15、業(ごう)
『あたしね、この国では新参者なのよね〜』とレナレナはほぅとため息を漏らす。
『元々は異国神か何かだったのかしらねぇ。きっと。それが忘れ去られた存在……ってところかしら?』
桃矢はレナレナの話しを聞きながら納得した。彼女は古来からこの国に住まう神々の、容姿から神名の響きまでまるで異なる。
元来異国の神だったならば、この国の神拝に馴染みが無いのも頷けた。
『自分が何者かよく分からずにふわふわ漂っていたらこの国に流れ着いたのよねぇ。そしたら、真白にスカウトされちゃったのよぉ』
「……真白様に?」
『そうよぉ。力を貸して欲しいって言われちゃって。可愛くて放っておけない子だったのよねぇ。2つ返事で頷いちゃったわ』
レナレナはどこか遠い過去を懐かしむように空を見つめる。
『でも結果的にそれが良かったのよ〜。元々この国にいる神々は基本的に大らかで、あたし一柱くらい増えてものんびり受け入れて下さったわ。どころか、新参のあたしに色々なことを教えてくれるのよー』
『居心地が良いのよねぇ』と彼女はおっとりと微笑む。
こんなにも明朗快活な女神でも、そうか、孤独な過去があったのだと桃矢はしんみりした。
「レナレナ様……」
『桃矢、今宵あたしがあなたに会いに来た理由はお分かり?』
「……恐らくは、」
当夜の戦いで、桃矢は葦原の血を濃く継ぐむすめ——みどりを敵から守り切ることができなかった。
みどりは肩を噛まれてしまったし、それ以前に腕を乱暴に掴まれ遊具に叩きつけられてしまっていた。
「己の不甲斐なさに力が及ばず……みどりが、葦原のむすめが負傷致しました」
『そうね』
「レナレナ様がその事でお怒りになられるのも当然かと……」
『ンー?』
レナレナは苦笑して首を傾げる。
『別に怒ってないわよぅ。あたしはあたしの可愛い子が心配で来ただけ!』
「心配……?」
『そうよぅ。桃矢が落ち込んでるんじゃないかなって思って』
「……」
レナレナは桃矢の手を取り、ふわりと微笑む。
取られた手に、ぎゅっと強く力が込められた。
『それでも……』と、レナレナはそっと目を伏せる。
『それでも君は。君の大好きな女の子の為に戦わなくちゃいけないわ。あの子もまた葦原のむすめ。……戦う業を背負った女の子だから』
***
キィ……ィィン
自転車のブレーキ音が聞こえて、みどりは後ろを振り返る。桃矢が後方で立ち止まっていた。
「桃ー?どうかしたー?」
「……あのさー、今更なんだけど。ちょっといいか?」
みどりは「なぁにー?」と言いながらこちらに駆けてくる。
デニムワンピースの襟ぐりから湿布の一部が見えた。昨晩侵略者に襲われた時の傷……はもう完全に治っているらしいが、ぴりぴり痺れる気がすると彼女は言っていた。
「おまえさ……昨日の夜、結構ひどい目にあったよな。……怖くないのか?」
「桃……?」
「……俺はさ、怖いよ。おまえに何かあったらって思うと怖い。……すげー怖い」
虚を突かれたように、みどりは動かなくなった。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す事しか出来なくて。そうして桃矢の次の言葉を待とうとした。待とうとして、トンと肩に軽い衝撃を受けた。
桃矢がみどりの肩に頭を乗せたのだ。
「だからさ、もうやめねぇ?」
「やめるって……」
「戦うの」
「桃。私は……!」
「俺が戦うから。おまえの分まで。神社も街も守るから。……だからおまえはさ、頼むからどっか安全な所にいてくんない?」
「……ッ」
みどりは桃矢からやりたい事を反対された試しが過去に一度もなかった。小言はよく言われるけど。最終的にみどりの好きなようにさせてくれていた。
喫茶店バイトだってそうだ。「働く必要ないんじゃ?」と言われた事はあるが、今だってシフト終わりに迎えに来てまで、みどりの希望を叶えてくれる。
そんな桃矢にここまで言わせてしまうなんて。みどりはみどり自身が情け無くて許せなかった。
視界がぼやけてきた。目をギュッと強くつむる。
そうしないと盛り上がった涙が溢れてしまいそうだから。
「桃、ごめんね。私が弱っちぃから。……私のせいで、桃に今、嫌なコト言わせちゃってる」
「違う。嫌なことって言うか、俺の本心だよ。……業とか知らんし。だってみどりって家がちょっと特殊なだけでふつーの女の子じゃん。なのに何でおまえが……」
みどりはトントンと桃矢の背中を叩く。
いつも桃矢がそうやって自分を慰めてくれるように。
トントン、トン……
「それなら桃も一緒だよ。ふつーの男の子じゃん。私がそうなら、桃だって戦わなくて良いんだよ!」
みどりは実はずっと気になっていたことがあった。
自分が彼を戦隊バイト——戦いに巻き込んでしまったのでは無いかと。
桃矢の両親は——『我妻家の男子たるもの、いついかなる時でも』と。そう言っていたのだけれども。
「……私は好きなようにやってるだけ!だから桃はそんな私に付き合って戦隊バイトしなくてもいいし、まして私の分まで何かを背負って戦わなくていいの」
一方の桃矢は、『転嫁された』と感じたのだろう。
みどりが自身ではなく、桃矢だけを戦いの場から降ろそうとしている。
それがどんなに残酷なことなのか、彼女自身がまるで分かっていないのだ。昔から。
——ここまでか。俺にしては粘った方だな。
諦めの境地に至った彼だが、やはり声音には少しばかりの不満の色が乗ってしまったようで。
桃矢は少し不貞腐れたように、「おまえ知ってるか?」と。
「……ふつーの男の子は、実家であらゆる体術や武術習わされないし、呪術界隈に詳しくもないし、あと夢で神に会ったりもしないんだぞ……」
みどりは「ふはっ」と吹き出した。ぜんぶ自分にも当てはまるな、と思ったら何だかおかしくなって、「そうそう、そうだよね」と頷いた。
「そっかぁ。じゃあ、そもそもふつーの男の子と女の子じゃ無かったんだね?私達ってさ」
「……そのようですね」
「ね。普通じゃない私たちが、普通の人とその暮らしを守ってあげようよ」
その為にずっと鍛えていたんだからさ、とみどりは簡単に言う。桃矢の気持ちも知らないで、簡単に言ってくれる……。
分かっていた。分かりきっていたことなのだ。この幼馴染が戦闘員を辞めるとは言い出さないことくらい。
「……撤退を命令されたら即逃げろよ。これは絶対に守れよな」
「うん!すぐに逃げるか、またあの土繭になるよ!」
結局こうなるんだよな、と桃矢はため息をついた。
肩口にかかるその重いため息を、その意味を。みどりはきちんと受け止めようと思った。
「……桃が今後心配しないように私ももっと頑張るよ。だから、ね? 桃……」
「うん……」
「ごめんね」
「ん……」
グリーンを辞めると言えない私で『ごめんね』。
それから……
「嫌な役割をさせて、ごめん」
桃矢はのろのろと気だるげに、みどりの肩から頭を上げる。
「……まぁた、泣いてる」
「だって……嫌なこと言わせちゃった。今更だけどなんかもう……情けなくて」
「だからー、『言わされた』んじゃなくて。アレは俺の本心だって言ったろ。別におまえが気にしなくていいし。やると決めたんならもう徹底的にやるしかないだろって今俺も吹っ切れたとこだから」
みどりはぐしぐしと涙を乱暴に腕で拭いながら、「うん……」と頷いた。
「……あとなんで今、桃のポイントいっぱい入ってるの……?」
「うっせ」
そう言いながら桃矢はまた、みどりの肩口に頭を押し付ける。
押しつけて……
——カプッ!
「ひょあ!」
「……湿布くさ」
「ななななんで!?噛ん……??」
桃矢は「はぁ〜あ」と大仰なため息をついて、ビシッとみどりを指差した。生徒に喝を入れる教授のよう。
「俺も色々腹に据えかねてんの!いいか、おまえはもうホント、隙を見せんな!!」
何故かぷんぷんしながら自転車を引いて先に行ってしまう幼馴染。
「えぇ〜……?」
その場に置いて行かれたみどりは、肩を撫でながら、
「意味分かんない……なんで逆ギレ?」
でも先を行く桃矢の耳は心なしか赤いし。
「すっごいポイント入ってますけどぉー」
彼の頭上はサイレン並みに鳴るわ光るわで。
みどりは何だかおかしくて、くすりと笑う。
「桃〜!ちょっと待ってよー!」
***
自分の方に向かって走り出すみどりをその場で待ちながら、桃矢は思い出していた。
——これが神の思し召しのままに、ってやつか。
レナレナは確か、最後に晴れやかに笑ってこう言ったのだ。
『戦うのがあの子の業。それならねぇ……もうとことん、付き合っておあげなさい。あたしの可愛い子の為にあたしもとことん付き合うわよぅ!』
その言葉を桃矢はそっと噛み締めた。
ならば今はこの幼馴染の隣で戦おう。
何があっても、彼女と彼女が大事にしているものを守れるように。
——そうして、心の中で神に感謝と祈りを捧げた。
みどりとしては桃矢にめちゃめちゃ甘えている自覚があり、自立をしようとはしています。




