10、初陣-2
「グリーン!!」
——アメに飛ばされる瞬間、ピンクの悲鳴に近い叫び声を聞いた気がした。
***
「うっ……ここ、は……?」
「……無事、か?グリーン」
「!! レッド……!」
目を開けて振り返れば、レッドに抱きすくめられた状態だった。
アメに投げ飛ばされてそのまま何かの遊具に激突したらしい。きょろりと周りを見渡すとひしゃげた格子状の何か——どうやらジャングルジムに叩きつけられたようだった。
衝撃は強かったが、打撲程度だろう。これくらいで済んでいるのはレッドが身を挺して守ってくれたからに他ならない。
「レッド……!」
対するレッドは胸を押さえうずくまっている。息を整える為か痛みのためか。浅い呼吸を繰り返している。
「だい、じょうぶだ。すぐに整う。そんなことより……グリーン、は逃げろ」
「い、嫌だよ。だってこのままじゃ……」
「完全なる足手まといですね」
「!!」
振り返ればエメが背後に立っていた。唇に微笑を乗せて。
「人数で勝っていようともチームにお荷物が1人でもいれば途端に不利になる。お守りは大変ですね」
「……ッ!」
確かにその通りだ。自分は今、何の役にも立っていない。
「——『新緑の守り』!」
グリーンは目前に葉の形をした障壁を展開する。
それでもせめて守らなくては。
自身を庇ってくれた仲間を見捨てるなんて事は、絶対にできないのだから。
仄かに発光する『新緑の守り』を目の前にしたエメは一笑に付し、足で踏みつけ、ぐっと体重を乗せた。
バリアは一瞬の後、バキンッ!と音を立てて砕け散った。
「そんな……!」
「脆弱な心で作った障壁の、なんと脆いこと」
散ったバリアの欠片を踏み躙り、エメは鼻で笑う。
笑いながら、グリーンの首元を片手で掴み軽々と持ち上げる。
「まるで児戯だ」
「あぅ、くぅ……ッ」
持ち上げられたグリーンは、思う通りに声も出せない。掴んでいるエメの腕を両手で握りしめ、足をばたつかせることしか。
「何でしたっけ?あなたが仰った言葉……あぁ、そうそう、」
「……?ぅぐっ!」
エメは笑みを浮かべながら、グリーンをさらに高く持ち上げる。
「『侵略されてろ、くそったれ』……なんてね」
「……ッ!!」
あの時の言葉をコケにされるように返されて、羞恥で熱が顔に集まるのを感じた。
首も圧迫され上手く呼吸できない。グリーンの目尻に涙が溜まる。
—— 一方のエメは、捕らえられた虫のようなか弱い抵抗しかできないグリーンを、暫く観察するように眺めていた。
やがてふと。
「……?」
違和感を感じる。それはひどく焦燥感を伴って。
「あなた、妙な気配がしますね……?」
グリーンを下ろし、抱え込むようにその身体を引き寄せる。
顎を指ですくうように上向かせ、顔を覗き込む。そうして相手を見定めようとするかのように。
「イヤ、やだ……ッ!」
覗き込まれたエメラルドの瞳。
瞳孔に黒い縦筋が入った、人間とは違う瞳が……。
自分を射るように真っ直ぐ見つめるその目が何だか怖くて、グリーンはエメの顔を手で払うようにして距離を取ろうとした。必死に顔を背ける。
——そんな抵抗が煩わしかったのか?
だがこの時のエメは、グリーンのこの行動で、自身が『拒絶』されたのだと感じた。
甘い香りが鼻腔を刺激する。グリーンから立ち昇るようなこの香りが、判断を曇らせる。思考を鈍らせる。
フルフェイスの下のグリーンの顔は自分への恐怖でいっぱいなのだろう。
その想像にさらに傷つき、そうして彼の苛立ちがピークに達しようとしていた。
その時。
一筋の雫がグリーンの輪郭を細く伝うのを目の当たりにした。
「……っ」
もはや己の内側から湧き上がる凶暴な衝動が、押さえられなかった。
そして——、
ガブッ!!
「……あッつ、い、痛ぁ……!」
——グリーンの肩に思いっきり噛み付いた。
噛みつかれたグリーンは唇をきゅっと引き結び、声を殺す。否が応でも自身の肩に埋もれた牙を意識した。
でも恐怖の悲鳴を出してはいけない。仲間の意識をこれ以上自分に集めては、ダメだ。
痛みで生理的な涙がさらに目に溜まり、盛り上がる。
「あ、なた……人喰いな、の?」
恐怖心を逸らす為、絞り出した声でそんな事を問う。男役の演技も忘れて。
肩に熱い痛みがあるものの、彼のふわふわとした柔らかい毛が頬に当たり、そこだけはくすぐったい。変な感覚だ。
「まさか」
エメはグリーンの問いを受け、肩から顔を離す。
グリーンは肩をぎゅっと手で押さえながら、
「なら……これ、は……毒牙?」
「いいえ?」
「じゃあ、なんで噛……」
「何故……? 確かに。……無性に噛みたくて?」
「意味、分かんな、……い」
ふらつくグリーンの身体を受け止め、支えながら、「私にも」と。
「私にも意味が分からない。何故? こんな事、番としかしたいなんて思わないはずなのに」
どこか呆然としたエメの声が頭上から降ってくるのを、グリーンはかろうじて聞き取ることが出来た。
「けれどあなたを見ていると、ひどく暴力的な気分になる。竜の本能を叩き起こされるような……」
そうしてグリーンの肩にそっと手を置く。
「今も……」
先程噛んだ箇所をぐりっと抉るようにして掴んだ。
この特殊なスーツで守られていたのだろう。生地に穴すら空いていない。
「あう……ッ!」
反射でグリーンの身体がびくんと跳ねる。
「私の咬傷があなたについていないのがこんなにも腹立たしい。もっと噛んで差し上げましょうか」
——もう一度噛めば、この気持ちの正体が分かるかも。
——噛まなければ。
エメは一瞬にして、この考えに頭が支配された。
グリーンの腕を強引に引っ張り、引きずるように身を寄せれば、無防備な後頭部が晒された。細い首だ。折れそうなくらい。
トントンとうなじを軽く指でつつくように刺激する。
「今度はここにしましょうか。次は痕が付く位に。もっとひどくしないと」
「え。や!やだぁ……」
「もう、あなたの『いや』は聞きたくありません」
何故かワガママな子供を説き伏せるように優しげに言い放つエメであったが、グリーンにとっては、ただただ理不尽な案件である。
「本来なら交接中に噛む場所ですが……」
「こうせつ……?」
「今は……交戦中だよね?」と、グリーンは回らない頭でぼんやりとエメの呟きを聞き取る。
ジタバタと腕の中で暴れるグリーンを、無理やり力で押さえつけながら、エメが口をかぱりと開けた、その時。
「エエエエエエエエメメメメメメメ様ーー!!!」
「グリーーーーンンンン!!!」
——後方からものっすごい勢いで2人が走って来た。




