14、愛の女神・レナレナ
「桃、ごめんお待たせ!」
いつものようにみどりを迎えに来た桃矢は「おー、お疲れ」と言いながら、待ち人の方を振り返る。
デニムワンピース姿のみどりは息を切らしながらこちらに駆け寄ってくる。まるで飼い主を見つけた犬のようだ。
「今日は特に問題無かったか?」
「あー。今日はちょっと失敗しちゃった。けどお客さん達と少し仲良くなれたよ。アレだね?雨降って地固まるってやつ?」
たははーとみどりは屈託のない笑顔を見せる。
何しでかしたんだろうな……と桃矢は想像しようとして……やめた。
——視線を感じる。しかも殺意盛り盛りで。
「それってあそこに座ってる奴らのこと?」
さっきから背中に刺さりまくっている視線の元を、くいっと促すように親指で指す。
みどりは「え?」と桃矢の肩越しにひょこっと顔を出しながら、
「あー!そうそう、そうだよ。翠玉さーん、紫水さーん、お先に失礼しまーす!」
みどりは窓際の席に座っているスーツ姿の男2人組に向かって手を振っている。
「翠玉」「紫水」と呼ばれた男はそれぞれみどりに手を振り返し優雅に微笑んでいる。
「最近常連さんになった人たちなの。お話ししてみたらね、優しい人たちだったんだー」
「ふぅん。優しい、ねぇ……」
ちらりと後ろを振り返る。
「なるほどな」
横でぽやぽやしながら今日の出来事を話すみどり——の肩を抱いてそっと引き寄せてみる。
「? 桃?どうかした?」
「いや……ちょっと実験を」
間違いない。みどりの肩を抱き寄せた瞬間に、背中に感じる殺気が5割増になった。
視線で人を殺せるなら桃矢は恐らく30回は死んでるだろう。
——うん。特にあっちの金髪っぽい方。
ズオオォォ……と暗黒オーラが出るに出まくってる。
「おまえさ、また厄介なのを……」
「え?」
「捕まえて来たな」と言おうとして口がパクつく。
「っあ——、いいや。それがまぁ……みどりだよな」
「?」
こいつはたらし込んでやろうと思ってやっている訳では無いのだ。無自覚なのだ。悪気なく、厄介でクセ強な奴らをホイホイしてしまうのだから仕方がない。
「……視線で人は殺せないしな」
「何か言った?」
「いんや別に」
んべっと舌を出しながら横を歩く桃矢は、未だみどりの肩を抱いたままだ。
後方店内から「翠玉さま!店の備品から手を離して下さい!」等々の騒ぎが聞こえた気がするが、気のせいだろう。
ここまで聞こえるわけがない。幻聴か何かだ。
一方のみどりといえば桃矢の頭上に注目している。
自分と仕事終わりに合流してからこっち、桃矢の頭の上にあるハートは音を立ててピカピカ光りっぱなしだ。
キュン キュン♩
「むむむ。桃のハート、また音出して光ってるね」
「ミュート機能とかあれば良いんだけどな……そういやそのデニムワンピ、似合うじゃん」
キュン♩
「ありがと。あ!また!!」
「……」
「それほんとに壊れて無いんだよね?ちゃんとポイント溜まってるんだよね??」
何も今日だけの話ではない。みどりと会う時の桃矢の頭の上といえば常にこんな感じだ。
ずっと音が鳴りっぱで光りっぱなしな状態なので、さすがのみどりも心配になる。
「確かに(本体が)ガバいというかチョロいのかもしれんが……まだ10代だしこんなものでは。レナレナ様もそうおっしゃっていたし」
「レナレナ、さま?」
聞き慣れない単語にみどりは目をぱちくりとさせる。
隣でシティバイクを引きながら歩く桃矢は、「俺の守護神様の名前な」とあっけらかんと言う。
「え?桃も守護神様に会ったの?」
「あぁ、昨晩な。夢の中で」
「わぁ。桃の神様って愛の女神様だよね!どんな方だった?」
何と表現すれば良いのか……と桃矢は考える。
「明るくてお元気そうな方……だったかな?」
***
——我妻 桃矢は昨晩、夢を見た。
代々神懸かりの神子を当主とする葦原家。その分家の一つでもあり、古くから葦原家に仕えるのが我妻家だ。
そんな我妻家に産まれた桃矢にも傍系とはいえ神子の血が流れており、多少の神通力は備わっていた。
人外や呪術界隈の話題にもそこそこに明るい。
そんなわけで桃矢は昨晩見た夢が、『夢ではあるがただの夢』ではないことを経験上知り得ている。
***
——まっさらな空間で、桃矢は正座をしていた。
誰かを待たなくてはいけないという使命感がこの時の桃矢にはあった。
きっとこれからすぐに『何か』の訪いがあるのだろうと確信していた。
やがて。
『やっと会えたねー!あたしのとびきり可愛い子!』
「んぐっ!」
と後方から伸びた白い腕が桃矢の目と口を塞ぐ。
『ジャジャーン!ねぇねぇ、あたしは誰でしょ〜う?』
コレ間違えたら……死ぬとか、良くて夢から醒めなくなるとかってヤツでは?と桃矢は頭をフル回転させた。
こういう(人の夢に干渉できる高位の)人外の『誰当てクイズ』みたいなのは生半可な気持ちで参加すると痛い目に遭う……と、先祖もさんざん書物でしたためている。
そんな事を、桃矢は我妻家の書棚を読み漁って知っていた。
今も背中に嫌な汗が伝うのを自覚していた。
「んぐ、んぐぐ」
『あら嫌だわあたしったら。口を塞いでいたら喋れないわ!ていうかこのクイズで口を塞ぐ必要ないんだわ』
ホホホと笑って口に置かれた手をぱっと離す、『何か』。
女性の声……若く明るい。何某かの女神か?それとも妖……の気配では無さそうだが。
——ダメだ、全然分からん!
桃矢は目隠しをされたまま、パンパンと2回柏手を打つ。神拝だ。
「掛けまくも畏き愛し女の神……」
『ンー、分かんないならもういいわよぉ。そういう堅苦しいの』
「……あ、ハイ」
さっぱり分からないから名前を確認しようと思ったのだが。
目を塞いでいた手がぱっと離されて、桃矢の視界がまた白の空間に戻る。
先程の声の主だろう。桃矢の肩に手を置いて顔を覗き込む女性。『んばぁ〜!』と。満面の笑顔だ。
『あたしの名はぁ、レナレナ!最近桃矢に力を分けてあげてるのは何とこのあたしなのよぅ!』
ふんふんと鼻息荒くドヤ顔を作る——豊かな桃色の髪をかきあげ、これまた豊かな胸を反るように張る——女性。
桃矢はポカンとして自身の指に嵌められている指輪を見、目の前の女神とを交互で見比べた。
「レナレナ……さま?」
『そうよぅ。あたしの可愛い子は、あたしの事呼び捨てで呼んでも良いわよ!紫子もそうだしね』
ちょっと神に対して呼び捨ては、畏れ多いので桃矢にとっては難しいが。
——紫子さんはすげぇな……。
桃矢は素直に尊敬した。みどりもそうだが神に対して時々距離感がバグっている。
自分なんて夢の中で相対し話すだけであっても心臓がバクバクの早鐘を打っているし、冷や汗が止まらない。
こちらに友好な神々であっても、本能的な部分で恐れを抱いているのだろう。
「あなたが……レナレナ様が、いつもお力を貸して下さっている愛の女神様ですか」
本来なら神名を唱えるのも『かけまくもかしこき〜』なのだが、どうやら彼女は堅苦しいのはあまり好きでは無いらしいし、名前を教えてもらったからにはお呼びしないと逆に不敬であろう、と桃矢はそのように判断した。
レナレナは『愛の?』とキョトンとしている。
『あたしが愛の女神?』
「? え。はい」
『紫子が桃矢にあたしのことをそう紹介したの?』
「そうですが……違うのですか?」
レナレナは『ンー?いや、合ってる。合ってるけどぉ……』とぶつくさ言いながら、空間をふよふよと浮遊している。
やがてスタンと降り立って、『ふぅん。まぁいいわね!』と。
髪色と同じピンクの瞳を細め、桃矢を見つめた。
『君の前では、あたしはきっと愛の女神だものね』
そう言って愛の女神を冠するに相応しい、艶然とした微笑を浮かべるのだった。




