side A 〜鬼の心〜
許さぬ!
許さぬ!
許さぬ!
鬼と呼ばれ疎まれるが妖の常だとて、一度たりとも人を殺めたことなどなかった我が妻を、未だ見ぬ我が子を、我から奪った人間共。
真実ともわからぬ戯れ言を誠と決めつけ、その命を儚くした人間共に、目にもの見せてくれようぞ!
我が妻の腹を裂き、奴らが取り上げた赤子のように、奴らの腹から、臓物のすべてを抉り出し撒き散らせてくれるわ!
思い知るがいい、我が怒りを!
思い知るがいい、我が妻の苦しみを!
思い知るがいい、命が消えゆくその間際にーーー
「おじちゃん、どうして泣いてるの?」
いつしか夜は明け、残酷な殺戮の痕がまざまざと残る鬼の傍らに、ひとりの人の子の姿があった。
人里離れた山の中、人の年で3つ4つの女児が、鬼の血濡れた着物の端を掴んでいた。
「どこか痛いの?だから泣いてるの?」
ーーー我が泣いている?
聞かされて初めて知った。
「何奴だ」
頬に伝う涙に触れ、微かな驚きを隠すかのように鬼は女児を睨みつけた。
そこでふと思い当たる。
上等な生地で仕立てられた着物は、其処彼処に煤がつき、綻び、足は裸足のまま。
その出で立ちを見れば、察しがつくというもの。
今し方、復讐を遂げ、家屋に火を放ったあの庄屋の娘ではないか?
「あたしね、サキって言うの。おじちゃんは?」
「ーーーー」
鬼は面には出さず思考を巡らせた。
ーーー我を追ってきたのだろうか?
我を父母の仇と知って。
だがしかし、そのようなことよりも、我の姿が恐ろしいとは思わぬのか?
「おじちゃん?」
サキという名の女児の目は、仇を見るそれとは違う。
地獄の使者に恐れ慄くものでもない。
ただ真っ直ぐに、直向きに、鬼と視線を交わしていた。
「去ね」
その視線から逃れるように、鬼は踵を返す。
ーーーっ⁉︎
着物の端が手をすり抜けて、慌てたサキが咄嗟に鬼の手を握った。
「行っちゃやだ!」
その、人とは異なる趣の、更に言えば赤黒い血糊に汚れることも厭わずに。
途端、鬼はその姿を消した。
妖術と呼ばれる特殊な能力。鬼には容易いこと。
それでも…
「おじちゃん⁉︎どこっ⁉︎おじちゃん‼︎」
先程までの何処か凛とした雰囲気から一転して、泣きじゃくるサキの姿を、鬼は殊の外近くで見ていた。
次第に強くなる胸の痛みに悩まされつつ見守った。
ーーー誰かに見つけてもらえばよい。
人間同士ならば、童にかける情けもあろう。
人の世には、神の信仰があるときく。
ならば人の守り神よ、あの娘にあらん限りの慈悲を!
鬼は待った。今か今かと。
サキの親代わりになれる人間が、この山道を通りかかるまでずっと。
ずっとーーー




