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あのあといろいろあって私は今、一人自室で待機している。アメリアさんとグランさんはお父さんとお母さんを連れてジオさんのところへ行った。
「なんで……」
お父さんたちが先なのか。一緒に行こうとしたらアメリアさんたちにとめられて、自室で待っていてほしいと言われてしまった。それについてお父さんたちはなぜか賛成意見だった。もしかすると私が鈍感なだけでお父さんたちは何かを感じ取ったのかもしれない。それなら、納得できなくもない。ただこの世界に戻ってきて早々お父さんたちと離れることが私の不安を募らせていく。今にも溢れ出そうになるこの不安の行き場を探しつつ、うろうろと意味もなく部屋の中を歩いてしまう。
……いや、いつまでもうろうろとしているわけにはいかない。気持ちを落ち着かせて、お父さんたちを待とう。大丈夫。きっとお父さんたちはこの部屋へ来てくれる。私だけこの世界に残されたりしてない。大丈夫。大丈夫、だ。
ふー、と大きく息を吐く。
すう、と流れに任せ息を吸う。
それを何度か繰り返し、落ち着いてきたところで椅子に座る。それと同時に部屋の扉がノックされる。
「っ、はい!」
私は駆け出し部屋の扉を開ける。するとお母さんが笑顔で立っていた。そして隣にいるお父さんも笑顔だ。二人の笑顔を見た私の口から勝手に言葉が出ていく。
「何かいいことでもあった?」
「ええ。いいことだと思うわ。ね? お父さん」
「そうだね。ただまあ強いて言うなら、僕は少し寂しい」
「あら。でもそれは大切なことよ。それにどうなるかわからないじゃない」
「そうだね。でも寂しいなあ」
目の前で繰り広げられる会話についていけず、二人の顔を交互に見るだけになっている。
「ねえ、それはいいことなの? お父さんが寂しいって、駄目じゃない?」
「雪月ちゃんは気にしなくていいのよ。いつか通る道なんだから」
「そうなんだよ。いつかは通る道なんだ」
「そうなの? 本当に大丈夫?」
「本当に、大丈夫だよ」
お父さんはそう言うと柔らかく笑って私の頭を撫でた。それを見ていたお母さんも頭を撫でてくれて、それから抱き締めてくれた。
「雪月ちゃん。後悔がないように、想いに正直でありなさい。お母さんたちに迷惑がかかるなんて考えなくていいからね。雪月ちゃんの心を大切にして」
穏やかだけど、真剣なその声に私は頷きお母さんを抱き締め返す。
ジオさんのところでお父さんたちがどんな話をしたのかはわからない。だけどお母さんの言葉は私に選択権があった。つまり何かの選択を迫られるということだ。
「お母さん、お父さん。ありがとう」
いろいろな感情が込められているその言葉に、お父さんたちは何も言わずただただ私を抱き締めてくれた。
「あー、その、申し訳ない。少しいいでしょうか」
「あらやだ。ごめんなさいね。待たせてしまって」
「いえ。こちらこそ家族団らんを邪魔してしまって申し訳ない」
後ろからグランさんが申し訳なさそうに声をかけ、お母さんがその声に瞬時に反応する。私はグランさんがいたことにも気づかずお母さんたちと話続けてしまったことに申し訳なくなる。
「こちらこそごめんなさい! 私……」
「大丈夫だぞ。お前さんの気持ちもわかるしな。ただジオディスカーラ様がお前さんを待っているから、すまんな」
「いえ! すぐに行きます!」
「ユヅキさんの父君と母君はこの部屋でお待ちください」
「ええ。それじゃあ雪月、またあとでね」
「うん」
「僕たちはここにいるから安心して行っておいで」
「ありがとう。行ってきます」
小さく手を振って、グランさんと一緒に歩き出す。隣を歩くグランさんが少しぎこちないように感じた。気のせいかな。
あとでグランさん本人から聞いた話、お母さんとお父さんの謎の圧に緊張していたらしい。謎の圧とは何か聞いたけど、グランさん自身もわからないと言っていた。ただ、謎の圧がすごいとだけ力説されたので「そうなんだ。お父さんたちすごいなあ」というわけのわからない感想だけが浮かんだだけで話は終わった。
***
ジオさんのいる部屋へと入ると、重苦しい空気が私を襲う。そしてジオさんとアメリアさんが深刻な顔で私を見た。あまりにも息苦しい空気に勝手に言葉が口から飛び出る。
「ジオさん! ご心配をおかけしました! どごも怪我せず戻りま、した……」
言っている最中にジオさんが苦しそうに表情を歪めたのを見てしまい、言葉が途切れ最後は音らしい音にもならなかった。そして私からは何も話し出せない雰囲気になってしまった。これはジオさんが話し出してくれるのを待つしかない。
じっとジオさんを見つめ言葉を待っていると、ジオさんの紫色の瞳が私を捉え……そして揺れた。
「ジ……」
「アメリア、グラン。お前たちは部屋の外で待っていてくれ。ユヅさんと二人きりで話がしたい」
その言葉に二人は返事をして、すっと部屋から出ていく。残された私は居心地の悪さを感じながらも、じっとその場から動かずにいる。
「ユヅさん。いつもの場所に座って話そう」
「うん」
「まず最初に、君が無事でよかった。それから一人部屋で待たせてしまってすまない。先に君のご両親と話したいことがあったんだ。それからこちらの世界に来たときの状況なども教えてもらった」
「そうなんだね。一人で待ってたのは大丈夫。ただ話終わったお父さんたちが笑顔だった理由は気になってるけど」
「それは……っ、そうか。とりあえず順を追って説明していくから、どうか最後まで聞いてほしい」
「うん。わかった」
「ありがとう」
ジオさんは微笑んでくれたけど、どこか緊張しているようにも見える。
どんなことを言われるのだろう。
どんな選択肢が出されるのだろう。
私は、何を選ぶのだろう。
向かい合って座る私たちの距離は近いようで遠い。だけど立っているときよりは絶対に近い。だから何を言われても、どんな選択を迫られたとしても……ジオさんから目を逸らさない。最後までしっかり向き合う。
「ユヅさん。あの泉と君が大切にしている鏡がこの世界とあちらの世界を繋いでいた。だが今はその繋がりが切れている状態だ」
「どうして繋がりが切れたの?」
「私と君の願いが重なっていないからだ」
「どういうこと?」
「私が、聖女として他者を癒し守り続けた君の願いを叶える神になった。これに関しては私自身も気づいていなかったことだ。あのとき君の帰りたいという想いと私の帰したいという想いが重なって起きた現象なんだ。だから君の気配が突然なくなって、急ぎ君を探したがどこにもいない。聖女の力が暴走したのか、違う世界へ喚び出されたのかなどいろいろ考えが浮かんでは消えてを繰り返した。本当に生きた心地がしないくらい、心配した……」
「探してくれて、ありがとう」
「私は……君にお礼を言ってもらう資格などない。私は君が元の世界へ帰れたという考えだけは浮かばなかったんだ。だから私は、君を喚び出した」
「え? 喚び、出した……?」
「そうだ。私が君をこの世界に再び喚び出した。この世界でなら私が守れるからと。魔力の強い者が他の世界へ行くとこは禁じられていて、無理矢理行こうものなら両世界が滅びてしまう。だから私の勝手で君をこの世界へ連れ戻した」
「……」
「ただ喚び出した君の気配のそばにいる人たちに気づき、君がどこにいたのかを知った。謝っても許されるものではない。だがそれでも……」
ジオさんが頭を下げようとしたのに気づいて、立ち上がりジオさんへと近づく。そして手を伸ばしその美しい顔を包み少し上へと向ける。立っている私のほうが少し高いから、ジオさんを見下ろす感じになってしまったのは仕方がない。
困惑、後悔などが滲む紫色の瞳をまっすぐ見つめたままはっきりと言葉にする。
「ジオさん。謝罪は断固受け取り拒否です。私はあなたが悪いなんて思ってないから」
言い切って、にっと笑う。
私がジオさんでもきっと同じことをしていたと思うから。それにジオさんはーー。
「私の、神様でしょう」
「っ……」
「一度繋がったなら、また繋がるよ。だから私に悪いなんて思わないで大丈夫」
無意識に私はジオさんの額に自分の額をそっと近づけ祈るようにそう言っていた。




