7、緑の黒髪
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「お待たせしました。チョコレートケーキお2つになります」
先程の店員が戻って来て、オーダーのケーキをそれぞれ丁寧に配膳する。
「……ふたつ?」
翠玉は目の前に置かれた皿を見てきょとんとした。
頭上でクエスチョンマークを飛ばしている翠玉に対し、紫水は「それは確かにあなたの分ですよ」とため息をついた。
「確かに頼んでましたから。本当に無意識だったんですね」
何となく気まずくて、翠玉は横で丸い給仕盆を抱えて立っている店員をちらりと見遣ると、目が合った彼女はにこりとほほえんだ。
その微笑に、不覚にも心が揺さぶれる。
「ここのチョコレートケーキ、とっても美味しいのでオススメですよ!ふふ。どうぞごゆっくり」
そう言って彼女はひとつ会釈をして、店内奥へと戻ってしまった。胸につけられていたネームプレートが目に入る。
『野々原』——、
「ノノハラ……?」
「まぁた、ボーッとして。今度はどうしましたか?」
口元に手を当てて何やらまた思考の海を漂い始めた上司を尻目に、紫水はケーキにすっとフォークを入れ、それを口に運ぶ。
「先程の女性の、野々原というファミリーネームが何処かで聞いた事がある気がしたんですが」
「ふぅん。野々原?僕は聞いた事ありませんけどね。あぁでも響きは似てますかね?ほら、彼のお方の愛し君のファミリーネームも確か……あ!これこれ」
チョコレートケーキを頬張りながら、紫水は手元の資料をパラパラとめくる。
そこである人物名が記載されたページをトントン指さす。
——葦原 紫子
「この番様のファミリーネームと少し似ているから混同されたのでは?」
「そうでしょうか……」
確かにこの国では『原』がつく姓はメジャーだと聞いた事がある。あるが……
何か違う引っ掛かりを覚えたのだが、もう少し深く考えようとしたところで——。
「……何ですか?」
目の前の部下が、その食べているケーキよりも甘ったるい視線をこちらに寄越していることに気づいた。
「いやぁ〜?ちゃっかり彼女のお名前までチェックしてらっしゃるなぁぁ〜?と」
「なっ……!」
——思考を中断せざるを得なかった。
「それは!たまたま目に入っただけです、深い意図はありません」
「あはは、いやですね、冗談ですよ。分かっておりますからそんなにムキにならないで下さい」
珍しく慌てた様子で言い訳を並べる幼馴染に、紫水は何だがおかしくなった。
訳知り顔でうんうんと頷きながら、
「こちらの乙女達は、我が国の女性像と少々異なりますしね。あなた様にとっても色々と物珍しいのでしょう」
具体的に言えば、身長とか筋肉量とか肩幅とか。あとうーん、声量も……。
竜族の女性は基本的に『強い=セクシー=美しい』と考える性質がある。
故に人型になる時でさえ、肌に連なる硬い鱗も、頭の竜角もあえて隠そうとしない。鍛えられた肉体美や豊満な胸筋を惜しげもなく晒すような格好を好む。この国の女性とは真逆のようにも思えた。
小さく華奢で。どこもかしこも柔らかそうで、力を入れると壊れてしまいそうな……、
何かを思い出したのか。今度は紫水の方が、ぽっと頬を染めた。
「……昨夜お会いしたゴットネス⭐︎ファイブのピンクちゃんなんて……その、健気で可愛かったですよね」
「……紫水。あなたまさか……」
「あ、いや全然!全然そういうんじゃないんですよ!?ただ……」
紫水は「ただ……」と続ける。
「腹立たしいと思ってしまって。あんな仲間の男を庇って、いいように使われて。裏で一体どんな非道な振る舞いをされているのか。……我々の仲間だったらもっと大切にするのにって」
思い出すのは……自分の身体をみだらに弄んで下卑た声をあげた仲間さえ、その背に庇おうとしていた慈愛の姿。
前に出過ぎないで……と仲間に懇願する、か細く震えた声。
「そんな健気で優しい娘と、仕事とはいえ戦わなければいけないだなんて……と少し思う所もありまして。あ、勿論いざその時になりましたら僕だって私情は一切挟みませんよ。敵に容赦する事なぞ致しませんから!」
「そこはご安心を!」と、胸をドンと叩き、努めて明るい声を出しているだろう幼馴染に、翠玉も嘆息をつく。
一抹の不安が残るが、仕方がない。国から共にやってきたこの仲間は優秀であるが少々情にもろい所がある。
「あぁそういえば。件のゴットネス⭐︎グリーンの事ですが……」
翠玉はトン、とテーブルを軽く弾くように指で叩いた。
トントン……と。これは考えを整理する時の彼の癖のようなもの。
紫水は背筋を伸ばして彼の言葉を待つ。
「アレが当代の神子なのかもしれません」




