5、守護神とポイント
バイト面接が終わってから、みどりは桃矢と社を後にした。
「おまえ今日これからバイト?」
「ん。今から喫茶店だよ」
神社の敷地内に建つ離れが、両親を亡くした後のみどりの居住地である。
一緒に社を出たということは、講義かバイトのどちらかなんだろうと桃矢は予想していたが、やはりその通りだったようだ。
「この時間帯からのシフトだと帰りは夕方になるか?」
「そうだね、18時くらいかな」
みどりは学費の足しにといくつかバイトを掛け持ちしている。
喫茶店バイトでは調理補助兼ホールの仕事だが、ただそのバイトも客足によって終了時間がまちまちであった。
桃矢は素早くこれからの自身の予定やらタスクやらに優先順位をつけて頭の中で組み立てる。
「18時か。帰り迎えに行くから。早くあがるなら連絡な。先帰んなよ」
「え?いーよいーよ。毎回思うけど18時ならまだ……」
「いーから。また変なヤツに絡まれたら困るだろ」
みどりは何というか変なモノを寄せつける体質だ。
人であれ人外であれ。神社に身を置いている分には心配しなくて良いが、一旦外に出てしまうとよく『変なモノ』に絡まれてしまう。
みどりは肩をすくめて「最近は私も強くなったし大丈夫なんだけどな……」とため息をついた。
でもこの過保護な幼馴染は、自分がどんなに言っても何を訴えても、結局迎えに来てしまうのだからそれ以上の説得を諦めた。
先ほど紫子から渡された指輪をしげしげと眺める。シルバーの台座に緑の色石が嵌め込まれたそれを。
「色石に守護してくれる神様のパワーを貯めるんだって叔母さん言ってたよね」
「そうだな」
隣を歩く桃矢も自分と同じように指輪を見つめていた。彼のものにはピンク色の石が嵌められていた。
「んーと。私を守ってくれるのは緑と大地の神様だって事だから……環境に良い行いをすればパワーが貯まるって話しだったよね……」
前方にふと、空き缶がひとつコロリと路上に転がっていた。
みどりはそれをひょいと拾い、近くにあった空き缶入れに入れた。
ピコンッ♩
という音と同時にみどりの頭上で葉っぱのマークが点滅した。
「おおっ!これがポイントが入ったってことね!」
「エフェクト分っかりやす……」
「叔母さん、私のは『エコポイント』って呼んでた。たくさんポイント貯めればヒーローになった時大技使えるんだって」
みどりは目を輝かせている。
何事も凝り性な彼女のことだ。明日からポイ活に勤しむのだろう。
「桃は?」
「ん?なにが?」
「どうすればポイント貯まるかちゃんと聞いた?」
「あ。あ―、いや、」
自分の話に変わると途端にしどろもどろになる桃矢といえばその瞬間、みどりが席を外したタイミングで紫子が自分に耳打ちしてきたセリフをまざまざと思い出していた。
曰く。
『桃矢くんは頑張ってときめきポイント、貯めてね♡日常生活で指輪着けてキュンキュンしたら勝手に貯まっていくから。あ、君の場合は特に頑張らなくても良いかもだけど』
――以上、回想終了。
「あの時紫子さんぜってー、語尾に(笑)ついてたんだよなぁぁ」
面白がってる……憂鬱だ。みどりへの気持ちが紫子にバレていたのだって正直まだ衝撃が残っているというのに。これから事あるごとに揶揄われてしまうのか。
「桃。大丈夫?もしかして桃のポイ活って難しい?」
「みどり……」
暗い未来を想像し、隣で重いため息をつきながら頭を抱えている幼馴染を心配したのだろう。
みどりは気遣わしげに桃矢の顔を覗き込んでいた。
……内容は全くかすりもしていないが。
みどりは桃矢の袖をくいくいと引っ張った。
「桃の神様って愛の神様だよね。何をすれば良いのかな?私も桃のポイ活手伝うからさ。あ!もしかして誰かの恋愛のお手伝いとかそういう……?!恋のキューピットみたいな事したらどうかな!?」
「あーいや、大丈夫だって。恋愛相談じゃないらしいから……」
「で、でも桃ぉ……」
桃矢の袖をギュッと握り締めながら、みどりは項垂れた。
「わ、わたし嫌だよ。私の代わりにピンクやって、それで……も、もし桃が怪我とかしちゃったら」
「それこそ大丈夫だって。な?俺だってちゃんと我妻家で鍛えられてるしさ」
ぐるぐるとマイナス思考に陥ってしまったのだろう。すっかりしょげてしまったみどりの後頭部をぽんぽんと軽く叩く。
普段勝気な振る舞いが目立つ彼女だが、桃矢からして見ればそれの大部分は虚勢なんじゃないかと考えている。自分を奮い立たせる為にやっているというか。
彼女の本質はお人好しだし、女性らしいところも結構ある。
あといったん懐に入れた相手には情け深く情が厚い一面も。
——それでいて脆いんだよな。意外に泣き虫だし。
と、そのままみどりの背中をトントンと一定のリズムで叩きながら、「うーん」と苦笑しながらも桃矢はそんな事を思う。
背中に大きくて温かい手の平を感じて少し落ち着いたのだろう。みどりがそろそろと顔を上げた。
「ごめん。もう大丈夫だか、ら」
「ん。落ち着い……?」
その途端。
「ん゛ん……ッ!」
キュンキュンキュキュン♩
桃矢の頭上でハートマークのエフェクトがぴかぴか光った。
「え。なに今の……?」
「……いや。おまえの泣き顔って昔からグッと来るって言うか……」
いかん。この言い分では俺が変態みたいじゃないか。
しかも1Pどころじゃなくて結構貯まった気がする……。
何事かよく分かっていないみどりだったが、まだ涙が残る潤んだ瞳で桃矢を見上げている。
そんな彼女を無表情で見つめ返した桃矢だったが、彼の頭上は正直なようで。新たなハートのエフェクトが音を鳴らしながら点滅する。
「よく分からないけど、桃にもポイントが入ったってこと?」
「入ったっていうか入っているというか……。ちなみにそのうるうる涙目の上目遣いもポイント高いらしいよ」
「? よ、よかったぁ。桃が強化されなかったらどうしようって思っちゃってたから」
自分の身を案じてほっと胸を撫で下ろしているみどりの、その笑顔も可愛い……と思ったらキュンキュン♩とまた音がした。
「あ。でもどっちにしろさ、グリーンがピンクちゃんを絶対ぜーったい、守るつもりでいるから大船に乗った気でいてよね!さっきも言ったけど私、結構強くなったんだから!」
そう言って見えない敵相手に「しゅっしゅっ!」とシャドーボクシングをし始める彼女。
桃矢は「健気か!」とツッコミを入れつつしかし頭上ではキュキュン♩と音が鳴り響く。
「……めっちゃ鳴ってるね、ソレ。故障かな?」
「そうだな、多分もう壊れているんだろうな。本体が……」
何故か自嘲気味に笑う幼馴染の様子に、みどりが気を取り直すように桃矢の手をぐっと握る。
「えっと。ポイ活、いっしょに頑張ろーね?」
桃矢の前で泣いてしまった気まずさと照れが残っているのだろう。
少し赤みが残る顔と瞳で。それでも視線を外すこと無く桃矢を真っ直ぐ見つめて、みどりはくしゃりと笑う。
全くこの幼馴染ときたら鈍感で。こんなにも……
桃矢は頭上でポイント音を聞きながら、
「いや活動っていうか……。無理に頑張らんでも俺、おまえが傍にいればそれで良いみたいだわ」
桃矢の頭の中では仮想 紫子が『言ったでしょ?ピンクは君に適任だって〜』としたり顔で腕組みをしていた。『オホホホホ』という高笑いさえ脳内に響く。
そんな頭の中の人に桃矢は「ほんとそうっすね……」と自分でも呆れながら返したのだった。




