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悪の組織の幹部に粘着されています、公私ともに!〜敵幹部からの溺愛なんて不要なので倒されて下さい!〜  作者: 今谷香菜


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23、名前

 ***


「名前?」


 小腹が空いたので講義終わりにファストフード店へ寄り道したところで。


「そー。紫子さんがね、あ(・)の(・)子(・)を使役しなさいって言うんだよ。でもさ、そもそも使役云々の前に名前がないと不便かなって」


「あー……それはそうか。でも名前かぁ……」


 紫子さんもあの触手を家に置く事を許したんだな……と桃矢は何とも言えない微妙な気持ちになってしまった。


 それと同時にのばら達がアレと同居するのは果たして大丈夫なのだろうか?という心配も湧き上がる。


 ティーン女子とかけ合わせるには、正直よろしくない絵面である、が。


 ——まぁ。それはのばらに限らず、みどりにも言えることなんだが……


 桃矢は昨晩のことを思い出す。


 触手と手?を繋ぎ、「今日からウチの子よ!」とるんるんで帰宅して行った彼女の後ろ姿を。


 邪心があるような異形・人外は神社の敷地から弾かれる仕様(システム)のはずなので、触手があの神社に住むことを許されたということは即ち、あの触手に二心はもう存在しないのだろう。


 だかしかし。


 ——こいつも……ほんと変なモノに好かれるよなぁ。


 彼女の情が深いのはさることながら、だ。

 毎度毎度変なモノに好かれるし、みどりはみどりですぐに心を開いてしまうところがある。


 ——そもそも。人外や異形とか以前に、みどりってそういや生き物大好きなんだよな……。


 彼女が小学生の頃——飼育ケースをいくつかに分け、カブトムシをたくさん飼って交配させるのに凝っていたのを桃矢は知っている。増え過ぎた幼虫は毎年もれなく我妻家に里子に出されていたからだ。


 放課後や休みの日はドブやそこらの池で日が暮れるまでザリガニ釣りをしていたこともあったし。あとはセミやオタマジャクシ、バッタやら……etc、etc。


 桃矢は 小ブナ釣りし かの川……を思い出し遠い目をした。それによく自分も付き合っていたな、と。


 ——多分、神社に引き取られて以降は生き物(ペット)を飼いたい気持ちを抑えていたんだろうな……。


 変なとこ遠慮しいだから。


 それがここに来て、あの触手の身の上に同情と共感をしまくった結果……彼女の中で抑えていた欲求と感情が大爆発したのだろう。


 そんなとりとめもない事を考えながら、桃矢は目の前に座るみどりをぼーっと視界に入れつつ頬杖をつく。


 みどりの、伏せがちなまつ毛は、瞬きするたびにパチパチと音が鳴りそうなほど長くて豊かだ。


「……」


 当時は爪の間まで泥で真っ黒だった指も、今は白くて細くて、綺麗に整えられている。


「はぁ」と桃矢はため息を漏らす。


 ——今でこそ。本当に今でこそ、こいつの生き物好きは変わらないものの。みどりはすごく女の子らしくなったよなぁ……。


 あちこちを泥や傷だらけにしながら生き物と戯れていたあいつが……とよく分からない感慨深さを感じ桃矢の胸はいっぱいになる。


 幼馴染のそんな感慨をよそに、みどりはシャープペンシルを片手にうーんと唸っている。


 テーブルの上に開かれたノート。そこにはたくさんの文字の羅列が。名前の候補だろうか?


「桃……?」


 ふと顔を上げたみどりと目が合う。


「どんな名前が良いかなって。どう思う?」

「……え゛?」

「じゃあさ、この中でならどれが良いと思う?」


 みどりはページに書かれた名前の候補を指差して、桃矢に意見を求めた。


 ——ヌル、ネバるん、ポチ、ぬぷぬぷ、でろろん、テンタクル……etc


「……呼びにくくね?」


 揃いも揃って。粘着質な名前ばかりである。特徴を捉えようとしている努力は伺えるのだがしかし。テンタクルに関していえば触手を英語変換しただけだ。


 あえて呼びやすさで言えば『ポチ』がいいが、あの触手にポチみは無い。皆無だ。


 みどりは桃矢のごもっともな指摘に「あうッ!やっぱり?」と舌を出して顔を顰めていた。


「うー。そうなんだよね、私もしっくりこないっていうか。聞いておいてなんだけど、どの候補にも正直愛を感じないっていうか」


「また考え直さなきゃだー」と、みどりの方は至って真面目に深刻に悩んでいる。


 むぅ、と口を尖らせる——ふと彼女のそんなくちびるが目に入る。


「さくら……」


 桃矢はつい無意識にそう呟いていた。


「え?」


 何を言われたのか一瞬分からなかったみどりは、ぽかんと桃矢を見返す。


「さくらって……?」

「あ、いや。その……」

「さくら……」


 さくらさくら……とみどりは反芻する。言葉の咀嚼が終わったのか。やがて目を輝かせながら、桃矢の手を勢いよく取って立ちあがった。


「さくらね!いい名前!」

「ちょ、待て待て。違うそうじゃなくて!」

「さすが桃!」

「〜〜ッ!!」


 ——彼女のくちびるが。

 しっとりと白みがかった薄いピンクの色が乗ったそれが、可憐な一枚の花弁に見えたので何にも考えずに口に出してしまっただけ、とは恥ずかし過ぎて言えない。


 すっかり『さくら』という名前が気に入ってしまった様子のみどりに桃矢は慌てる。


「名前!その名前にするのはまずいって」


「何でまずいの?あの子、さくらみたいなキレイな花を咲かせれるし、ぴったり!」


「呼ぶたびになんかもう居た堪れなくなるっていうか、俺が!恥ずかしくなるっていうか、俺がね!」


 みどりは「恥ずかしい?どういうこと??」と小首を傾げる。


「あぁ。あの子が男の子だから?確かにさくらじゃ、女の子っぽいかな?」

「そそそそう!名前呼ばれるたびに性別を訂正する生活はね、ちょっとね!!」


 桃矢はぶんぶんと頷く。

 彼の慌てようを見たらみどりも「そっかぁ」と冷静になる。確かに『さくら』という響きは女性寄りの名前かもしれない。


「他でもないあ(・)の(・)子(・)と(・)同(・)じ(・)男の子がそう言うんだもんね。やめといた方がいいかな……」


「俺が……あの触手と同じ……?」



 それはそれでショックを隠せない桃矢であった。


 もはやあの触手に『さくら』という命名が避けられればそれで良いと考えていたものだが。

 みどりによって、あの触手と自分とが同じ『男の子』にカテゴライズされてしまったことに、釈然としないというか。


「えー『さくら』っていう名前、ビビビって来ちゃったんだけどな。どうしよー」


「う……」


 命名が振り出しに戻ってしょんぼりとしているみどりに桃矢は知らず罪悪感が湧いてしまう。


「あー、んー。じゃあさ。『サクヤ』は?」

「『サクヤ』?」

「『さくら』はやっぱ女子っぽいけど、『サクヤ』なら響きが似ていても男っぽいんじゃ……、」


 桃矢の声は最後まで続かなかった。


 みどりがキラキラとした目で「それだ!」と彼の両肩をガシッと力強く掴んで、ゆさゆさと前後に揺らしたからだ。


「すごい、バッチリだよ桃!『サクヤ』!キレイでカッコよくてあの子にピッタリな名前!」


「お、おう……。そりゃ良かった」


「桃と決めて良かった〜!もう桃ったら命名センスありすぎ!!」


 やや興奮気味の彼女が喜色満面といった表情で、桃矢の顔を覗き込む。


「ふふ。もし将来子どもが産まれても、桃に名前考えてもらえば間違いないね!」


「う! ぐぅぅ……」



 ——この小悪魔め!



「くそぅ、してやられた……」


 桃矢はいっそ腹立たしい気持ちになって、赤面した顔を手で覆い隠す。


「落ち着け、我妻桃矢。敵は毎度のことながら深い考えは何にも持ち合わせていない。別に今のも俺との子供とかって話しをしているわけじゃないし……そう言及があったわけじゃないのだ。そうだ、だから冷静になれ我妻桃矢!」


「桃、何ぶつぶつ言ってるの?あとまた凄い勢いでポイント入ってるね?」


 こほんと、桃矢は咳払いをする。



「……いや。今気づいたんだけどさ」


「ん?」


「そのリップ、良い色じゃん。ほんと今気づいたんだけどね!」




 ***



 ——夜。


「ふんふーん♩」


 紫子が上機嫌に鼻歌を歌いながら何か作業している。

 みどりはその手元を覗き込む。


「紫子さん、何かいい事あったの?ご機嫌だね」


 紫子は作業を中断し、ニコニコとしながら、「これから起こる予定なのよ」と。


「ふぅん。あ、瓶の使い道決まったんだ?」


「ええ。ま、これは保険といえば保険ね。プランB」


 紫子の手元には瓶の蓋が転がっている。色とりどりのマスキングテープもだ。どうやら今は瓶の蓋に錐(きり)で無数の穴をあける作業をしていたらしい。


 みどりは首を傾げる。


「保険??何に使うの?」


「まだ秘密。使わないかもしれないし。ね、みどり。この瓶にはどのマステが合うと思う?」


 紫子はウキウキと可愛いマステ各種、みどりの方へ手渡した。

 みどりは、「何だ。使わないかもとか言っちゃって叔母さんったらリメイクする気満々だなぁ」と何だか微笑ましくなり、両手に乗ったマステをぐるりと見渡す。


 迷いながらも「これかな?」と小花模様が愛らしいラベンダー色のものを選んで、紫子に手渡した。


 紫子はそのマステを受け取りながら、「あぁ、みどり」と。


「次の戦いの話なんだけどね」

「ん?戦い??」

「ちょっとしたサプライズがあるから、楽しみにしてなさいね」

「? うん。分かった」


 そうしてまたこの叔母はご機嫌で作業に戻る。


 この時のみどりは、紫子さんは唐突に話題を変える人だなと思いつつ、「また新しい道具を開発してくれたんだな」ぐらいにしか考えていなかった。



 ——彼女の『サプライズ』でまさかあんな事態が引き起こされる事になろうとは、この時には全く想像もできなかったのだった。






次回より、最終章突入予定です

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