13、マッチポンプ
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「コーヒーのおかわり、お待たせ致しました」
その声かけと共に現れたのは『野々原』店員だ。
「あと追加オーダー頂きました、『チョコバナナパンケーキ』がこちらになります」
ホットコーヒーは翠玉へ。チョコバナナパンケーキは、紫水の前へ。彼女の独断と偏見による差配だったが合っていたようだ。
紫水は目をキラキラさせて3段重ねのパンケーキを見つめていたし、その正面に座る翠玉は露骨に怪訝な顔をしていた。
「あなた……、朝からよくそんなモノを食べられますね」
「昨晩もお仕事頑張ったんですから、自分へのご褒美というやつですね!」
立派な成人男性に見える紫水が、若いOLがするショッピングの言い訳まがいな事を言い出していたのを、その場に居合わせた店員——『野々原みどり』は、何だか微笑ましくて「ふふ」とつい声が漏れてしまった。
2人の視線が集まる。
「……あ。すみません」
みどりははっとして口を押さえながら固まる。
——お客様のプライベートな会話に笑うだなんて。ちょっとはしたなかったかな。
それとも気に障ってしまっただろうか、とおずおずと視線を戻すと、目が合った翠玉はとろりと蕩けそうな笑みを浮かべて「いえ?」と。
「謝らなくても結構ですよ。蝶の羽音かと思いました。それくらい控えめで、とても愛らしい」
「へ?!」
何を言われたのかすぐには理解出来ず、みどりの頭は真っ白になってしまった。
しかし脳の処理が追いつき、言葉の意味を理解した途端——今度は別の意味で、何も考えられなくなった。
「わ、わあ!は、はおと!」
——いやいやいや! 違うって! そっちじゃなくて。愛らしいって!! そう言ったよね!? この人……っ!
何か返さなくてはと気ばかりが急いてしまい、
「あ、ありがとう、ございます……?」
結果、随分と間抜けな返しになってしまった。
みどりは思わず丸盆をぎゅっと握りしめて小さく縮こまるように顔を隠す。多分今は耳まで真っ赤だろうから。
——びっ、びっくりしたぁ。……外国の人なんだろうな。金髪だし。モデルさんみたいに綺麗な人達!
『海外の人は表現や言葉がストレートで甘いのね』と、みどりは顔に集まった熱を散らすように、パタパタと手で顔をあおぐ。
その一方で「すすすすいぎょくさま!?」と相方の彼が目をひん剥いて驚いている様だった。
「BがLじゃないんですか!?どどどういうことですか……!?」
「あなたの方がどういうことかと……」
「いや、ていうかですね!そもそもこんないたいけな人族の女の子をナンパだなんて!ちょっと背徳が過ぎるというか……!」
「え?」
みどりは思わず耳を疑った。
——『人族』。
彼らは確かにみどりのことをそう『分類』したのだ。つまり彼らは——
「お客様達は、まさか異星の方?」
何にも考えずに口に出してしまった問いを、みどりは即後悔した。
彼らがやはり、きょとんとこちらを見つめ返して固まっていたからだ。
「あ、私ったら。不躾な事を!またまたすみませんっ!あまりにも私たちと同じ容姿だったのでつい驚いてしまって……っ!」
アワアワと喋りながらも、どんどん失言をしているような気がする。これが墓穴を掘るというのか。
「ご、ごめんなさ……っ!こんな事、詮索されたくないですよねっ!出自を隠されている方も多いのに。本当に私ったら……!」
——うわぁダメだ、これって全然フォローになってなくない?
言葉を重ねれば重ねるほど、どんどん失礼と無礼の上塗りを自覚してしまう。
制服のエプロンをギュッと絞るように掴む。
もうぅ〜!ほんとにバカバカ自分!!とみどりは想像の中で自分の頭をポカポカ叩いた。
「えと、つまりその。今のは忘れてくだ……」
「異星人は、お嫌いですか?」
「え?」
金髪の彼は、きつく握り締めたみどりのこぶしを、そっと上から包み込むように重ね、逆の手で彼女の指を解すように開かせた。
思いのほか、その手はじんわりと温かく、その仕草は静かで優しい。
そうして俯いてしまったみどりを覗き込むように、目線を合わせる。
「おっしゃる通り我々は異星人です。あなたは異星人はお嫌い?」
みどりは反射的に「そんなこと!」と、思わず顔を上げた。
そこで言葉が止まってしまった。
翠玉が笑っていない事に初めて気付いたのだ。
正確には、微笑みは浮かべていた。けれどその瞳の奥には、こちらの返事を真摯に待つような、それでいて不安そうな……。
みどりはそんな彼を早く安心させてあげたい気持ちに駆られた。
慌てて、「ぜ、全然!」と首を横にぶんぶん振る。
「お客様達は、こちらでお仕事しているって、さっきそう仰ってましたよね!?いっつもスーツをビシッと着てるし!あの、私は……ッ!ぜんぜん私、その、こちらに友好的な異星人の方は好きです、大好きです!」
手を握りながら彼は「大好き……」と、その単語をじーんと噛み締めていた。
「そ、その、この国を乗っ取ってやろうだとか、侵略してやろうとかって言う異星人達は、ほんとーに大っ嫌いなんですけどっ!でもお客様達はそうじゃなく……え、あれ?お客様……??」
それを受けて何故か異星人のお客2人は、ひどく気まずそうにテーブルの端やら天井のそこらを見つめていた。
先程まで合わせていてくれていたはずの視線は全く合わなくなる。
——やがてコホンとわざとらしい咳払い。
金髪の異星人であるらしい彼は、何らかの切り替えが済んだらしい。
自身の胸に手を添えながら輝くような笑顔を見せる。
「『お客様』ではなくて。私の名前は『翠玉・ベリル・エメラルド』と申します。こちらは『紫水・クォーツ・アメジスト』。……店員のお嬢さん、あなたのお名前は?」
みどりは「あ、えと」と慌ててペコリと会釈をする。なおこの間ずっと、みどりの手は翠玉に握られたままだ。
「『野々原』です。『野々原 みどり』と申します。あ、それとも『みどり 野々原』かな? あの、よろしくお願いします」
「そうですか、『みどり』。こちらのお店は気に入ってましてね、今後ともよろしくお願いしますね」
翠玉はニコニコと微笑みながら頷き、紫水は目の前の光景に衝撃を受けたようで、
「ちゃっかり名前ゲットしておいてなおかつ、しれっと名前呼びしてる……!」
——と、小さくツッコミを入れていたのだった。
***
「ところでみどり。先程から気になっていたのですが。それはどうしたのですか?」
みどりがテーブルにお会計の伝票を置く際に、翠玉は自身の肩をちょんちょんと指しながら、みどりに尋ねた。
「あ、これは……っ」
みどりはぱっと肩に手を置く。
どうやら制服のシャツから貼られていた湿布(無香料タイプ)がはみ出ていたらしい。
「その、ちょっとドジしちゃったんです」
「ドジ?」
「隙を見せちゃったというか」
みどりが少し顔を赤らめながら、えへへと誤魔化すように笑う姿に、紫水は「あぁ!」と。手をポンと叩く。
何やらピンと来てしまったらしい。
「もしかして、彼氏さん?それってキスマー……」
バンッッ!!
「「……」」
店内に一瞬、余白のような静けさが落ちた。
その後、紫水は自分の顔面に突き刺さっているガラス片をひとつ、つまんで抜きながら、
「……あ!いやぁ。これはもしかしなくてもセクハラですね。聞かなかったことに……」
「あわわわ……!そんな事より紫水さん大丈夫ですか?!」
紫水の顔面にはお冷の水とグラスの破片が大量に突き刺さっている。
先の彼の発言冒頭部で、何故か翠玉の手にしていたお冷のグラスが爆散し、猛烈な勢いで紫水に飛び散ったからだ。軽く流血もしている。
「翠玉さんも大丈夫ですか?お怪我は?」
翠玉が暗い顔をして黙り込んでしまっていたので、みどりは破損したガラスでケガをしたのでは無いかと心配して声をかける。
紫水は自身の顔面部に突き刺さったガラスを抜く作業を続けながら、
「あぁ……みどりさん大丈夫ですよ。僕たちは結構丈夫な異星人なので。少々放っておいて頂ければ」
と、翠玉の代わりに答えてくれた。
結構深く刺さっているらしく、紫水が破片を抜くたびにピューッと血が吹き出していたが、確かに平然とした様子ではあった。
「私、片付ける道具持って来ますね!あと絆創膏とかも!」
みどりは慌てて踵を返して店の奥へと走って行ってしまった。
それを紫水は愛想良く手を振りながら「お気遣いなく〜!」と、見送る。
——完全に彼女の後ろ姿が見えなくなったところで。
「翠玉さまぁ〜、もうこれ以上ここで備品やら什器を壊さないで下さいよー。ほんと出禁になっちゃいますって」
と翠玉にボソボソと耳打ちする。
一方の翠玉といえば、「はぁ」とため息をつきながら。「本当にどうしてくれよう……」とつぶやく。
「最終的には攫うしか……」とか物騒な事を言っている翠玉。
紫水は「あれー?そっち??」と頬杖をつきながら、先程の事案である『この目の前の上司、BがL説』は一旦脇に置いておく事にした。
何故なら完全に翠玉の目から光が消えているのだ。これはかなり本気である。
「えーと、翠玉様。そういった物言いはちょっと控えて頂いた方が良いかなと思うんですよね」
「……」
「大体がですよ?攫うとかそれ以前にですよ。竜族の男が最初っから何を弱気なことをって感じですよ」
「弱気……ですか?」
「そうですよ。彼女、嫌悪感も特に無く、異星人のこと『大好き』って言っていましたよ。つまりこれってもう脈ありってことじゃないですか!」
翠玉ははぁ、と皮肉げに唇を歪ませる。
「一部例外を除く、という話らしいですがね?」
えほえほと、紫水は気まずそうに咳払いをする。
一部例外であろう異星人は無論自分達に当てはまる事案であるからだ。
これに関していえば、ぐうの音も出ない。反論の余地無し、である。
「と、ともかく僕たちここで果たすべきお役目がちゃんとあるんですからね!つまり言い換えればまだ時間があるってことです」
「……そうですね」
「それまでに、あの好青年っぽい彼ピッピからの略奪、頑張ってくださいよ。ちゃんと好きになってもらって連れ帰った方があの子にとっても幸せでしょうし」
「それは確かにそうですね」
神妙に頷いている翠玉。
どうやらこの上司の中で、先程まで彼の心を占めていた物騒な案は、一旦引っ込められたらしい。紫水としてはほっと胸を撫で下ろしたのだが。
「ちゃんと好きに……、あの青年よりも私のことを……」
翠玉は先ほどから噛み締めるように呟いている。
何やら別方向にスイッチが入ったようだ。
誘拐よりド健全スイッチであるので、紫水としても止める必要性は感じないのだがしかし。
そんな上司の様子を、紫水はちらりと窺い見る。
「うーんこれは」
ストローを咥えながら、ぽつりと。
「……BはLじゃなかったってこと……?」
——その小さな呟きは、翠玉には届かなかったようだった。




