side B ~ぬくもり~
目が覚めたら、あったかいところにいた。
消えちゃったはずの、おじちゃんの膝の上。包まれてるみたいで安心する。
どうしてだろう?
おじちゃんは、鬼なのに。かか様ととと様を食べちゃったのに…
「起きたか」
うっすらと目を開けたおじちゃんの目は紫色じゃなかった。
あたしとおんなじ黒色。あのキラキラしてた髪も黒色。
とんがりはなくなってて、あの汚い赤色も、もうどこにも見あたらない。
だけど、間違いなくおじちゃんだってわかる。
キラキラじゃなくても、とんがりがなくても、こんなキレイな人は他に見たことないから。
「ーーーー」
黙ってるあたしを見て、おじちゃんはクックッと笑うと、
「近衛」
と、誰かを呼んだ。
しばらくして襖を開けた“このえ”はおじちゃんよりずっと若く見えた。
「お呼びでしょうか、伊織様」
このえはあたしを見ることなく、いおり様という名前らしいおじちゃんを見ている。
髪は茶色っぽくて、“いおり様”の真っ直ぐな長い髪と違って、肩より上でふわふわしてる。目も薄い茶色だった。
「井戸水で布を濡らして持ってきてくれぬか」
いおり様がこのえに言う。
「いががいたしました?」
このえが首を傾けた。
「この者の顔が…このような有様なのでな」
いおり様は、話す人を見で追ってきょろきょろしているあたしの顔を、このえの方にクルッと向けた。
ーーーかんばせってなんだろう?
いおり様の言葉ってむずかしいな。
「ーーーかしこまりました」
このえはあたしの顔を見てクスクス笑うと、襖を閉めようとした。
その時、チラッと見えた髪よりふわふわなもの…
「待って!」
あたしは居心地の良いいおり様の胡坐の中から抜け出して、閉じようとした襖をパシッと開け放った。
「やっぱり、しっぽ!」
このえのお尻から、フサフサふわふわのしっぽが生えていた。
「これっ、童触るでないっ」
このえが真っ赤な顔で逃げようとする。
「すごいねっ。かわいいねっ。いいなぁ…」
あたしはかまわず追いかけた。
だけど…
「ひゃっ!」
急に高いところに持ち上げられた。それは、いおり様の腕の中。
「いおり様?」
このえみたいに上手く呼べない。
「失礼しましたっ、伊織様」
このえが両手でしっぽを隠した。
いおり様は、あたしとこのえを両方見てから、またクックッと笑った。
「其方は我らを恐ろしく思わぬのか?」
クックッと笑った後に、少し悲しそうな顔をする。
ーーー恐ろしく?
「怖くないかってこと?」
「そうじゃ」
ーーーどうして?
「怖くないよ」
だってこんなにあたたかい。
かか様もとと様も、こんなふうに抱っこしてくれなかった。
新しいとと様のうちで暮らすようになってからは、ずっと、ひとりぼっちって思ってた。
いおり様は、かか様ととと様を食べちゃったけど、あったかい。
それに、あたしをひとりぼっちにしなかった。
あのまま、放っておくことだってできたのに。
「怖くないよ。いおり様はやさしいよ」
あたしは、まだ悲しそうないおり様の目を見て言った。
笑っていてほしい。いおり様が悲しいと、あたしも悲しい気持ちになる。
「ーーーそうか。可笑しな童じゃ」
たっぷりと間をあけて、いおり様は静かに笑った。
あたしも笑う。
それを横で見ていたこのえも、ホッと笑ったように見えた。
「このえも怖くないよ」
そう言ったあたしに、
「こっ近衛とは生意気なっ…」
また顔を真っ赤にして怒ってるみたいだけど、なんでかな?
そんなことがあって、あたしはいおり様のお屋敷に住むことになった。
あの後、怒ってたはずのこのえは、冷たい水で濡らした布で、あたしの顔を拭いてくれた。
そして、泣きすぎたせいで腫れていた目を冷やしてくれた。
このえも、やさしい。
ーーーすぐに怒るけどね。
他にもこのお屋敷には、彩と楷っていう兄妹の妖がいる。
妖とは、人じゃないもので、人が嫌っている存在なんだって。いおり様が教えてくれた。
だから普段は人の恰好をしていて、人に混ざって生きてるって言ってた。
寿命っていう命の長さも、人よりずっとずっと長いんだって。
これってすごいなって思った。あたしはそれを聞いてうれしかったんだ。
だって、いおり様は絶対にあたしより先に死んじゃったりしないんだよ。
もう、ひとりぼっちになることはないんだってうれしかった。
「咲希様ー、咲希様ー!」
遠くでこのえが呼んでる。
いおり様が、書き方を考えてくれた“咲希”って名前は、あたしの宝物になった。
その時から、このえはあたしを咲希様と呼ぶ。
だけど、ごめんなさい。
待っているのは、このえじゃないの。
あたしは、大きな木の幹に空いた穴の中に隠れてた。
ひとりぼっちじゃないって、もっともっと感じたくて。
ずっと待っていると、
「今日は遠出をしたのだな」
ーーーほら。
いおり様は必ずあたしを見つけてくれる。
「いおり様!」
うれしくて、
うれしくて、
うれしくて。
何度も隠れているのに、いおり様は怒らない。いつもいつもあたしを見つけて、困ったように笑って、お屋敷まで抱っこしてくれる。
危ないから遠くへ行くなって言ってくれる。
ーーーいおり様はあたしのことどう思っているのかな?
「あたしはね、いおり様の銀の髪が好き。紫の目が好き。とんがりも大好き」
それが、いおり様の本当の姿だから。
人が妖を嫌いでも、あたしは大好きだよって、そう言いたいのに…
「ーーーー」
いおり様は困っているみたい。それに、悲しそうで、苦しそう。
「どんないおり様も大好き」
あたしはぎゅっていおり様を抱きしめた。
小さな体がいやになる。早く大きくなりたい。
あたしが大人になったら、もっとちゃんと、いおり様を抱きしめてあげられるのに。
きっと、もっと笑わせてあげられるのに。
ごめんなさい、いおり様。でも、待っててね。
あたしがいおり様を幸せにしてあげる。
いおり様が、あたしをこんなにもあったかい気持ちにしてくれたみたいに。
今は何もできないけど。
困らせてしまうけど。
それでも、あたしを見つけて。そばにいて。
あたしは、いおり様がいてくれるだけでいい。
それだけで、いいんだーーー




