32、邪竜と神迎え
本日更新2話目です
「本番って……パープル??」
だって、邪竜だと表していたのはギベオンのことだと思っていたのだ。
それなのに、そのギベオンを他でもないパープルは殺さなかった……殺せなかったのだ。
——どうして、それで退治が出来るの?
グリーンの頭上には、クエスチョンマークが飛び交っていた。
パープルは苦笑すると、
「プランBよ、B。保険を使う時が来たわね」
そう言って、天羽々斬をくるりと軽く一振りし、その刃を自身の髪へ差し入れる。
「パープル!?」
静止する間もなかった。
パープルは思い切りよく刃を滑らせ、自身の長い髪を——ザクンッ!と切り落とした。
「邪竜のかみ、討ち取ったり!……なんてね」
そう言って、地面に落ちた髪へ天羽々斬を深々と突き刺す。
すると、地面に突き立てられた天羽々斬は、空気にほどけるように、溶けるように消えていった。
まるで、役目を終えたかのように。
——邪な竜の神を、討ち取る。
言葉遊びだ。
でもただの遊びじゃない。言霊の力を強める為の呪術。
髪を、神へと転じさせるための。
そして斬られた邪悪なかみから現れたのは——。
「これ……剣?」
天羽々斬ではない。
真っ白で、曇りひとつない刀身。
月明かりさえ吸い込んでしまいそうな、静かな輝きを放つ、見たこともない美しい神剣だった。
「天叢雲剣……に成るものよ」
パープルはその剣を手に取る。
ざんばらになってしまった髪など、まるで気にする様子もない。
「神との和解には献上品がなくちゃね」
そのまま竜王の乗る輿の正面へと移動すると、胸元からネックレスを取り出し、自身の首に掛けた。
そしてこちらを振り返り、艶やかに笑う。
「さあさ、人も神々もご覧じよ!」
一歩、踏み出す。
そして、天叢雲剣と呼ぶ剣を片手に振るった。
身を翻す。
型があるようにも見えれば、ないようにも見える。
優雅なのに、どこか荒々しい。
神事の舞というより——戦場で神に捧げる、剣舞。
グリーンは目を瞬かせた。
——これ、即興だよね……?
「あれは……?」
ふと目に入ったのは、パープルの首元できらりと光るネックレス。
その石の色は——白。
ふ、と風が止んだ。
代わりに、どこからともなく気配が満ちていく。
『アレは、ホワイトの……真白の守護石だなぁ』
「神様!?」
グリーンの背後には、自身を守護する大地の神が立っていた。
周囲を見渡せば、レナレナも、レッドの守護神らしき者も。パープルを中心に取り囲むように、神々が姿を現していた。
『おんし、知っておるかぁ? 真白が司ったのは【鎮魂】だ』
「ママが……【鎮魂】?」
『そうさぁ。荒ぶる御霊を鎮め自然へと溶かし解かす——【鎮魂】。あるいは……』
大地の神は苦笑した。
続きを言わない。
けれどグリーンは、以前この神が言っていた言葉を思い出した。
『みんな、あやつにたらし込まれよってからに……』
——ママは、そうやって神様たちを味方に引き込んだんだ。
『おんしも、やはり素養があろうなぁ……』
神はちらりと、グリーンが抱えるサクヤを見た。
そして、ふぅと一息つく。
気持ちを切り替えるように、再び視線をパープルへ戻した。
舞い続ける、パープルへ。
『……真白亡き後、あの石の守護神もどこぞへ隠れてしもうた。あの石に、もう神は宿っておらぬ。置き土産としてほんの少ぅし力が残されておろうがなぁ……』
「置き土産……」
『恐らく紫子は、力技で強引にその力も引っ張り出そうとしているのかのぅ……』
舞うパープルを眺め、目を細める。
『さて、まだ足りぬ……』
「まだ、足りない……?」
『そうさぁ、おんし。これは……神迎えの儀』
大地の神が、にやりと笑った。
『この場に相応しいのは【哄笑】。さぁ、助けてやらねば——【あの娘】を』
グリーンは周囲を見渡した。
レッドもピンクも、もうこれが『呪』だと察しているのだ。
だから二人とその神々は手を叩き合い、囃し立てていた。パープルの舞を盛り上げ、神迎えの場を助ける為に。
パープルが退治したかった『邪竜』は。
ギベオンじゃなかったのだ。
いや。もう、そうではなくなっていたのだ。
パープルはくるくると舞いながら、朗々と声を響かせる。
「きこしめせ、私のましろの献身を。無垢な信心を。この白さは、誰も踏み入れぬ初雪の募るようないとけき心。あなたを思い慕う純真な霊を憐れみたまへ」
——あぁ。
そういうことだったのか。
先の大祓は、ギベオンを祓うためではなかった。
自分自身を祓うためだったのだ。
邪念を払い、穢れを落とし、自らを「白く」するための——神迎えのための潔斎。
グリーンは、すとんと腑に落ちた。
——叔母さん、邪念……多そうだもんなぁ。
とてもじゃないが、「ホワイト」ではない。
大がかりな清めの場が必要になるのも頷ける。しかも、まだあれで落としきれていないという。相当だ。
この場にはあまりにも似つかわしくない考えだったけれど、グリーンは思わず笑ってしまった。
あぁ、そんなあのむすめを助けるには。
神々から見ても、わがままで、勝気で、不器用で。
それでもひたむきに一途な「あの娘」を助けてやるには。
「ひふみぃや、よいむなや、こともちろらね……」
グリーンは祝詞を唱えた。
——引きこもってしまった神を引きずり出すために、祝詞を詠った女神は誰だったろうね?ねぇ、叔母さん。
きっとまだ、愛憎のすべてをパープルは手放せない。
レナレナの容貌を見る限り、ある程度の昇華は出来たのだろう。
けれど、神が言うように——ほんの少し、足りない。
その足りない分だけでも。補えればいい。
彼女の背中を、ほんの少し押してあげられたら、それでいい。
ジャムの大瓶の中身を一人で片付けると言い張るように、今回も本当は一人でやり遂げたかったのだろう。
そんな意地っ張りな彼女には。
むしろ、それくらいの手助けがちょうどいい。
***
——随分な時間が経った。
舞い続けるパープルの動きにも、疲れが滲んでいる。
それでも決して身体を休めようとはせず、ただひたむきに剣舞を舞い続けていた。
「ひふみぃや、よいむなや……」
何度目かの祝詞を唱えようとしたグリーンは、ふと視界の隅に人影を捉えた。
エメとアメだ。
いつの間に戻ってきたのだろう。
二人ともギベオンの輿の傍らに立ち、こちらを——いや、パープルをじっと見つめている。
天叢雲剣。
真白の守護石。
そして、舞い続けるパープルと、それを取り囲むように顕現した神々。
一つひとつを確かめるように視線を巡らせたエメの顔には、いつもの余裕がなかった。
この雰囲気の異様さに、圧倒されているようだった。
——その時。
ガタン。
御簾が、ゆっくりと揺れた。
「紫子……?」
再び姿を現したギベオンは、パープルしか見ていない。他の有象無象など、視界に入っていない。
「なぜ、髪が……!?これは一体どういうことだ……!?」
ギベオンは血相を変え、途中何度かつまずきながらも、パープルの元へ慌てて駆け寄る。パープルはその様子にくしゃりと微笑んだ。
そして、自身の髪から生まれた天叢雲剣を、そっと彼の前へ捧げる。
「身に巣食う邪竜を討伐致しました。こちらがその証。どうか、この宝剣をお納めください」
「? あ、ああ……」
ギベオンは「何のことだ?」と首を傾げながらも、パープルから差し出された剣を受け取る。
「偉大なる竜じんよ。宇宙の根源にして、至尊の方。どうぞこの宝剣を手に、私と共に、この国の新たな時代を作って頂ける?」
それを聞いた竜王は、あからさまに表情を明るくさせた。パープルの手をガシッと握りしめる。
「紫子、余の愛が伝わったのか!……分かってくれたのだな!」
パープルは、はにかみながら一つ頷いた。
「私の真白の心をあなたに捧げる。どうか私を妻にし、この国を隅々まで愛しんで。竜じんのお方」
——妻に!
愛しい番の口から待ち望んだ言葉を聞いて、ギベオンは「夢ではなかろうか」と、大粒の涙をぽろりと流した。こくこくと激しく頷く。
「言葉で。どうぞ、【許す】とおっしゃって?」
パープルは微笑む。ダメ押しとばかりに彼の胸にしなだれかかりながら、
「私を妻にし、愛し、守ると……この国と共に。【ギベオン・メテオライト・ドラーグン】。どうぞ【許す】と誓いを立てて?」
その言葉がパープルの口から出た瞬間、エメは弾かれるように顔を上げた。
ギベオンの瞳がこれまで見たこともないほど嬉しそうに輝いたのを見、エメの背筋を悪寒が走る。
「陛下!」
急いでギベオンとパープルの元へ駆け寄ろうとする。
「お待ちください、陛下!それは——!」
ギベオンは感動で咽び泣いているのか。
「ぐうぅ」と、しばらく声が出せない様子だ。
「いけません!」
エメが叫んだ。
「それは呪です、陛下!その問いにお応えになっては——!」
「許す! そんなもの、許すに決まっておろう!!」
その瞬間。
カッ——!!!
パープルの胸元の白石が、眩い光を放った。
「「「!!!」」」
——あの強い夏の日差しのような、真っ白な空間。
その中で。彼女の赤紫色のルージュを引いた唇が、ゆっくりと弧を描く。
白に浮かぶ赤紫色の三日月。
血だらけで傷だらけ。治りきる前にまた新たな血を流し泣いていた——まるで狂気を孕む病んだ月。
グリーンは、その笑みを確かに見た。
そして——声を聞いた。
「計画通り……ッ」
———この時のことを、後にグリーンはこう語った。
『あの時の紫子さん、白とは程遠いめっちゃゲスい顔しててさ……。今でもあのニチャアァァ顔がよく夢に出るんだよね』
……と。
グリーンが唱えている祝詞は「ひふみ祝詞」の一節です。天岩戸のシーンで唱えられたと言われておりますが、諸説ありますのでご注意下さい。
紫子は作中1番のヤンデレです。
⭐︎明日完結予定です⭐︎




