28、誘惑
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「誘惑」「魅了」なるワードで脳内検索をかけること早数分が過ぎたが。
一向にグリーンの手立てが見つからないままであった。
見かねたエメから、「とりあえず可愛くおねだりをする所から始めてみては?」と助言を受ける始末だ。
誘惑したい相手からハウツーを教わるとは少々情けないが、そんなことも言ってられない。
「可愛く、おねだり……」
「ええ」
といっても認識阻害効果付きのフルフェイス被っている状態で『可愛く』って何だろう……。『誘惑』にも言える事だが。やはり色々と前提がおかしいのは確かだ。
——でも仕草を『可愛く』すればそれなりに見えるのかな?いわゆるあざといぶりっ子ちゃんキャラ、ね!
そうと決まればと、グリーンは居住まいを正し、「ゴホン」と咳払いを軽くひとつする。
「エメ、さん……?」
間近にあるエメの肩をツンツンと人差し指でつついてみる。
「あのね。私を仲間の元に返してほしい、な? 」
エメには分からないだろうけど、アイシールド越しの瞳はうるうる。そんな瞳で上目遣いに相手を見つめているし、小首だって可愛く傾げてみせる。
更に細部にこだわり、指先は胸元でちょんと合わせるポージングで決めてみせ、これぞ正に『秘技・ぶりっ子ポーズ』だ。
効果音は「きゅるん⭐︎」になっていると信じたい。
「……」
エメの無言が怖い。
「えっとね、私のお願い……聞いて欲しいな?」
「……」
「ね?エメさん……?」
きゅるん⭐︎きゅるるん⭐︎きゅるきゅるるん⭐︎(3段活用)
一拍後。
エメは「はぁー」と深く息をついた。
しんどそうに軽く眉間を揉んでいる。
「なるほど。魅了の能力者……ね」
グリーンはぱあっと顔を明るくした。
長い沈黙に耐えられなかったところだが、やっと彼の中で審査が終わったらしかったからだ。
「どう……あっ痛!!」
身を起こそうとしたグリーンの言葉は、最後まで続かなかった。
エメがまたもやアイアンクロー……彼女のフルフェイスヘルメットを片手で鷲掴みにしてそのまま押し倒したのだ。
あぁこれはダメだったらしい。
余程か自分のセックスアピールが下手過ぎて、腹に据えかねての行動だろう。
それにしたって理不尽過ぎる扱いであるが……グリーンはしょんぼりした。
「合格か不合格かで言えば合格ですよ」
地面に倒された拍子にヘルメットの中で頭をぶつけてしまったらしい。
痛みで涙が出そうになるのをかろうじて堪えながら……しかし耳を疑った。
「へ?合格??」
聞き間違いではないだろうか。
「ええ。大変可愛らしかったので満点をあげたいくらいです」
「……?」
「これはとても危険ですね。そんな風に強請られたら可能な限り何でも叶えてあげたくなってしまう。困りました」
「???」
聞き間違いでは無かった。しかも満点に近い合格らしい。そしてエメ的に何でも叶えさせてあげたい気持ちにもなるそうだ。
——しかし今置かれている自分の状況は一体……?
アイアンクローで地面に固定されているのは何故なのだろうか。
エメの言葉と行動が合ってなさ過ぎて情報処理が追いつかない。宇宙人が宇宙人過ぎて怖い。
「え。可愛いのに?合格なのに?何でアイアンクロー……?」
「素顔でもう一度見たくなってしまったので」
「ヘルメット割ろうかと」とエメはそんな事をさらりとのたまいやがる。何なら爽やかな笑顔付きだ。
「!? 話しが違う!」
及第点を貰ったはずなのに。
どちらにしろ理不尽案件であった。
グリーンは腹立たしくなって、ジタバタ暴れて抵抗した。
「上手く誘惑出来たら逃してくれるってさっき言ったよ!!」
「確約はしていませんよ。『逃げられるかもしれません』とはお伝えしましたけど」
「も、やだぁ!嘘つき!卑怯ものー!」
恥を忍んで頑張ったというのに。やって損したとはこの事だ。
「当初の計画通り、とりあえずヘルメット割りますね」
「とりあえずでヘルメット割らないでよ!しかも何でそんな良い笑顔なの!?意味分かんない!!」
「バカバカ!」と抗議しながらドンドンとエメの胸板を叩いていると、彼は「静かに」と人差し指を自身の唇に軽く押し当てる。
「集中させて頂かないと。力加減が難しいのです」
「頭割られたくは無いでしょう?」とエメはにっこりと笑いながらそら恐ろしい事を言ってグリーンを脅かすのだから。
彼女は「ぴえっ」と手を引っ込めて縮こまる事しかできなくなってしまった。
その間にもヘルメットはミシミシと嫌な音を立てる。
——ひぃぃ!怖ぁぁ!
なんて言ったって一歩間違えば自分の頭がかち割られる事態だ。グリーンはギュッと強く目を瞑る。
——でもこのままじっとしているだけじゃ、素顔バレちゃうよ〜!
そうしたら特定されちゃったりして!?
さらにいえば公私共に粘着されてしまうかも……グリーンは絶望した。プライベートこそは平穏な日常を確保したいというのに。
そうこうしているうちに、ヘルメットは心なしか湾曲……エメの手の形に沿って、たわんでいるような気がする。
そしてビシンッ!と一際大きな音を立て亀裂が入ったその瞬間。
「っ、はっ」
エメが短く息を吐く。
彼の力が抜ける一瞬の気配をグリーンは見逃さなかった。ヘルメットへの圧力も弱まる。
すかさずグリーンは身を起こし、
「スーパーグリーンタックルー!!!」
「!!」
意を決してエメの胸元に飛び込んだのだった。
***
「……そろそろ離れていただけませんかね?」
エメの首にしがみつくように抱きついているグリーン。
エメからのその問いには首を横に振って断固拒否をする構えだ。
——今離れちゃったら顔見られちゃうし……。
グリーンの足元には割られたヘルメットの残骸が散らばっていた。
フルフェイスが壊れる瞬間、とっさにエメに抱きつき密着することで素顔を見られる事を防いだものの、ここからどう対処すれば良いのか不明だ。完全見切り発車であったのだ。
「せめて声を聞かせて貰えませんか?」
「……」
グリーンは決して声を出さない。
ヘルメット越しの声ではないのだ。今発声するということはつまり、自分の生の声を敵に聞かせることになるのだから。
——もうこれ以上、ぜーったい情報は渡さないんだからっ!
口をぐっと結び、決意を新たにする。
彼女の決意が固い事を悟ったのだろう。エメはため息をつく。
グリーンの髪を手慰みに、指に巻き付けるようにして弄びながら、
「黒髪なんですね?……しかも、とても綺麗な」
「……」
大丈夫だ。この国で黒髪なんて珍しくも無いんだし!とグリーンは自分に必死に言い聞かせた。
反面心臓はバクバクと早鐘を打っていたが。
「こういう髪を、この国では何て言うのでしたっけ。あぁそうそう、確か【みどりの黒髪】?」
「みどり」と名前を呼ばれた気がして、思わずグリーンの身体が大きく跳ねた。
——ちがうちがう。今のは名前を呼ばれたわけでもバ先が特定されたわけでもないんだからっ!
本当に偶然である。
単純に黒髪の美しさを例える表現を、この侵略者が何も考えずに口に出しただけなのだから。動揺する事は何もない。ないばすだ。
——っていうか、この人!この暗闇でどこまで見えてるの?
夜目がきくのだろうか。果たしてどのくらい正確に?
問いたい気持ちをグリーンは抑えるように、エメの首に回す手に力を込めた。
やがてエメは「参りましたね」と漏らす。
グリーンの髪を何故か優しく撫でながら。
「そうまでくっつかれると、私としても落ち着かない気持ちになるのですが」
「……」
「あとこの甘い、香り……。やはりヘルメットやスーツに香りを抑える細工がしてありましたね?」
「……?」
スーツやヘルメットに匂いを抑える細工?そんな話は聞いたことが無かった。
——え。なになに。私なんか匂うの?
グリーンはきょとんとした。特に香水の類はつけていないのだが……と。エメの肩越しに首を傾げる。
「正直、あなたのこの香りを嗅ぐと私もおかしくなる。ですので……」
エメの手が、グリーンのウエスト部分と脇の下をぐっと掴んだ。
「早々に、あなたの正体を確認させて下さい」




