29、誘惑-2
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エメがグリーンの身体を引き剥がそうと、本格的に力を入れた為、グリーンはますます彼の身体に自身を密着させるかのようにしがみついた。
——やばいやばい!これはやっばい!!
ガサゴソと背中に手を回し、どこに掴まれば安定して密着出来るのか手探りで探す。
お陰で彼のシャツはシワだらけになってしまっていた。
「グリーン。本当に少し離れて。あと無闇矢鱈に私の身体を撫で回さないで下さい」
何故かエメの方が焦った声を出している。
それでも。そんなささいな抵抗をしても。それももう時間の問題だ。力は圧倒的に彼の方が強いのだから。
必死の抵抗虚しく、いよいよ引き離されそうになった直前。
——あ、だめ……っ!
グリーンは咄嗟に彼の襟を掴んで引き寄せ、
ガブっ!!
「……ッ!」
エメの息を呑むような。声にならない声が耳元に届く。離されまいとする焦りからくる行動であったが、口の中には鉄の味が広がり思わず顔をしかめる。
「……っ、なる、ほど」
エメがグリーンの後頭部を抱えて、もつれ込むようにその場に倒れこんだ。
「んぁっ!」
その拍子に彼の首から口を離してしまう。
「私が教えるまで無い、あなたは本当に誘惑がお上手だ」
耳元でそう囁かれた。彼の熱い吐息が耳をふっと撫でるように当たり、思わず身体を震わせた。
今度はエメの頭がグリーンの肩に埋まるような位置にある。故にグリーンの顔は見られていないはずだ。
そのまま彼が身動きできないように、彼の頭をギュッと抱き込み、さらに両脚を彼の背中に回して絡め、ガッチリと固定した。まるで寝技のように。
「……これは私を誘ってる?」
——ち、ちがう!!
「こんな野外で淫蕩に耽る趣味は私には無いのですが……あなたはそういうのがお好き?」
——そ、そんな趣味は私にだって無いよ!
今すぐ大声で否定したいのに。それが出来ないもどかしさったら無かった。
どれだけ淫乱だと思われているのだろうか。まだそういった経験すら無いというのに!
グリーンは羞恥と混乱で顔が熱くほてるのを感じた。
そしてこのままでは敵はどんどん変な気を起こしてしまうのでは?という危惧も。
——助けて!神様!!
困った時の神頼り、とは言ったもので。
グリーンは自らの貞操の危機に瀕し、神に祈った。めちゃめちゃに呼びかけた、ところで——、
ざわ、ざわざわ……
グリーンの周囲の草木がその祈りに呼応するようにざわめいた。
「!!」
草と蔦がしゅるしゅると伸び、グリーンとエメの横で何かを生成している。
「……?」
しばらく2人で固唾を飲んで見守っていると、その草と蔓はお互いを編み込みながら、こんもりとしたマットレスのような……敷布団のようなものに変形した。
シュルシュル……と枕のような固まりも2つ作られる。
最後の仕上げとばかりに色とりどりの花びらも散らされた。
「「……」」
——は、花の褥!!!
いやあぁぁぁ!とグリーンは心の中で絶叫した。
これではやる気満々の、本当に淫乱キャラでしかない。何故助けを求めたのにトドメを刺すような真似をするのだ。
「……あちらで続きを行えば?」
エメの問いをグリーンは即座に否定する。首を横にぶんぶんと激しく振ることで意思表示をした。
——神様!なんか変な勘違い起こして、お節介したんだね?!でもめちゃくちゃ余計なお世話だよ!!
多分良かれと思ってやったことなのだろう。悪気は無いのだとも分かるのだが。
……ちなみにこれに対する返答は神から得られなかった。
グリーンは羞恥で顔を真っ赤にし、両手で顔を覆う。もう1人になりたくて、穴があったら入りたくて仕方がない。
横ではエメがゆっくりと身体を起こす気配がした。
もうどうにでもなれとヤケクソも手伝って、グリーンは彼の身体の拘束を解いたのだ。
「……ここ。隠し忘れていますよ」
エメはグリーンの唇を親指でふにふにと押すように触る。どうやら彼女の手からはみ出ていたらしい。
「……この色は、今若い女性の間で流行っているのですか?」
「……?」
色?色とは何のことだろう。グリーンは混乱している意識の中で彼の言葉について考える。
——この人は今唇を触っているから……もしかしてリップの色のこと?
確かについ最近、お気に入りの色を見つけたのでよくそのリップをつけている。今夜もつけていたはずだ。
——やっぱり夜目がきくんだ。本当に見えてるの?
彼はいまだ彼女の唇をふにふにと押している。
何だかものすごく、そこに視線も感じる……。
「本当に愛らしいですね?【まるで花の妖精かと思いました】」
「……?」
——あれ?つい最近どこかで、そうやって褒められたような。
グリーンは誰に言われたのだっけ?とそのシーンを思い出そうとして。
「はあぁぁぁぁ〜〜」
……と。
頭上で超特大のエメのため息を聞いたのだった。
「今ここで。あなたの身体を揺さぶって楽しんだら一生心を許してくれなさそうですから……何もしませんけど。その代わり質問に答えて下さい」
「……?」
あまり事態を飲み込めていないグリーンだったが、どうやらエメは彼女に対して紳士的に接することにしてくれたらしい。
グリーンは顔を覆い隠す手はそのままにこくんと頷いた。
「……あぁ、声を出すのも我慢しているんでしたね。私の予備を差し上げますから。この仮面にも認識阻害と多少の変声機能が備わっておりますのでどうぞ」
そう言って彼は胸元から目元のみ隠すシンプルな仮面を取り出し、グリーンの顔につけさせてくれた。
グリーンは目元を手で押さえながら位置を微調整しつつ、
「……私の正体が知りたかったんじゃないの?」
何故この仮面を貸してくれたのか?
あれだけグリーンの素顔に固執していたのに、突然どういう風の吹き回しだろうかとグリーンは問う。
「もう良いです。判断材料には事足りましたので。……私は正しく竜族であったという事が分かりました」
「……?」
「そういえば葦原の分家には『原』がつくファミリーネームがいくつかありましたね。やはり、何処かで聞いた事があると……私としたことが、今、思い出しました」
「うん??」
「……独り言です。お気になさらず」
そう言ったエメはやはりどこか、しんどそうな面持ちで。
「それより、あなたの恋人の件ですが……」
「へ?」
何を聞かれるのかと思ったら。想像の斜め上の質問をされたので、一瞬グリーンは何を質問されたのか分からずポカンとしてしまった。
「こ、恋人?そんなのいないけど……」
「本当に?よくシティバイクで送迎してくれる彼は、恋人ではない?」
エメがあまりにも食い気味にそしてものすごく真剣に確認してくるので、その勢いに押されてこくこくと頷いた。
グリーンにとってシティバイクで行動を共にする異性は1人しか知らない。
「えと、幼馴染……だけど」
「幼馴染?あれで??」
「あれでって何よ。どこに出しても恥ずかしく無い、自慢の幼馴染なんだからね!」
「そういう事では無いのですが。まぁ、それならそれで良いです」
「はあ……?」
「多分そう思っているのは、あなただけでしょうけど」とか何とか聞こえた気がするのだが。
しかし。「本人がそれで良いと言っているし。ま、いっか」とグリーンもとりあえず納得する。
貞操の危機を脱した安堵感からか。あまり深くモノを考えられないし、判断能力も低下している自覚は大いにあるが。
エメはおもむろに立ち上がる。
彼がこの場から離れる気配がして、グリーンは慌てて問いかける。
「私もあなたに質問して良い?」
「何なりと」
「どうして……、この国を侵略するの?」
エメは振り返り、「それは……」と妖艶な笑みを浮かべた。




