9、初陣
——A公園。20時25分。
前方から、ザリ……、と砂を踏む音がした。
「今晩は。ゴットネス⭐︎ファイブの皆さん」
「あぁどうも、昨晩ぶりだな。侵略者の方々」
エメとレッドが上辺だけの挨拶を交わす。
昨晩同様、スーツ➕目元を覆い隠すヴェネチアンマスクの出立ちで登場した2人。
そのうちの1人——エメは上着を脱ぎながら、
「私事ですが、本日は運命と呼ぶべき出会いがあったんですよ」
レッドは「ほぉ」と、片眉を上げる。
「それはめでたい報告と捉えて良いのか?」
エメは嗤う。
「どうでしょう?」と言いながら。
「こんなに最低な気分になったのは、生まれて初めてです」
「なんだ、良い出会いでは無かったか」
「いえ。ただ……、出逢っただけではダメなのだと。手に入れる事でようやっとこの虚も埋まるのだと分かりました」
エメの隣でアメは「え?エメ様いつのまに……?」とちょっと呆然としている様子であった。
「そのようなわけで私としては今宵、がらにも無く高揚してましてね。少し身体を動かしたいところだったのです。……お付き合い頂けますか?」
エメは黒革のハーフグローブをギュッと手首側に絞り、こちらに向かって優雅に歩み寄ってくる。
マスクの下の瞳は笑っているように感じた。
「ふむ、良いだろう。小手調べというやつだな」
ジャリ……という音と共に足を広げ構えるレッド。
呼応するようにエメも構える。
微かな砂埃が舞う。
「はい、初日ですし。単純に肉弾戦などが、互いに相手の事が分かってよろしいかと」
***
遠方でレッドとエメが互いに拳を振りかざし戦っている。
しばらく呆然と見ていることしか出来なかったグリーンだが、やがて同じく横で戦いを見守っていたピンクのスカートをくいっと引っ張る。
「ね、ね、ピンクちゃん。レッドを助けに行こうよ。自分たちも一緒に戦わなきゃ」
「ダメ。待機ですわよ、グリーン。私たちではレッドの足を引っ張るだけですわ」
「けどこのままじゃ!せめてーー!」
——突然。
「あれれー?僕もいますよ〜?」
頭上からこの場の緊張感にそぐわない、少し間の抜けた声が降ってきた。
「無視、しないで下さいよ!」
アメのかかとが勢いよく振り下ろされる
「ちっ!」と短い舌打ち。これはピンクだ。
瞬時にグリーンの二の腕を掴み、グンッと勢いよく自身の後方に引き込むようにして屈ませる。
「くっ……!」
ピンクが手をクロスしてその空中かかと落としを受け止めた。
「ピンク!」
攻撃を受け踏み止まったピンクの足がずしんと地面に沈むのを、グリーンは転がりながら見つめた。見つめることしか出来なかった。
アメは追撃を免れる為か、そのまま後方へ一回転しながら街灯の上にすとんと着陸する。
「女性の影に隠れるだなんて。ほんと男の風上にも置けないヤツ!」
グリーンを嘲けるように嗤うと、2人に向かって「かかって来なよ」と手招きをする。
「君たちの相手なんか僕ひとりで十分です。わざわざエメ様のお手を煩わせる事もない」
「その言葉、せいぜい後悔なさいませ!」
——『愛の鎖』!!
そう唱えるやいなや、ハートの形をした鎖がピンクの掌から勢いよく飛び出し、アメの身体に蛇のように絡みつく。
「……っ、これは!?ていうかピンクちゃん、今日は単純な肉弾戦って話じゃなかった!?」
「これ反則じゃない!?飛び道具だよ!!」と体に巻かれた鎖をガシャガシャ鳴らしながら抗議する。
いわゆる簀巻き状態である。
アメの訴えにピンクはツンッ!とそっぽを向く。
「レッドとあちらの方はそんな話してましたけど。私は約束した覚えがありませんわ」
「くっ……!ピンクちゃんって、意外とずるい女の子なんだね……!」
「……ちょっと嬉しそうなの何で?」
確かにアメは悔しそうな声を出しているはずなのに、表情は若干喜んでいるようにも見える。
その様子にピンクはつい演技を忘れ、素の状態で引いていた。
鎖の余りがピンクの掌にじゃらら……と吸い込まれる。アメを捕縛する為に長尺で出したものだが、それがまるで使い終わった掃除機のコードが巻き取られるかのように、どんどん短くなっていく。
彼(女)の頭上ではハートのエフェクトが黒く点滅する。恐らくポイントの消費を意味する表示なのだろう。
鎖で芋虫状態のアメをそこらへんに転がしながら、「いっちょ上がり」とばかりにピンクはぱんぱんと手で埃を払う仕草を見せた。
「グリーン、怪我はございませんこと?」
「ないよ。庇ってくれてありがとう。ふふ」
「何笑って……?」
コテンと首を傾げたピンクの耳元に向かって、みどりは背伸びをする。
「ずるい女なの? ピンクちゃんって」
先程のアメの言葉がおかしくてつい、からかいたくなってしまったのだ。
「そんなわけ無いですわ。大体ずるいって言うのは……」
ピンクが反論をしかけたその時ーー、
バキッ!ガシャガシャ バキバキッ!!
「……ああいうのを言うんですのよ」
ピンクが呆れたようにため息をつく。
——アメが何重にも巻かれた鎖を力技で引きちぎったのだ。
「はぁ〜やれやれ。ピンクちゃんの鎖、結構丈夫だったよ。油断しちゃったなぁ」
肩をぐるぐる回しながらこちらに近づくアメ。
ピンクは臨戦体制に入る。その背にグリーン庇いながら。
「ほんとーに、嫌になりますわ」
「ピンク、自分の事は庇わなくて良いから。……だからっ!」
自分を守ろうとするとピンクは自由に身動きができないから危険だ。グリーンはピンクの背中をドンドンと叩いて訴える。
でも彼(女)は目の前の敵に集中しているのか、それともあえてグリーンの訴えに聞こえないふりをしているのか。
「スーツで強化されているとはいえ、あなた達宇宙人みたいにこちらは強靭な肉体でも無ければ頑強でもないんですのよ。それなのに肉弾戦ですって?!……本当にズルいのはどちらかしら!」
アメは「ごめんね?」と舌をペロリと出す。
「うん。僕もピンクちゃんの技、やっぱり色々見てみたくなったからさ。何でもアリのルールにしよう。一緒に楽しもうよ」
「楽しむ?」とピンクが口をへの字に曲げる。
「お断りですわ。あなたやもう1人の方のような狂戦士と違って私は……」
「守りたい者の為に戦う?」
——そう言うが早く、アメはピンクの両肩に手をついて宙を蹴り、彼(女)の背後に回り込むように着地する。
ガシッッ!!
突然グリーンの足に地面の感覚が無くなった。
一瞬の浮遊感。
「へぁ?」
知らずのうちに間の抜けた声が漏れたグリーン。
着地の瞬間、アメは控えていたグリーンの腕を鷲掴んで引っ張り上げたのだ。
「君の守りたい者って彼のこと?」
「グリーン!!」
ピンクが手を伸ばすが、アメはグリーンを抱えたまま、瞬時に距離を取るように後ろへ飛ぶ。
「君、すっっごく軽いなぁ。赤ちゃんみたい」
「はな、せ……!」
腕を掴まれたまま暴れるグリーン。相手はびくともしない。
「んー神子だか何だか知らないんだけどさ、ピンクちゃんと遊ぶのに君は今ちょ〜っと、邪魔なんだよね」
「……あぅッ!」
ギリッと腕に爪が食い込まれ、ますます高く持ち上げられる。爪先が地面に着くか着かないかの位置で安定しない。
全体重を片腕が支えるような形になって、肩が外れそうだ。
アメが自分の上司の戦いぶりをチラリと横目で伺う。
「ちょうど良い。あっちで遊んでもらって来な、よ!」
——その言葉を最後に、グリーンの身体は再び宙に浮いた。




