌だったり苦痛を感じたりした場合は速攻破り捨ててください


東雲様宛のものは、あなたが信頼できると思ったら東雲様に渡してください

東雲様が判断するまで中身は見ないでほしいです

会いに行った時に渡したという設定にしてください




そして、あなたには酷いことをしてしまいました


罪滅ぼしになると思ってはいませんが、幾らか封入してあります。私の小遣いですので、好きに使ってもらって構いません


東雲様は良い方だと思います。でも、もし何かあったら逃げてください

アルファだからとて無闇に疑うのは良くないけれど、もしあなたの意思に反することを、不快だと感じることをされたら逃げて


あなたの無事が第一です

お金がもし足りなくなったら、渡すから来てください




また、もしあなたが東雲様と家族になることを望むのだったら、金田家とは『縁を切る』ことをお勧めします


金田家が…私たちがあなたにしたことは、許されることではありません

本当に申し訳ないことをしました


このことは東雲様に伝えないでください。私は傲慢で愚かな姉。そう伝えて。



最後に、都合がいいように聞こえるだろうけれど、姉として言わせてください



体に気をつけてね

ご飯もできればしっかり食べて、あったかくしてね

どうか健康でいてね


守れなくてごめん

酷いことをしてごめんね


こんな私を姉と呼んでくれてありがとう

生まれて来てくれてありがとう


愛しています

あなたの人生に、幸あれ



金田 莉愛』


滲む視界の中で、なんとか、最後まで読み切る。溢れる涙が手紙に垂れてしまわないように懸命に拭う。


 姉さん。


 姉さん。


 隣にいるみたいだった。手紙から伝わってくるものが、あたたかすぎたせいだ。あの頃の笑顔が、怒った顔が、泣いた顔が。僕を送り出した時の震える手が、触れた温度が。一気に蘇ってきて、僕の周りで渦巻いている。消えてほしくなくて懸命に、何もないのに掴もうとした。


「なんで…っ」


やめてほしい。全部思い出してしまうよ。破れるはずなんてない。ないじゃないか。


 今だったらわかる。全部演技だ。僕が姉さんを嫌うように。姉さんを嫌えるように。僕が家から離れられるように。


 結婚だって、最初から、そのつもりだったんだ。僕を家から逃がすためだ。そのために、姉さんは、ずっと。


「っ、」


気づけなかった。気づかないようにされてた。でも、こんなのを見たら、僕でもわかる。姉さんはそこまでして、僕を愛してくれていた…!


 …東雲様に、話そう。


 今までのこと、全部。ここまで僕を愛してくれている人がいるんだ。僕が僕でいることを、肯定してくれる人がいるんだ。


 アルファだって怖くない。そんなの人によるじゃないか。怖い人も、そうじゃない人もいる。姉さんが、僕にとって怖くなかったように。


「…でも、」


そうしたら、姉さんは、どうなる?


 それに、和奏様たちにも性別がバレてしまう。さらに裏切っていたことを伝えなくちゃいけなくなる。さっきは受け入れてくれたけど、性別まで違うとなったらどう反応されるだろう。拒絶されるのが当たり前だってわかってたのに、それ相応の事をしてるのもわかってるのに、拒まれるのが怖い。


「はるねーちゃん?」


いきなりガチャリと音がして、体が跳ねた。反射的に振り返ると、和奏様がドアの前に立っている。


「…えと、ごめんね」


僕を探しに来てくれたのだろうか。僕が泣いていることに戸惑ったように、和奏様が帰ろうとする。


 待って。行かないで。


 手を伸ばすけれど、届くはずがなく。それでもなんとか止めようと、僕の口から言葉がこぼれた。


「あのっ、もし…!」


振り返った和奏様が目を瞬く。考えてる余裕なんてなく、頭の中がそのまま口から出る。


「…もし、わたしが女じゃないよ〜…って言ったら、どうしますか。実はオメガの男でしたって、言ったら…」


声が震えた。僕は何を言ってるんだろう。こんな幼い子に、なんでこんな事を。なんて、冗談なんですけど。言い訳した声は、自分でもわかるくらいに揺れていて、思わず笑顔を貼り付けたまま、床を見下ろした。


 沈黙が耳に痛い。謝ろうと思いながら、口を開こうとした瞬間、声が聞こえた。


「えと、わかなね、あんまりむずかしいことわかんないの。…でも、それでもさ、はるねーちゃんははるねーちゃんでしょ?あ、にーちゃんになるのかもしれないけど…。でも、やっぱり一緒だよ」


…え。


「それにはるねーちゃんがもしそうだったとしても、わかなに優しくしてくれた〜、とか、みんな好き、とか、そういうことは変わんないもん」


ね?


にこっと笑った和奏様に、また涙がぼろぼろと溢れてきた。


「えっ、わかな何かしちゃった!?」


ちょっと首を振った僕に、和奏様がかけてくる。困ったように背中をポンポンしてくれている和奏様の体温を感じながら、ただ、僕は泣いていた。



◇◇◇



 夕食は緊張しすぎてほとんど味を覚えていない。不思議に思ったのか、和奏様と和斗様は僕をちらちら見ていた。東雲様も、案ずるような目を向けてきた。


 喉が引き攣るようで、上手く息を吸えない。目を瞑って何度か深呼吸した後、僕は東雲様の部屋のドアを叩いた。


「…誰かい」


「はるです。あの、お時間もらっても、…よろしいでしょうか」


驚いた様子は感じなかった。内側からドアが開けられ、僕は東雲様の部屋に入る。


 ベッドにお座り、と誘導された。ドアを閉めた東雲様は、僕の正面の椅子に座り、体を僕へと向けた。


 どうしたんだい。赤い目は優しい光を湛えて問う。


「…っあの!」


言わなきゃ。心臓が痛くて上手く目が見れなくて。でもそれ以上に、伝えたかった。


「わたし…いえ、僕は、女じゃないです。ベータでもないです。…おめがの、男、なんです。ずっと騙してて、ごめん、なさい…」


言った。言ってしまった。言えた。


 東雲様は小さく眉を動かしたけど、その表情を大きく変えることなく僕を見ている。


「…そうか。それは、どうしてこうなったのか、知っているかい」


これは知ってる。姉さんの指示にあった。


「はい。…姉さん、いえ、莉愛姉様が、東雲様との結婚を拒み…。東雲家という強力な後ろ盾を得る機会を失いたくなかった我が家は、僕を女として嫁がせることにしたのです」


「気づかれる心配はなかったのかな」


そこも少しは考えていただろう。けれど、愛娘の提案だ。深く考えずに飲んだに決まっている。


「あまり、なかったのでは。それに、幸い僕はオメガですので、子を作ることは可能ですから問題ないと判断したのだと思います」


僕は所詮、子作りのための道具にすぎない。オメガはそのためにあるのだと、何度も父さんや母さんから聞いている。


「…私は、子を作ることを目的としてないと伝えたはずなんだけれどね。まだ十七歳だろう。…過ぎてしまったことだし、ここで君に言ってもどうしようもないから気に止む必要はないよ、済まなかった」


僕の表情に気が付いたのか、東雲様がそっと話題を変える。机の上に置いてある小瓶に、ふと目が止まった。僕の薬と少し似ている気がする。


 東雲様が僕の視線を追いかけ、納得したように微笑んだ。


「ああ、これが気になるのかい?シアーと言うアルファの発情をね、少し抑える薬だよ。街中とかでオメガの方を傷つけないように開発している薬の一つなんだ」


…そういえば、前々からたまに飲んでいらっしゃった。そうか、僕がオメガだとわかるよりもずっと前から…。


「でも、それは、…その、発情を管理できないオメガが悪いのではないですか」


管理ができていないのならば、襲われて当然。アルファを煽ったオメガが悪い。そうやって、蔵で言われた。だから、そういうものではないのだろうか。


「…オメガの発情は、意思を持って止められるものではないよ。生理現象だ。それに大抵、オメガの方々は頑張って抑えようとしてくださっている。本人も望まない発情であることがほとんどなんだ」


ぴり。


 少し空気が緊張した。東雲様が、怒っている。でも、僕にじゃない。


「アルファは自分を抑える対策など、何もしていないんだよ。ただ流されたのに責任をなすりつけ、全てオメガのせいにする。性別に差はないはずなのに、この不公平さはおかしいだろう。生きているだけで責められていいはずがないんだ」


立ち上がり、真剣な顔のまま東雲様が言う。ふいに、東雲様の隣が居心地の良い理由がわかった。僕を一人の人として見てくださっているんだ。


「…あの、これ…」


そうだよ。この方は、こういう人だ。信頼なんて、そんなのずっとしてたじゃないか。


 ずっと持っていた手紙を渡す。これは?と目で問われた。


「姉さんがこの前、来たんです。東雲様はいらっしゃらなかったんですけど…。その時に渡された手紙です」


「…」


無言のまま、読んでいた東雲様がひどく顔を顰める。内容がわからないけれど、あまり良いことではなさそうだ。


「何が書いてあったのですか?」


つい気になって尋ねてしまう。少し躊躇したようだけれど、言葉を選び選び教えてくれた。


「妹…つまり君より私の方が妻に相応しい、結婚を解除させて、私と結婚したい…という内容だよ」


それを聞いて、納得がいった。


 姉さんのことだ。僕を庇い、全ての罪を一人で背負う気なんだ。姉さんに正当性を作らないつもりだ。そして揉めて…。縁を切らせる気だ。


 そんなことをしたら、どんな罰が待っているだろう。姉さんはきっと、命を投げ打ってまで、僕を守るつもりなのだ。


 そうとなれば、僕の取るべき行動はただ一つ。


「…東雲様。いえ、和真様。お話ししたいことがもう一つ、あります」




 

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