33、竜神礼賛@ポケット
***
光が消え、あたりに闇が戻ったその時にはもう、ギベオンの姿は無かった。
夜の静寂が戻ったのかと思いきや——
カッショ……カシャカシャカシャ!!
「ん?」
なんか変な音がしてグリーンが振り返ると、パープルが小脇に抱えていた瓶の蓋をものっすごい勢いで回し閉めていた。
——なんか、あの瓶見覚えがあるような……?
そして蓋を閉め切った後、マステをぺたんと瓶本体と蓋にかかるように貼り付けていた。
「なんて書いて……?」
小花模様にラベンダー色の可愛らしいマステには、これまた可愛い丸文字で『邪竜神⭐︎封印』と書かれていた。
愛らしさと字面のインパクトがえげつない。混沌である。
「え、邪竜……?」
邪竜ってさっきの伸ばしていたパープルの髪をそれに見立てて退治したやつじゃ……とグリーンが何かを言う前に。
「ポケ●ン、ゲットだぜ——!!」
夜のしじまに、パープルの大絶叫が響き渡った。
***
パープルが頭上に掲げた瓶の内容物をよく見ると、そこには小さな白銀の竜がinされていた。
白銀のミニリュウは落ち着かない様子で瓶の中をうろうろしている。
その動きに合わせて瓶越しにキラキラと鱗が輝いている。無性に庇護欲を誘われる様相だ。
ごくり、と唾を呑み込む気配。
「あ、あれはもしかして……」
誰がその最初の一言を発したのだろう。恐らく敵方の誰かだ。
「「「ギベオン竜王陛下ーーー!!!???」」」
アメは、「あわわわわわ!」と泡を吹く勢いで、隣にいたエメの肩を激しく揺する。
「エメ様!どうしましょう!?ウチの陛下が邪竜としてふ、ふ、封印されちゃいましたよ!!?」
エメは静かに首を横に振る。
「それだけではありません……」
パープルが持つ瓶にそっと視線を移しながら、
「あの儀式は、神迎えの儀……それに応えたなら転じて、竜人を竜神として迎える儀になる」
「え?!つ、つまり……?」
アメは瓶と隣のエメとを交互に見て青ざめた。
もう何と無く聞き返さなくても答えは分かっているのだが。
自分のこの頭の中にある仮定を、誰かに嘘だと否定してもらいたくて。今起こっている出来事が信じられなくて思わず聞き返してしまったのだった。
一方でグリーンは、瓶を愛おしそうに撫でるパープルの元へ近づき、瓶を覗き込んだ。
「……それが邪竜、なの?」
「ん?」
「だって、邪竜として退治したのはパープルの髪じゃ無かった?」
チラリとその箇所に視線を送る。その現場にはまだ髪の束が転がっていた。
あの邪竜と見立てたかみから天叢雲剣が産まれたはずだった。パープルの大祓の産物である。
「あぁ、髪もそうだけど」とパープルは軽く笑った。
「人の国を乗っ取ってやろうなんていう侵略者よ?そっちだって充分邪悪……邪竜じゃないの」
カラッと笑って、「やーねー、常識でしょ」とグリーンの肩をポンポンと叩く。
——りょ、両方だった!!!
つまりこの2人ともが討伐対象の『邪竜』だったのだ!!
グリーンは頬を引くつかせた。
そんな姪の様子などお構いなしに、パープルは瓶のミニリュウに語りかけた。
「あんたはまだこの国を支配しようとした邪竜だけど。私がこれから毎日あんたを祀りあげるわ。祝詞をあげて、祈りを毎朝毎晩捧げる」
瓶の中のミニリュウはよく分かっていない様子で小首を傾げた。
いちいち可愛い……と場違いにもグリーンの胸はキュンキュンしてしまう。
パープルは目を細めながら、「そうしたら……」とどこか遠くを見つめるような面持ちで、
「きっと私の信心が、力が……あんたをいつか邪竜から神の位へと押し上げる。……私があんたをこの国の守護竜にする。竜神よ」
それを聞いてギベオンは、「ひいっ!」と短い悲鳴をあげる。
「余を騙したのか?!紫子……!」
瓶の中からワーキャーと声が響いた。
「人聞きが悪いわね。神となる御霊との契約に嘘などあるはずもないでしょう」
そっと瓶を抱きしめながら、パープルは、
「私は葦原のむすめ。国も、愛した男も……。欲しいものは何でも手に入れる、業突く張りのむすめなのよ」
パープルは今期一番に良い笑顔をしていた。
その笑顔とは対照的にギベオンはガクガクと震え出す。「余……余が作り替えられちゃう……!」と。
「欲しかった国が手に入るのよ?どう?嬉しいでしょう?」とパープルは皮肉に顔を歪ませながらにっこりと嗤った。
「だってねぇ、そうしたら。あなたがそう『成った』なら……あなたもあなたを愛した私も、私はやっと許してあげれるのよ」
「紫子……」
執着がドロリと滲むような瞳をしていたのは。
果たして彼と彼女のどちらだったのだろうか。
アメは2人のやりとりを呆然と見ながら、「え?つまり、なんですか?」と呟く。
「我らが竜王陛下は封印されただけでは無く、今後は相手の戦力になっちゃうってことですか?」
「……そういうことになりますね」
「マジで、ポケ●ンじゃないですか……ッ!」
「IQ3——!!」とアメの断末魔に近いそれを背後に聞きながら、エメははぁ、とうんざりした顔で一歩、パープルに近づく。
レッドはすかさず腕を広げ、エメを遮るように2人の間に入る。パープルを守るように。
エメは「争う気はありません」とレッドに言い、パープルに片手を差し出す。
「そちらのポケ●ン……では無く、そちらは我らの竜王陛下です。……返して頂けませんか?」
レッドの肩越しにパープルは「竜王陛下?なにそれ??」嘲笑した。
「そんな凄い人がこの国にいるわけないでしょう?坊や、おかしな事を言うのね。これは私が見つけた野生のポケ●ンよ。10年苦労してやっとゲットしたんだから」
「……」
「ポケ●ン交換したいなら、それなりのモノを用意しろって言ってんの。こちとらレアなドラゴンタイプよ?タダで渡せるわけないでしょうが」
パープルはふんと鼻で笑いながら、「もっとも?」と。
「これが仮にその何だっけ?りゅうおーへーか?だとしたとして。一度敵の手に落ちて、しかも敵の守護竜にまでされたかもしれない味方を、あんた達はまた味方に戻せるのかしら?」
エメはぐっと眉間に皺をつくる。
その様子にパープルは「やっぱりね……」と呆れたように。
「どうせこれを返したら、あんた達は殺すつもりでしょう?敵の戦力になるくらいなら、ね……」
そして瓶を軽く持ち上げた。ギベオンと視線を合わせるように。
「ねぇ、あんた。もう帰るところ無くなっちゃったわよ?やっぱりウチで飼ってあげるわね」
「ううう。紫子……そんなことより……」
ギベオンは話を聞いているのか聞いていないのか、ぐったりとトグロを巻いて瓶の隅に横になっていた。
「何だかこの容器、ベリー臭いんだが……うう、嗅ぎすぎてきもちわるい……」
「あぁ、ブルーベリーのジャム瓶だったから。まだ匂い残ってるのねぇ」
「は?ジャム瓶??何でそんなモノに……」
「ちょうど空いたから」
パープルはケロッと答えた。全く悪びれない様子だ。まるで山があるから登るんだ、という態度で至極当然のように言ってのけた。
グリーンは「やっぱり、ジャム瓶だった……!」と衝撃を受ける。どうりで見覚えがあると。斬新な空瓶のリメイク術だ。
ギベオンは「いや、あのな……?」と言い募る。
「そこは竜を封じるんだぞ?さっき紫子も言っておったろう?宇宙の根源である至尊を封じるのだから、何かそれなりの由緒正しい壺とか桐箱とか。格式高いやつ……」
「大丈夫よ。煮沸消毒してあるし。空気穴も開けてあるわよ」
バッチリよ、とパープルは親指を立てた。
それは、今期二番に入る良い笑顔だった。
・今作品1番のヤンデレは紫子です(2度目)
次回最終話です!
本日更新予定




