<バタフライナイト>
「やるねアンタ。<新人殺し>のヨースケをあんな風に追い払った新人なんて初めて見たぜ」
意気消沈し<うるわしの酔夢亭>を後にした僕に、一人の男が突然話しかけてきた。
見たところ僕より年上、サイドを短く刈り込んだメッシュの入った髪型が爽やかな印象を与える男だ。
「おおっと、俺の首は切り落とさないでくれよ」
冗談交じりの軽い口調で男が僕にウィンクをする。
「自己紹介をしておかないとな。俺の名はチヒロ。中立のしがない盗賊さ。もしよかったら別の店で一緒に飲み直さないか? いい物見せてもらった礼にオゴらせてくれ」
その言葉に僕は了承し、チヒロに連れられて近くの雑居ビルの一室へと足を運んだ。
「この店だ」
着いた先の店の扉には<バタフライナイト>という店名がネオンカラーでデカデカと書かれている。
盗賊とビショップをその不思議な力で、今まで得た経験を一切失わせずに忍者へと転職させる
伝説のナイフの名前のモジリらしい。
なるほど、盗賊であるチヒロらしいセレクトの店だ。
「いらっしゃ~い」
ドアを開けるなり野太い声が店内に響くと、キラキラと輝くド派手な女物の衣装を着たごつい男がドスドスと重厚な足音をさせて現れた。
「あ~ら、チヒロちゃんじゃない。ご・ぶ・さ・た! ヤダ~、カワイイ子連れてるじゃないの~。紹介してよねッ」
……どうやらここはいわゆる『オカマバー』らしい。
思わず二の足を踏み固まる僕。
「どうしたアキラ。もしかしてこういう店は初めてか? ここは良心的な店だから心配するなって。さあ、入った入った」
チヒロに促され渋々とではあるが僕はテーブルに着いた。
「ママ、ドライエール2つ。あとつまみを何か適当に」
「は~い」
おしぼりで手を拭きつつ慣れた様子でチヒロが注文すると、ごつい女装ママがすぐに酒を運んできた。
なぜか3つ。
「よいしょ。お隣失礼~」
当然のように僕の隣に座り一緒に飲もうとする壮絶な笑顔のママ。
近くで見ると、その濃い化粧とうっすら見える髭の剃り跡もより一層キツイ。
「それじゃ、まずは最高に気持ちのいい新人アキラとの出会いを祝して、乾杯!」
「まあ、アキラちゃんて言うのね~。カワイイお・な・ま・え。アタシも頂いちゃうわよ~。カンパーイ」
「か、乾杯」
若干ママに気圧されつつその昔異種族がこの世界にもたらしたという酒、ドライエールが並々と注がれたジョッキをチヒロとぶつけ合う。
古の作法に則って僕とチヒロは互いの腕を交差したままゴクゴクと一気に飲み干す。
「おっ、いける口じゃないかアキラ」
「ぷっはー、さすがドライエール。体に染みるうまさだね」
しみじみとドライエールの感想を言うと僕は左手で口についた泡を乱雑に拭う。
ドライエールは高いから今まで僕は自分でお金を出して飲んだことはない。
キレの中にも深みがある上等な味わいの酒だ。
「ヤダ~、もう男らしい~。アキラちゃん、次はアタシとそれやりましょ」
ママが嬉しそうにはしゃいだ。
飲み始めて30分後、僕はこの店の雰囲気と陽気なママの接客にすっかり打ち解けていた。
「……それでアタシは上級職じゃなくてこっちの道に転職しちゃったってワケ!」
「ぶふっ! ママ、それ絶対鉄板の持ちネタでしょ!!」
僕がママの話に笑い過ぎて涙が出そうになっていると、店のドアが開きまた新たな客がやって来る。
「あら、いらっしゃ~い。二人とも、ちょっとごめんね~」
そちらの接客をするため退席するママ。
「な、面白いママだろ?」
チヒロが同意を求めるようにウィンクした。
「うん。こんなに笑ったのは久々だよ。それにとてもいい雰囲気のお店だね。このソファもこのままベッドにして寝てしまいたいぐらい座り心地いいし。<うるわしの酔夢亭>なんかよりよっぽど居心地もいいよ」
それをきっかけに話題は先ほどの<うるわしの酔夢亭>での一件に変わる。
「ヨースケは訓練所上がりの新人をイジメるのが趣味という最低野郎でさ、<新人殺し>なんて呼ばれて冒険者たちからも随分と嫌われてたんだ。それでも聖イグナシオ教会の僧侶だから、みんなも見て見ぬ振り。だからアキラが一発カマしてくれたのを見て、俺は正直胸がスカっとしたぜ」
「へぇー、あ……の人って教会の僧侶なんだ」
思わず"あんなのでも"と口にしかけて言い直す。
僧侶は属性が僕と同じ悪でもなれる職だからだ。
「教会といや、俺たち冒険者が迷宮で死んだり負傷した時に世話になる唯一の施設だからな。連中と険悪な雰囲気になって、もしもの時に蘇生をわざと失敗でもされたら困ると、誰も今まであいつに手も口も出さなかったのさ」
チヒロのその言葉に、つまみの合成肉を口に運ぼうとしていた僕の手が思わず固まる。
もしかして、僕はこの街で冒険者としてやっていく上で取り返しのつかないことをしてしまったのではないか?
「しかしさすがの自信だよな。アキラほどの男なら教会の世話なんて恐らく一生ならんのだろう。まったく、惚れ惚れするいい男っぷりだ」
酒に酔ったのか、それとも別の理由からか。
僕をまじまじと見つめるチヒロの目つきが若干怪しい。
「実はそんな凄腕のアキラに折り入って頼みがあるんだが。聞いてもらえるかな?」
チヒロが僕の手を取りぎゅっと握りしめる。
まさかチヒロもママと同じくそっち方面の気があるのかと僕は不安に駆られる。
「以前俺と同じカマの飯を食っていた悪の盗賊がいるんだが、そいつが一緒にパーティを組んでくれる前衛を今探していてな」
『俺と付き合ってくれ』なんて言われないだろうかと若干警戒していたから、このチヒロの話は想定外だった。
まさに寝耳に水、瓢箪から駒みたいな話だ。
一緒にパーティを組んでくれる仲間を探していた僕としてこれは聞き逃せない。
「本当かい? 僕もちょうどあの時<うるわしの酔夢亭>でパーティの仲間を探していたんだ。あんなことになっちゃったけど」
「あそこはなんだかんだでヨースケみたいな善の連中の溜まり場だからな。仕方ないさ」
「ちょ、ちょっと待った! ヨースケって"善"なの属性? あんなのでも!?」
チヒロの何気ない一言に僕はかなりのショックを受けた。
ゴリゴリの悪の僧侶の手本だと思っていたあのヨースケが、まさか善の僧侶だったとは。
属性の判定基準とは一体なんなのだ?
「さて話を戻すぜ。そいつはかなり腕のいい盗賊なんだが、戦闘はからっきしでちょいと性格にも難があってさ。色々あって今は僧侶と二人きりのパーティらしく、アキラみたいな頼れる前衛がどこかにいないかと相談されて、俺も暇を見てはあちこち探していたんだ」
『性格に難がある』というのを聞き多少嫌な予感がしたが、盗賊だけでなく僧侶までいるというのはありがたい。
うまくいけば迷宮での回復と罠解除担当が一気に揃う。
「頼む、どうかあいつらにアキラの力を貸してやってくれないか」
真摯に頭を下げるチヒロ。
他人のためにチヒロがここまでするなんて、きっとその盗賊もいい人に違いない。
まあ『悪』なんだけど。
「チヒロには美味しいお酒をオゴってもらったし、僕としても願ったり叶ったりだからね。喜んでその頼み、引き受けさせてもらうよ」
僕がそう返事をするとチヒロは大喜びで抱きついてキスの嵐をお見舞いしてくる。
「サンキュー! さすがアキラ、俺が見込んだいい男だぜ!」
スキンシップの表現にしてはブチュブチュと念入りで少々やりすぎな気がする。
「ちょっ、ちょっと待って。ひとつ聞くけどチヒロってまさか……」
僕の疑問に追加の酒とつまみを運んできたママがかわりに答える。
「そうよ~、チヒロちゃんは昔ウチで働いていたのよ~。売れっ子のカマっ子だったんだから」
「フッ、昔の話はやめてくれよママ。今はひたすら男の道を行く、ハードがウリの盗賊なんだからさ」
こうして18年間守ってきた僕のファーストキスは、名前だけは女みたいなチヒロという盗賊の男によって奪われてしまったのだった。
いや、唇ではないから絶対これはセーフ、ノーカンだ。
うん。
後日、この<バタフライナイト>で前衛を探しているというその二人と会う約束をチヒロに取り付けて
僕は冒険者のための宿泊施設である<トーキョーイン>へと足を運んだ。
「お疲れ様でございます。ただいまご用意可能なお部屋はスイートかロイヤルスイートだけになりますが」
ちなみにロイヤルスイートとはいわゆる王族や貴族の子弟が泊まるような、恐ろしい料金を請求されるともっぱら噂の一冒険者にはとても近寄りがたい部屋である。
当然僕にそのような選択肢もGも存在しない。
「スイートだといくらになりますか?」
「一泊につき30Gになります」
「た、高いなあ。あ、そうだ! 馬小屋に泊まらせてくださいよ、あるんでしょ馬小屋」
とっさに『冒険者名言集』に載っていた無料で宿泊できる裏ウザを思い出した僕。
こういうところで蓄えた知識が活きてくるとは。
これも冒険者ならではの知恵というヤツだ。
「お客様、『馬小屋に泊まると無料』というのは大昔に冒険者の間で流行したただの都市伝説です。それに当施設には馬小屋などございません。馬もおりませんし」
受付の男にきっぱりと真顔でそう言われて赤っ恥をかいた僕は、仕方なくスイートルームに泊まることにした。
まさか冒険者になって最初の夜を、無意味にきらびやかな燭台や年代物の調度品が配置された豪華な部屋で過ごすことになるとは。
恐ろしいほどふかふかのベッドの上で横になり真剣に考える。
これで僕の手持ちは残り82G。
一刻も早くパーティを組んで迷宮で稼がねばすぐに干からびてしまう。
◇
気が付くとまたいつもの夢を見ていた。
そこは酒場にあるような木製の丸いテーブルが一つあるだけの、他には何もない殺風景な部屋。
そしてその卓上の隅にいるのは黒い小動物。
僕が幼い頃に拾って『クロ』と名付け世話をしていた、今はもういない懐かしい相棒だ。
「やあ、クロ」
僕が声をかけると無言で尻尾をぱたぱたと振る。
おそらく、『早くそいつを振れ』と言っているのだろう。
いつものごとく僕の手の中には、この世の物とは思えないほど美しい透明に輝くダイスが握られている。
水晶なのかダイヤなのか、それとも完全に別の素材なのか。
それを知る術はないが、きっと現実世界に持ち帰れたならこれひとつで城でも建てられるんじゃないかというぐらい高価な代物ではないかと僕はにらんでいる。
そんなことを考えているとまたクロが急かすようにぱたぱたと尻尾を振った。
「はいはい、分かってるって」
この夢に滞在できる時間はそう長くはない。
僕がこの場所に来たばかりの頃は、クロに再会した懐かしさに浸る間もなく、吠えられたり噛まれたりして意味も分からずそのまま目を覚ますというのを何度となく繰り返した。
そうして、ようやく僕はここで為すべき『手にした輝くダイスを卓上で転がす』という謎のルールを把握するようになったのだ。
「さーて、何が出るかな」
さっそく卓上にそのダイスをコロコロと軽く転がす。
その行方を見守る僕とクロ。
出目は、金の砂時計の意匠が描かれた5の目だった。
「うん、悪くないね。それじゃまたねクロ」
薄れゆく景色の中、クロが笑った気がした