24、前哨戦
最終章スタート
それから数日後。
——C 運動公園兼陸上競技場。19時43分。
「今晩は、ゴットネス⭐︎ファイブの皆さん。今宵もまた良い侵略日和ですね」
ヴェネチアンマスクで目元を覆う奇人2人は、今夜もまた美しい所作で礼をとる。
「ははは。今晩は、ヴィランの方々。また今夜も熱く試合おう」
エメは「ええ」と頷きながら、上着のスーツを脱ぎ捨てる。
すぐに脱ぐのなら最初から着てこなければ良かったのに、などとグリーンとしては思ってしまう。
恐らく相対する最初の挨拶だけでも、正装で行いたい彼なりのこだわりというか。変なところが律儀なんだろうな、ともぼんやりと思考したところで。
——そういえば、紫子さんの『サプライズ』。間に合わなかったのかな?
どんな秘密兵器だったのだろうか。グリーンは彼女に言われた通り楽しみに待っていたのだが。
……戦闘開始の挨拶が終わった後だというのに。
その時のグリーンは、気が緩んでいたと言われればそれまでだった。
「グリーン!!」
鋭く自分を呼ぶ声がして我に返れば、エメが自分に向かって一直線に向かってくるではないか。
「ひょわッ!」
気づいた時にはすぐ眼前に手が伸ばされていたところで。
にゅるるる……ッ!
「サクヤ!!」
グリーンの背後に控えていたサクヤが触手を伸ばす。エメの腕に絡みつき、それ以上の進入を拒むかのように。
エメは短く舌打ちをしながら触手を振り払うように、グリーンから距離を取る。
「そういえば、それはあなたに籠絡されておりましたね。なんとまぁ、そんなにも懐いて」
エメはグリーンの肩にぴたりと寄り添うサクヤを、しばし無言で見つめた。
その視線が、触手からグリーンへ。そして再び、グリーンから触手へと戻る。
「……随分と仲がよろしいようで」
「え?うん。……お陰様で?」
グリーンにとってサクヤとの出会いのキッカケを作ったのは他ならぬエメなのだから。
お陰様、という言葉は別に間違っていないだろう。皮肉な言葉でもあるが。
「さて、夜毎どのような手管を用いて、それを手懐けているのやら」
エメは嘲笑するように、ふっと唇を歪ませる。
ただその声音は、台詞に対し驚くほど平坦な響きであった。
アメが上司の発言に「ふはっ!」と、吹き出した。
「エメ様!ご冗談のおつもりでしょうけど。本人にも身に覚えがあることではまずい。笑えるものも笑えなくなってしまいますよ」
『笑えなくなる』と言いながら、アメも何が面白いのか、エメの言葉に吹き出しながらこちらに横目でチラリと視線を送る。全く下卑た遊びだ。
自分が女だと敵に知られると、こういう口撃がされるんだなぁ、とグリーンはまことに他人事な感想を抱いた。
——でもさ、私、もうちょっとはあなた達の事が分かるんだよ?
「私がこの子とどんな風に仲良くしているか。そんな事が聞きたいの?」
グリーンはすり……とサクヤに頬ずりをして、軽く口付ける。ちゅっ!とわざとらしいリップ音を添えて。
エメはその様子にすっと目を細める。
「んふふ。ご想像にお任せするね。せいぜい私のことで頭いっぱいにしてみたら?」
「……」
——あなた達が結構潔癖で『女』に夢見ている生き物だってこと!だから……
「逆にね。そうやって夜毎、私があなた達の脳内を侵略しちゃおうかな?」
彼等を巻き込んで振り回す。『お望み通り』、そんな奔放な女。口では淫乱だとか淫靡とか悪態をつくし。口撃するくせに。
——こういう悪ぅい女の人に。お上品なあなた達はちょっと困ってしまう。固まっちゃうんでしょ?
グリーンとしては正体が女性だとバレているのなら主導権を握らなくてはいけない、と考えた。
つまりこれは、『逆に相手がタジタジになるくらい口撃し返す作戦!』なのだ。
そんな挑発をし返して。そうして彼等の反応を伺おうとしたその時。
キュン キュン♩
後方で愛の女神のポイントが入る音が鳴り響く。
「ピンクちゃん……」
振り返るグリーン。ピンクの横では呆れた視線を遣すようなレッドの姿も。
「い、いえ。申し訳ありません。私もその、お年頃なものですので……」
コホンとわざとらしい咳払いをするピンク。
もじ……と恥じらう姿が乙女そのものである。
「戦闘中にちょっとエッチな想像しちゃうお年頃のピンクちゃん、ハゲ萌える……ッ!!」とか言っているアメも大概であるが。
——場の喧騒を仕切り直すかのように、夜風がサラリと吹いたその時。
「ずいぶんと楽しそうね」
この場にいるはずのない声が響いた。
「え……?!ゆ……、んむ!」
思わず叔母の名前を叫ぼうとしたグリーンの口を、ピンクが慌ててふさぐ。
「紫!!」
敵か味方の誰がその色を叫んだのだろうか?
今となっては分からないが。
——そこには紫色のスーツに身を包んだ戦闘員の姿があった。
***
「なぜ、パープル!あなたがここに……!?」
愕然とした声を出しながらレッドがパープルに駆け寄る。
そのあまりにも驚いている様子から、彼女はリーダーであるレッドにも知らせずに乗り込んで来たのだろうとグリーンは確信する。
口を塞いでいるピンクにアイコンタクトを取り、軽く頷き合う。ピンクの手が口から離された。
恐らくグリーンがパープルの本名を叫ぶことで、敵にその関係性を知られるのを防ぎたかったのだろう。
レッドに問い詰められている状況で、パープルは茶目っ気たっぷりに。
「ちょっとしたサプライズよ。どう?驚いた??」
「〜〜ッ!言いたい事は山ほどありますが!何故フルフェイスを装着されていらっしゃらないので!?」
そう驚いた事に。パープルは敵に素顔を晒していたのだ。グリーンがつい彼女を本名で呼びそうになったのもそれが原因の一端である。
「ああ……」と言いながら、サラサラと紫がかった豊かな黒髪が夜風に遊ぶようになびく。
「いやね、久々使おうものならお手入れ不足のせいかしら?カビが生えちゃってて……一応持って来たんだけどねー」
そう言ってポイッと紫のフルフェイスヘルメットをレッドに向かって放り投げる。
「でも今更そんなのしても無駄よ無駄〜。こちとら、自宅の住所まで割れている身なのよ?」
「だからと言って……御身、かような……ッ!現場を引っ掻き回すような真似はお控えいただきたい!」
どこか開き直ったような姿勢を見せるパープルに、レッドも怒り心頭といった様子で。
こんなに感情を露わにするレッド珍しいかも、とグリーンはピンクとそろりと顔を見合わせる。
それでもパープルはどこ吹く風といった様子で。「ごめんごめん」と言いながらレッドのお説教に耳を塞いで軽く受け流している。
「でもね。悪いんだけど、現場は引っ掻き回させて貰うわよ。その為に来たんだもの」
「しっちゃかめっちゃかにね」とパープルは敵方2名に視線を送る。
「ねぇ伝令竜、出すんでしょう?どうせあいつからそう言われてるわよね?」
エメは「ええ」と頷く。少し警戒を露わにした表情で。
「そうさせて頂けるのであれば」
「構わないわ。私もヤツに会うのが今回の目的だから、呼んでもらわないと」
そう言ってパープルが顎でしゃくるように促した直後、エメの腕に小さな白いヘビに似た生き物がしゅるりと絡みついた。
その生き物にエメが一言二言何かを言い添えると、それは小さな翼をパタつかせ宙に飛び、闇に溶けるように消えていった。
その姿を見届けながらパープルも、
「まぁ、私が結界の外に出たことくらい、あいつも察知しているだろうからすぐに来ると思うけど」
と、あくびをひとつ洩らした。
そののんびりしたパープルをジト目で見つめるレッドは、ため息をつきながら、
「パープル、そろそろ何が目的か教えてくれませんか」
「何って?ふふふ、そんなの決まっているでしょう」
彼女はニヤリと笑って、パチンとウィンクで返す。
「邪竜退治よ」
最終章、少々長めになりますが最後までお付き合い頂けたら嬉しいです!




