第三章 金魚の打算
ブラックアウトした画面を見つめながら、私は暗闇の中で静かにグラスを傾けた。それでいいのよ、律。 私が揺さぶりをかければ、あなたは必ず隠蔽のために回線を切る。そして、自分が「妻の遠隔ハッキングを防ぎ、罠を無効化した」と誤認する。その安直な勝利宣言こそが、お前たちをさらなる破滅へ導く罠の入り口だ。そして、追い詰められた人間は、自らの優位を保つためにさらなる暴挙に出る。律は今頃、繋がらなくなったインターホンパネルの前で、香織に格好悪いところを見せまいと必死に言い訳をしているはずだ。そして、ITディレクターとしてのプライドを刺激された彼は、ただ隠れるだけでは満足しなくなる。私が出張から帰ってきた時のために、今度は私を脅し、優位に立つための武器を欲しがるようになる。その武器のあり処を、彼はどこに求めるか。 決まっている。彼の目の前にいる、真壁建設の令嬢・香織の立場だ。律は香織の甘えを利用して、私の広島のプロジェクトに関する仕事上の弱みを探ろうと、必死に算盤を弾き始めるに違いない。私が図面の微修正や納期のために利己的な近道をしていないか、真壁建設の社外秘データの図面や修正ログ、あるいは見積書を香織に盗ませて、離婚調停や財産分与を有利に進めるための交渉材料にするために。素晴らしい。それこそが、私の描いた最終解体プランの基礎だ。
私をハメるための爆弾を作っているつもりで、彼らは自分の首を吊るための縄を熱心に編んでいる。真壁建設の令嬢が、男に唆されて会社の重大なコンプライアンスに関わる社外秘データを横流ししたとなれば、それはもはや私への攻撃ではない。真壁建設という巨大組織に対する重大な裏切りであり、明白な犯罪行為となる。私が広島の現場でどれほど誠実に、完璧な図面を引いているか、律は知りもしない。私の設計図には、ミリ単位の狂いも、突っ込まれるようなグレーな領域も存在しないのだ。お前たちが必死に私の水槽を壊そうと足掻き、ハッキングを試み、不正なデータに手を伸ばす。そのすべての行動ログと通信の履歴こそが、裁判所でも、そして真壁建設の役員会の席でも、言い逃れのできない最高に醜悪な証拠として蓄積されていく。泳ぎなさい、哀れな金魚たち。水槽の水を抜くレバーを私が引くその日まで、せいぜい自由になったつもりで、濁った水の中で身勝手な夢を見ていればいい。




