初めての仲間
『盗賊のアンナと僧侶のヤン。会えばすぐに分かるさ』とチヒロは言っていたが、待ち合わせの時間になってもそれらしい二人組は<バタフライナイト>に現れなかった。
「アキラちゃんの待ち合わせの相手はまだ来ないのね。も~、どんだけ~」
その間ママが話し相手になってくれていたが、僕の相手ばかりしているわけにもいかず新たな客が来るとその都度僕のテーブルを離れてはせっせと仕事をしている。
もうかれこれ約束の時間から1時間は経つだろうか。
僕が諦めて帰ろうかと考えた時、また別の客がやって来た。
「あ~ら、アンナちゃんじゃない。超ご・ぶ・さ・た! アキラちゃんが待ってたのってあなただったのね。すっかりお待ちかねよ~」
待ち人の盗賊アンナがようやく現れたらしい。
チヒロの口ぶりからすると良さそうな人物だという印象を受けたが、一体どんな人だろうか。
僕が振りかえろうとすると背後から突然誰かの手によって僕の目が覆われた。
「アンナ・サプライズド・チュウ!」
ハスキーな声と共に僕は今度こそ正真正銘唇を奪われた。
そう、またしても男に。
「遅れちゃってごめんなさい。アタシがアンナ。今のチュウは待たせちゃったほんのお詫びヨ」
そう言ってしなやかにポーズを決めるアンナ。
どぎつい紫のアイシャドウと真っ赤なルージュ、短い髪はピンク色。
耳には銀のイヤリングをぶら下げたその男の姿は、誰がどう見ても『オカマ』としか形容しようがない。
レベル1のビショップでも一発で鑑定できるだろう。
うう、僕のファーストキスが……これはどう考えてもアウトだ。
しかも相手がそっち系の盗賊の男ばかりって、一体全体どういう運の悪さなのだ。
「アラ、もしかして美女が来るかもーなんて期待してたのかしら? だったらごめんなさいネ」
まるで試すようなアンナの口ぶりに僕は気を取り直してふっと微笑む。
「いや、あのチヒロと同じカマの飯を食ったという盗賊だと聞いてなんとなくそんな気はしてたよ。聞いていると思うけど僕の名前はアキラ。悪のレベル1の戦士だよ。よろしく、アンナ」
僕はそう言ってアンナに握手を求める。
「へぇ……いい子ねアナタ。気に入らない相手ならさっさと断って帰ろうと思っていたんだけど、アタシ気に入ったわ。あらためて、アタシはアンナ。属性は悪、レベル12の盗賊ヨ」
「レ、レベル12だって!?」
驚きの表情を浮かべる僕の手をアンナがそっと優しく握り返した。
盗賊という繊細な職業柄か、はたまたオカマだからなのか知らないがアンナの手は意外と柔らかい。
チヒロから腕のいい盗賊だと事前に聞いていたが、まさか後衛職が一通りの呪文を覚えて一人前の冒険者と見なされる目安の『マスタークラス』と呼ばれるレベル13目前とは。
盗賊は他の職業に比べてレベルアップの速度が格段に早いとはいえ、レベル12もとなると十分に経験を積んだ正真正銘、凄腕の盗賊に間違いない。
このレベルの仲間をレベル1である僕が<うるわしの酔夢亭>で探そうとしてもまず不可能だっただろう。
なんだかんだで僕はツイているようだ。
「あともう一人、ヤンって名前の僧侶がいるんだけど。一緒にアキラのとこに行こうと約束してたのに全然来ないからアタシが呼びに行ったら、すっかりギャンブルに夢中になっちゃってて。約束の時間を過ぎてもテコでも動かないから、仕方なくアタシだけ来たってワケ」
アンナがやれやれといった様子でその広くたくましい肩をすくませた。
「じゃあママ、キンキンに冷えたドライエールを大ジョッキで2つお願いできるかしら。アタシとアキラとのパーティ結成を祝して、今夜は朝までとことん飲むわヨ!」
こうして僕は冒険者になって初めてとなる仲間、盗賊のアンナと出会いパーティを組むことができた。
「いやー負けた負けた。ケツの毛まで持っていかれたね。そろそろ迷宮で大きく稼がないと、ヤンさん生きていけないアルね」
妙ななまりのある男の声で僕は目を覚ました。
時刻はもうすっかり朝のようだ。
<バタフライナイト>でアンナと遅くまで飲んでいた僕はそのまま店の中の柔らかいソファで寝てしまったらしい。
アンナもいつの間にかちゃっかりと僕の膝を枕にしてスヤスヤと寝息を立てている。
「あんたがアキラね。ワタシ僧侶のヤンさんよ。よろしくアルね」
年は三十代だろうか、丸眼鏡をかけ独特の風貌をした背の低さが特徴であるノーム族の男、ヤンは自分の冒険者登録証を僕に見せてきた。
そこには『レベル7・悪・僧侶・ヤン』と書かれている。
アンナと同様、ヤンも新人ではなく相応の経験を積んだ冒険者だったとは頼もしい限り。
こんな僕みたいなレベル1の戦士と組んでくれるなんて、普通なら絶対にありえない話だ。
「せっかくのパーティ結成祝いに遅れて悪かったね。ヤンさんちょうどあの時マージャン親番で配牌が絶好調だったよ。おや、まだ結構いいの残ってるアルね」
ヤンは僕たちの飲み残しの酒とつまみを一気に口に流し込むと、自らの身の上を語り出した。
「昔ヤンさんは上海でモグリの医者やってたよ。そしたらある日、突然僧侶呪文使えるようになったアルね。不思議ね。回復呪文使ってヤンさんの仕事大繁盛よ。ところが繁盛しすぎて教会に摘発されそうになったアルね。捕まったら大変よ。慌てて日本まで逃げて来て、この『城塞都市ネオトーキョー』でヤンさん冒険者になったね」
「へぇー、それはまた大変でしたね」
まだ残り物はないのかと他のテーブルまで探り始めたヤンに僕はとりあえず相槌を打つ。
教会の関係者以外が迷宮の外で呪文を使うのは、モンスターが地上に現れた場合などの特例を除き基本的に禁じられている。
ましてやそれで稼いでいたというならなおさらだ。
いわば商売敵の教会からしてみればヤンという男は間違いなく『悪』の属性といえるだろう。
もっとも、属性判定基準が一体なんなのかを僕は知らないのだが。
「アンナとはどうやって知り合ったの? まさか同じカマの……」
「ないない! それはないアルね。ヤンさんのセクシャリティはいたってノーマルよ」
僕が既視感を覚えたその疑惑に、ヤンは大げさにブンブンと首を横に振って否定する。
「アンナとは半年前から一緒にパーティ組んでるね。迷宮で寝食も共にしたけどヤンさんはノーマルよ。これは信じて欲しいアルね」
そこで急に声のトーンを変えて遠い目をするヤン。
「ヤンさんたちのパーティの仲間、とてもとても強かったね。まだ完全踏破されてない『アングラデスの迷宮』にも挑戦したよ。稼ぎもいいしヤンさんたち、どんどん迷宮の奥深くに潜って行ったアルね」
『アングラデスの迷宮』とは『城塞都市ネオトーキョー』から近くにある迷宮だ。冒険者でその名を知らぬ者はない。
なぜなら現在確認されているのは四層までで、いまだ最深部に辿り着き帰った者のない未攻略迷宮だからだ。
噂ではかつてあの侍の中の侍である『コジロー』も足を踏み入れたものの、途中で引き返して来たという話もあるぐらいだ。
この国が誇る最高難易度の迷宮、それが『アングラデスの迷宮』である。
「でも三層に潜った時ね。その階層で出るレベルの敵と桁外れの、とても強い敵に遭遇して仲間の前衛戦士一気に二人死んだよ。アンナが切り札として持ってた転移罠の仕掛けられた小箱で運良く二層に飛んで、ヤンさんたち全滅だけは免れたアルね」
転移罠といえばどこに飛ばされるか分からない恐怖の罠である。
下手をすれば迷宮の硬い壁の中に飛んでしまい、壁と同化して消滅することも有り得る、まさにイチかバチかの手段だ。
「生還してすぐネオトーキョーの救出屋に頼んで仲間の死体回収してもらったけど、蘇生に失敗して死んだ戦士の二人は消滅したね。パーティもそのまま解散よ。それでヤンさん、まだ冒険続ける意志のあるアンナと一緒に新しい前衛の仲間探してたアルよ」
ヤンの語るこれが冒険者にとっての厳しい現実なのだと僕は思い知った。
「そっか。嫌なこと思い出させてごめん。でも僕みたいなレベル1の新人戦士が仲間で本当にいいのかな。ヤンとアンナはアングラデスの三層にも行ったほどの実力者なのに」
僕が本音でヤンに問う。
「ヤンさんの賭博仲間の爺さまから聞いたよ。アキラが<うるわしの酔夢亭>で嫌味な教会の僧侶殺しかけた話。ウシャシャシャ、それ聞いてもうアキラとはレベル関係なしに組みたくなったアルね。ヤンさんも惚れ惚れする男っぷりよ」
ヤンが丸眼鏡を光らせてニカッと笑う。
「はは……あれは色々あってね。でもそのおかげでこうやってパーティが組めるなら良かったよ」
例のヨースケとの一件を思い出して苦笑いする僕にヤンが力強く頷いた。
「その通りね。縁とは不思議よ。おい、アンナもそろそろ起きるアルね」
ヤンが寝ているアンナを激しく揺さぶる。
「何よもぉ……。アラ、ヤンじゃないの」
無理やり起こされたアンナが眠そうに目をこする。
「そろそろ支度するよ。そういやアキラは戦士なのに剣も鎧も持ってないね。そのまま素手で戦うスタイルなのアルか?」
ヤンに問われて僕はやっと気付いた。
「そうか、装備のことなんてすっかり忘れてた。もちろん剣と鎧は必要だけど。一体そういうのどこで買えばいいんだろう」
訓練学校では戦い方は散々叩き込まれたのに、肝心なそんなことひとつも教えてくれなかったぞと思いつつ僕は首を捻る。
「アラ、それならここのすぐ近くにある『堀田商店』で揃えたらいいじゃない。というかそこしか
冒険者用の装備を取り扱っているまともな店はこの街にないわヨ。後は使い物にならないガラクタや呪われたアイテムを売ってる、でたらめな店ばかりだから」
アンナが僕の疑問に直答してくれた。
「分かった。それじゃちょっとその店に行って買って来るよ。バッチリいいの揃えて戻るから期待して待ってて」
財布を握りしめ『堀田商店』へと僕は駆け出した。




