31、愛が、邪魔をする
グリーンがサクヤを抱えてピンクと現場に戻ったところで。
——こ、これはどういう状況……?
まず、天羽々斬を手に持ったパープルは立ち尽くしていた。
その正面には膝をついたギベオン——竜王の姿が変わらずあった。
彼は相変わらずボロボロで、最後に見た時よりも一層ひどい有様だった。血と泥にまみれ、荒い呼吸を繰り返している。
二人の横には、地面が深く抉れたような痕が残っていた。
きっと先程自分たちが聞いた轟音の正体だろうと、グリーンは直感する。
脇で腕を組んで立つレッドと目が合う。
「グリーン、ピンク。……戻ったか」
「レッド、これは一体……?」
「見ての通りだ」
レッドはくいと顎をしゃくるように、現場を見るよう促す。
「パープルが大技を外したんだ」
「……大技?」
グリーンはもう一度、パープルとギベオンを見る。
二人とも、まだ戦いの只中にいるような光景。
ということは。
——私が攫われた後も、ずっと2人は……
そこで、グリーンはふと気づいた。
レッドはここにいる。先程の口ぶりからずっと2人の戦いを見届けていたんだ。
グリーンを助けに来たわけではない。
ということは、あの時——グリーンが連れて行かれた時も、ここに残ったのだろう。
彼のさっきの「戻ったか」の言葉には状況把握以上の感情が滲んでいた。
——ああ。そっか。
きっとレッドは、グリーンを追うか、パープルのそばに残るか。その二つを迫られたのだ。
パープルは総領姫。
彼女を置いて一人でギベオンと戦わせるわけにはいかない。
——うん。そりゃあまぁ、追えないよね。
グリーンは妙に納得して、こくりと頷いた。
何より、自分はちゃんと戻ってこられたのだ。
だったら今は、それでいい。
「よく戻ったな。グリーン、それにピンク」
改めて向けられたレッドの声には、先程よりもさらに安堵が滲んでいた。
——ああ。心配してくれてたんだ。
グリーンはなんだか申し訳ない気持ちと、ちょっとだけむず痒いような気持ちになって、ぺこりと頭を下げる。
「うん。ただいま、レッド」
ピンクも隣で「ただいま戻りました」と頷いた。
少しだけホッとした束の間、今度は竜族側からザワザワと動揺の声が上がった。
ギベオンの後方に控えていた輿の周囲から、家臣たちが慌ただしく動き始める。
その中からギベオンの側近達らしき者2、3人が彼の横に縋り付くように身を乗り出した。
エメやアメの姿は見えない。まだ2人は戻っていないのだろう。
「陛下、どうか御輿へ。これ以上は御身が持ちませぬ」
「構わぬ。余はまだ……」
「いいえ。これ以上はなりませぬ」
竜族の臣下が強い口調で遮った。
「陛下は番様に刃を向けることがお出来にならぬ。それでは一方的に傷を負い続けるだけにございます」
「……」
「どうか。どうか今は、お退き下さい」
他の側近もこくこくと激しく同意を示すように頷き、
「運良く外しましたが、次にもしこの大技を受けたらと思うと……ぞっとしますぞ。番様の何と容赦の無い……御身どうぞ今はお退き下さいませ」
ギベオンは答えなかった。
ただ、朦朧とした瞳で紫子をじっと見つめる。
「……紫子」
呼びかけても、返事はない。
「御身、疾く」
やがて側近達は強引にギベオンを立たせ、輿へと向かわせた。
ギベオンは名残惜しそうに紫子を振り返りながら、そうして輿へと戻っていった。
***
あたりを静寂が包み込む。
パープルは立ち尽くしたまま、睨むように地面の一点を見つめていた。
「パープル……」
心配になりグリーンが側に寄ろうとするのを、レッドは押し留めた。黙って首を横に振りながら。
「レッド……」
さっき竜族の家臣が言っていた言葉。
——運良く外した?
全然違う。そうじゃない、とグリーンにはもう分かっていた。
ギベオンの血と汗の跡。それは一箇所にしか残っていない。ギベオンは最初から最後まで抵抗せずにその場から動かなかったのだ。
動かない的をどうして外す事ができるのだろう。そんなことありえない。あり得ないことが起こるのは、それはつまり。
「パープルはわざと攻撃を外したんだよね?」
レッドは黙って目を伏せる。この沈黙は肯定の意味だ。
——パープルは、ギベオンを……。
「……殺せなかったわ」
ぽつんと、夜のしじまに落ちる声音は自嘲を含んでいた。その言葉は偶然にもグリーンの問いに対する答えでもあった。
「殺したいほど憎んでいたのに。そうね、愛憎……憎悪だけじゃない、これが私の愛の部分なのかしらね」
ふふ、と泣き笑いのような声を漏らした。
やがて、「レナレナ」と自身の守護神の名を唱える。
『紫子、頑張ったわねぇ……』
顕現した愛憎の女神は、桃色の髪に何房か灰紫色の髪が混じっていた。
陶器のように白い肌にも、ところどころ黒い肌がまとわりついている。それらはまるで耐えきれなくなったかのように、ぽろり、ぽろりと剥がれ落ちていく。
そんな異形の姿とは裏腹に、白魚のような指は優しく紫子の髪を撫でつける。
『いいこ、いいこねぇ……』
パープルはポタポタと頬を伝う雫を地面に吸わせた。透明なそれを。
「パープル……」
おずおずと遠慮がちにグリーンが声をかける。
声をかけられたパープルは、ぐすんと鼻を鳴らし、ゴシゴシと乱暴に涙を袖で拭う仕草をして。
「さぁ、本番行くわよ!」
「え?」
もう次に振り返った彼女は、グリーンの叔母で葦原の神子である、そんな勝気で強気な笑顔を浮かべるいつものパープルだった。
「邪竜退治の見せ場はここからなんだから!」
ラストまで残り3話です!
本日また更新予定です




