11、初陣-3
「——『乙女の聖域』!」
ピンクが手をかざして唱えると、ハート型のバリアがエメとグリーンの間に現れた。
バチンッ!
バリアに弾かれてふたりの身体が離れる。
グリーンがよろめき倒れ込む寸前、ピンクがその身体を受け止め抱きしめるようにして支えた。
「グリーン!大丈夫ですか!?」
「ピンクちゃ……ん」
「邪魔が入りましたか……」
エメは舌打ちをする。眼下で繰り広げられる2人のやり取りを冷めた目で見下ろしながら。
「エエエエメ様!!」
遅れて、アメが到着する。
『うるさいのがやって来た』と言わんばかりにしかめ面をする上司——の首元をアメは鷲掴む。
ガクガクと激しく揺さぶりながら、
「あな、あなた!何やってるんです……!?お気は確かですか?!」
「……」
「噛……、噛んでいましたよね!?グリーンを!番でも何でもないっていうか!あいつはだっておおおおおとこなのに!!」
「……アメ、落ち着きなさい」
ゼェハァと荒い息を繰り返していたアメは、やがて、はあぁぁ〜と細く長く息を吐く。
ネクタイの結び目に指を差し込みながらそれを緩めつつ、前髪をくしゃりと揉むように掴みながら、
「はいはい、落ち着きましたよ。ええ、僕は有能ですからね。……そして今、よっっっく分かりました。実感しましたとも、ええ!」
「アメ?」
上司の呼びかけを無視し、アメは自身の手をぶんっと軽くひと振りする。
振られた片手は瞬きの間に変幻する——鱗がびっしり生え、鋭い鉤爪が剥き出しになったトカゲのような手に。
「エメ様は竜王の血脈であり、いと尊き方。その御前をたらしこむ淫猥がおまえなのだと」
エメの瞳孔に縦筋が浮かび、ぎゅっと絞られ細まる。
その鋭くぎらぎらとした視線は真っ直ぐグリーンに注がれていた。
未だ身動きが取れず仲間に抱きしめられる形で守られている——グリーンだけに。
「『葦原の神子』は危険だ。——徹底排除します」
アメはビシッとグリーンを指さし、堂々と宣戦布告をする。
ピンクの、自身をかき抱く腕に力が込められるのを肌で感じながら、グリーンは「葦原の神子……?」と呟いた。
——そっか、私か。私だけが標的なんだ。なら……せめてピンクちゃんだけは……
グリーンはゆっくり身を起こしながら、ピンクの胸をそっと押す。
「ピンクちゃん、離れて……」
「バカ!!そんなこと……!」
「お願いだから……」
——今度こそ……もう足手まといになりたくない!!
そう強く願った瞬間。
——『どうれ。少しばかし、助けてやろうなぁ?』
脳内に響く声があった。落ち着いた男性の。
その呼びかけに呼応するように、グリーンの周囲の土がボコボコと盛り上がる。
オオオオオ……と地鳴りのような音も。
「これは……」
ピンクはグリーンの身体をそっと地面に横たえる。
彼女は意識が朦朧としていたが、頭上では葉っぱのマークが黒く点滅していた事を確認した。
これはグリーンの技なのだ。恐らく防御系の。
隆起した土が、彼女の身体を包み込むようにして固まる。
覆い被さり固まる、を繰り返す。幾重にも繰り返し重なり、それはまるで硬い繭のように——……。
***
グリーンは土の中で胎児のように丸くなって横たわっていた。
温かくて暗い土の中はまるで母体の中ようだ。不思議と息苦しさも感じず、ただただ微睡むばかり。
しかし怪我はそれほどひどくないはず。
大体、軽症〜中重症のケガならこのスーツを着ていれば自然治癒ができる。もちろん程度に比例して時間はかかるが。
だから今夜負ったケガの、もうほとんどが治っているはずなのだ。
——起きなきゃ……。起きて、今度こそしっかり戦わなきゃ。
そう思っても何故か、足に力が入らなかった。
『おんし、竜に噛まれたろう? 無理はせん方が良いだろうよ』
声がした方向に顔を向ける。
そこには男性が立っていた。……頭に葉と蔦を模した髪飾りを巻いている、男性。
「あなたは、さっきの声の……」
この空間に成人男性が立つスペースなんて存在しない。そして彼の身体は仄かに発光している。
つまり——、
「神様……?」
神と呼ばれたモノは鷹揚に頷く。
『そうさなぁ。まぁそう呼ばれておるし、祀られはしておるな。今ここに在るのはほんの分霊だがな』
ちょんちょんと、彼はみどりの指を指差す。
スーツに覆われて見えないが、緑と大地の神の守り石がはめれている指を。
彼は頬に手を当てながら、みどりの傍にしゃがみこむ。
『しっかし、おんしなぁ……』
寝そべっている彼女の視線に合わせるように、窺うように、顔を覗き込んだ。
『まこと、弱いなぁ?』
「……ウッ!」
今のその言葉、傷つくワードベスト3くらいに入ってる……とみどりは顔を顰める。
『相手が竜人だからなぁ。真白や紫子でさえ討伐できぬほどだったものなぁ。しかしなぁ……』
神はみどりのブロークンハートっぷりなんてお構いなしにつらつらと私見を述べる。
そうしてみどりの髪をくるくると指に巻きつけて、遊んでいた。彼女としては身じろぎも出来ない状態だった為、されるがままだ。
途中で自分がフルフェイスヘルメットを外していた事に気づくが。きっとここは神の領域なのだろう。現実であって現実ではないのだ。
「わた、し……、どうすれば良いですか?」
『んー?』
「早く戦いに戻らないと、いけないんです。役に立たないと」
『……おんし。先ほどの体たらくぶりでまァだ、そんなこと申すのかぁ。おんしが今出来ることは、『何もしない事』であろうよ』
みどりはきゅっと唇を噛む。分かっていた、そんな事。強くなったつもりだったのに、全然役に立っていなかった。足手まといだった。みんなに迷惑かけた。
——ピンクちゃんを守るって大口叩いたのに、結局守られてばかり……。
『せめて自分の身をこうやって守れれば、あやつらはまぁ、自身の事は何とか出来るだろうよ』
「……役に立たないのは、嫌だな……」
——自分が役に立たないせいで誰かを失うのが怖い。
大粒の涙がぽろりと流れ落ちた。そこからは堰を切ったようにボロボロと地面が滴を吸う。
彼は自分の頭をガシガシとかきながら、「はぁ」とため息をついた。
『おんし、樹と真白の子だもの。素養はあろうなぁ』
ひくひくとしゃっくりを漏らす、みどりの頭に手を添えて『どれ』と。
『紫子も、我との親和性だけで【みどり】を選んだのかのぅ。……【白】も使えそうなものだが』
「……?」
ふぅむむむ……と何事かに考えを巡らせている彼は顎に手を添えながらみどりをじっと眺める。
『樹との約束があるでなぁ。次に【みどり】を継ぐ子によくしてやってくれ、と』
「パパが?神様と約束??」
『そうさぁ』と神はひとつ頷き、懐をガサゴソと漁る。
『これをやるでな』
そう言って取り出したのは胡桃程の大きさの種……に見える何かだった。
それを神は、うつ伏せで転がるみどりの身体にコトンと乗せた。身体に置かれた刹那、種はすうっと溶けるようにして消える。
「これ……」
『これも樹の置き土産。少ぅしだけ、植物と心が通じやすくなるでな。上手く使うといい』
みどりは神妙な心持ちでひとつ頷いた。
『あとは……そうさなぁ。おんし、もう少しだけ欲しがると良いだろうよ』
「欲しがる?」
『そうさぁ、真白も紫子も『葦原の神子』は業突く張りばかり。そうやって神も精霊も全て巻き込んで、呑み込んで、思う様にしてきたのだから』
みどりは驚きで目をぱちくりさせた。
——ママと紫子叔母さんが……?
そう言われてしまうと、2人がとんだトラブルメーカーみたいに聞こえるのだった。
『紫子は気位の高さが外からでも分かる位だから、まぁなぁ……。よりタチが悪かったのはむしろ真白の方でなぁ。神々あやつにたらし込まれよってからに……」
神は彼自身を抱きしめながら、薄寒いとでもいうように両の手の平で自身の腕をさすっていた。何なら少々顔色も悪いし、どこか正気のない顔で遠くを眺めている。
「……ママってもしかしなくても悪女だったり?」
『あー……、当の本人にはその自覚が無かった分余計になぁ……』
「……」
——ママって一体……。神様にすら恐れられている??
困惑気味のみどりを、神と名乗る彼はふっと笑う。
『おんしもあそこまでにならんで良いが、素養はあろう。もう少し【欲しがる】と良い』
「【欲しがる】……」
「せめてを少ぅしばかり減らして、もっとだなぁ。……まずは、な?』
素直にこくこくと頷くみどりを見て、彼は目を細める。我が子を見つめるような眼差しだ。
『ほんに、おぼこいのォ。真白や紫子とは違う。あれおかしいこと、おんしも葦原の女なのになぁ?』
ぽんとみどりの背中を叩く。まるで幼子を寝かしつけるように。トントントン……と。
『……まぁ、気が向いたらまァた、助けてやるでなぁ』
——そこで、みどりの記憶と意識はぷつんと途切れたのだった。
お気づきの通りですが、神1柱、籠絡されかかって……
紫子『計画通り……(ニヤリ』
彼は神の中でも父性が強い性質のようです。




