12、一夜明けての反省会
一夜明けて、『緑の黒髪亭』。
***
「翠玉様、正直におっしゃってください」
「……? 何がですか?」
モーニングサービスのトーストを口にしながら、翠玉は首を傾げだ。
「だから、昨晩のことです!どうして帰っちゃったんですか?『葦原の神子』を倒す絶好の機会だったはずです!」
「……」
昨晩、土壁で出来た繭に包まれ動かなくなったグリーン。
それに対しこの上司は『興が冷めた』とか何とか言って、さっさと撤退してしまったのだった。
「あなたも見たでしょう?アレを崩すのは骨が折れる」
「だからといって!」
「アレには神の力が濃く宿ってました。グリーンの意思ではなく、神が意志を持って現世に介入していたんです。周りの精霊も活発に働きかけていた。やはり『神子』の力は伊達ではありませんでしたね……。逆に神の力にこちらから干渉してそれを崩したいのならそれ相応の準備をしてからでないと。どんな障りが起きるか分かりませんしね」
「……」
言っていることは確かに大変に筋が通っている。
通りに通ってはいる、が……
——これ。昨晩あらかじめ考えてきた理由では。普段よりめちゃめちゃ早口だし。すごく長文だし。
「……本当にそれだけですか?」
「もちろん」
「それ以外に何か?」と言いたい風に涼しい顔をしてコーヒーを飲む上司兼幼馴染。
いつもの彼だ。通常運転……のようにみえる。
故に。とりあえず紫水は話題を変えて振ってみることにした。
「それはそうと、朝のコーヒーは格別に美味しいですね?」
「? ええ」
「目が覚めますね」
「そうですね」
「ほんと—に。目は覚めてますかね、翠玉様?」
翠玉は「う゛……」とうめき声をあげる。
若干目も泳ぎ始めた。その表情でこちらが伝えたい意図が正確に伝わったのだと確認した。
「あなた様のお父上に何とご報告申し上げればよろしいでしょうか。嘆かわしい限りですよ」
「……ええ。あの時のことは自分でもおかしかったと、感じています」
「『葦原の神子』は、魅了の力でも持っているのでしょうか?」
「『魅了』……ねぇ?」
翠玉は奥歯に物が挟まったような、歯切れが悪い言い方をした。
一方の紫水はコーヒーにため息を落としながら、ぼんやりと昨晩の事を思い出していた。
黒い液体にはこちらを覗き込むもう1人の自分がいる。
——あの時、この上司の様子はやはりおかしかった。
まるで熱病に冒されたかのように、グリーンの肩に牙を突き立て……。あまつさえ次は奴のうなじを、と……。
普段の彼からは想像できない。
やはりグリーンは魅了術を心得ているとしか……と、そこまで考えて紫水は『あれ。でもちょっと待てよ?』と己の思考を中断させる。
確かに昨晩自分もグリーンと至近距離で交戦したはずなのに、自分は全く魅了の力に侵されていなかったではないか。
「え。どうして……?どうしよう……?」
「紫水?」
——重大な事に気づいてしまった、かもしれない。
恐らく……恐らくは、だ。
翠玉にはかねてより男色のケがあるのだ。
だからグリーンの稚拙な術数にどっぷり嵌まってしまった。
己といえば敬虔なる異性愛者であるが故、奴のチンケな魅了など、ものともしなかったのだろう。
「何と。何という事でしょう……!王族少子化問題に拍車が……!?」
「……よく分かりませんが。あなた、私で何か失礼な勘違いをしていませんか?」
翠玉は頭を抱えて悩んでいる様子の部下の肩を、慌てて激しく揺する。
「とりあえず今、何を考えているのかおっしゃって下さい」
「……」
しかし、幼馴染である紫水が、長年彼のこの性的指向を全く悟れなかった。
彼はきっと自分にすらひた隠しにして来たのだと思う。
王族であり後継を残す事を期待されている高位貴族にとって、この問題はとてもセンシティブだ……とデキル部下である紫水はそう解釈した。
あともしかしたら。気のおけない友でもある紫水に、自分が同性愛者と知られたらどう思われるか?そういう事もまた心配したのかもしれない……と。有能な部下兼幼馴染である紫水は忖度した。
己が目の前の彼のことを、気色悪く感じたり軽蔑するなんてこと。そんな事ありはしないのに……と紫水は口ごもる。
「紫水?何を黙って……」
「……」
そんな風にひた隠しにしてきたであろう彼の秘密を、今この場で暴露する事は憚られる。
彼が言いたくなるまで待とう。
そしてその時がもし来たら、彼が安心して話せるように聞く準備だけ、自分はしておけば良いのではないだろうか?
紫水はそう心に決めて、翠玉に改めて向き合った。
「……翠玉様、ひとつだけ聞いても良いですか?」
「ええ!何でしょうか?」
——だからこれは確認だ。念の為の。
翠玉が心なしか食い気味にこちらに身を乗り出している。よほど焦っているのか。
紫水はごくりと喉を鳴らす。
「……ピンクちゃんて、可愛いと思いません?」
「え……?」
聞いた瞬間、翠玉は口をへの字に曲げてこちらを見つめ返している。目も若干死んでいる。
これは全然可愛いと思っていない顔だ。
「やっぱりBのLだったんだ……」
あちゃー、と紫水は手を額に当てて天を仰ぐ。
これほぼ確定事案じゃん〜、と。
翠玉は預かり知らぬ所でこの部下が、自分にまつわる何がしかの事について判断した——その事に強い危機感を覚えた。
「ちょっ……、お待ちなさい。あなたは一体さっきから何を言って……」
「しかしながらというか恐れながら翠玉様が!全然女の子の可愛さを分かってないから……っ!」
紫水は「いいですか?」と翠玉に前置きをする。
人差し指をさながら、教鞭のように左右に振りながら。
「あんなにおっぱいが大きくて、声も女の子らしくって、健気なんですよ?しかもしかも結構強いんです!それでいて仲間想いが過ぎて、仲間を助ける為ならちょっとズルい手だって使っちゃう、ちゃっかりさんな面もあって……」
——すごい早口で長文を喋るな?と今度は翠玉が少し引き気味だ。
無性に喉が渇いたので、翠玉はコーヒーを口に含んで、喉を潤す。
とりあえず紫水の理想の『可愛い女の子』である『ピンクちゃん』の魅力について、一応彼から発せられる音を拾ってみつつ、件の人物について思いを巡らせてみるがしかし。
「確かに技の練度といい体術も巧みであって。手強い敵ではありますね」
「ちょっと。今僕が熱弁した事のほんの一部じゃないですか。他に何かもっと感想は無いんですか?」
「他に……、後はグリーンとやけに近しいなとしか……?」
紫水は大仰にため息をつく。「なるほど。充分です」と。
「もう話題がすぐにグリーンになってしまうあたり、お察しせずにはいられませんね」
そうしてポンポン……と翠玉の肩を労うかのように叩いた。
「いえ良いんです。僕はあなた様がその胸の内を話したくなったら勿論、いつでも聞きますからね」
「……よく分からないのですが。とにかく訂正したい気持ちにさせられるのは何故でしょう」
——そうして前夜の反省会は終了した。




