45紛糾
黙って成り行きを見守っていた円卓から、ざわめきが起きる。
アルバートはこれまで、エドウィンに強く反発することは無かったし、エドウィンの王位継承については賛同の立場をとっていた。
あの弱腰王子が、牙を向いた。
驚きと興味、そして怯え。円卓を囲む面々からは、めいめいの感情が読み取れた。
(第一王子派は、枢機卿三人と貴族六人……。第二王子派は、枢機卿四人と貴族二人。数だけでは不利。でも……)
アルバートから、そう聞いていた。母が聖学者のアルバートに教会関係者の支持が集まりやすく、貴族との関係を重視するエドウィンに貴族からの支持が多い。
ニナはぐるりとその場を見渡す。
素知らぬ顔をして傍観を決め込んでいる数人は、強い方を見極めて、流れるだけ。自分の身が大事なのだ。
(彼らが第二王子派に流れてくれれば、まだ勝ち目はある)
「何を、馬鹿なことを……。私が何をしたと言うのだ」
狼狽は一瞬。エドウィンはすぐに立て直した。
「エドウィン殿下は、ニナに偽りを教え、魔獣が纏う黒い霧を祓う方法を教えましたね。ニナの聖魔力で黒い霧の魔力を鎮静化し、そして『散らせるのだと』」
ジークハルトは、淡々とエドウィンの策略を並べ立てる。
「そのせいで、黒い魔力は循環の輪にのり、テオパルド王国にやって来ました。ニナが聖女として活動し始めた頃から少しずつ、わが国を蝕み続けているのです」
「貴国が魔獣被害に苦しんでいることは同情するが、私にありもしない罪をなすりつけられても困る」
エドウィンは顎を上げ、言い放つ。まるで傷など一点もないという態度だ。
「じゃあ、私がこの国で魔獣の討伐とした時期と重なっているのはどう説明をつけるの?」
ニナは言う。
「あなたにとって予想外だったのは、私がランデル修道院を脱走したことでしょう?」
ニナを修道院に閉じ込め、監視の中に置く。社会とのつながりを切り、余計な情報を与えず、そうやって飼いならそうとしたのだ。
「私がいれば、聖モントローズ王国は安泰だし、他国に恩を売ることもできた。でも、私がテオパルド王国に行って、あの国の聖女として魔獣の討伐を始めたから、再び、この国では魔獣の被害が広がった。しかも、これまでとは桁違いの勢いで」
聖モントローズ王国では、社交や礼拝でしょっちゅう遠征が中断されていた。ニナも討伐に不慣れだった。
一方で、テオパルド王国では最優先課題として取り組み、ニナも熟練した聖魔法の使い手になっていた。
その結果、聖モントローズ王国に、テオパルド王国に滞留していた魔力が、一気に大量に流れ込むことになったのだ。
「ニナを取り戻そうと書簡を送ったが、テオパルド王国は相手にしませんでした。仕方ありませんよね、当然ニナは聖モントローズ王国を嫌っていましたし、何よりあの書状は無礼にもほどがある」
ジークハルトは、挑発するように小さく笑った。憐れむような表情に、エドゥインの頬に朱が差す。
散々ニナを無礼と罵っていたのは、彼なのだ。
「そして、ニナを力づくで連れ戻そうとしましたね」
「何のことだが。一方的な妄言は聞くに堪えない」
エドウィンは、鼻を鳴らして、ニナ達から顔をそむけた。
これ以上は話にならないと、そう態度で告げていた。
「実行犯から証言が取れています。聖モントローズ王国からの指示があったと」
「自分の身の可愛さに嘘を言っているだけだ」
「では、偽りを教え、悪戯に黒い霧の被害を広げたことはどう説明をつけるつもりですか?」
言い逃れを続けるエドウィンに、ジークハルトが食い下がる。
「私が教えたのではない。あれの教育役はアンテルス枢機卿が務めていた」
「わ、私ですか──!」
突然矛先を向けられたアンテルス枢機卿が、小さく飛び上がった。
部屋中の視線が、小太りの体を小刻みに振るわせる男に突き刺さる。
「なるほど」
とアルバートがあたかも納得したように頷いた。
「全ての元凶はアンテルス枢機卿ということですか。これは由々しき事態です。ローズ教の立場ある方が災いの火種を囲っておられたとは。教皇に厳格な処罰をお願いしなければなりません。枢機卿の罷免はもちろん、追放──。そうですね、兄上」
アルバートは、芝居がかった口調で、エドウィンに責任のありかを問いかける。
少なくとも、この場において魔獣の被害が何らかの策略の元で広げられたこと、聖女誘拐事件が発生していることは明るみになっている。責任の所在がどこかにあるのかだけが、宙に浮いたままだった。
「お、お待ちください!」
「──あぁ。そうだな。国外追放がよろしかろう」
エドウィンは、取りすがるように声を上げたアンテルス枢機卿を、冷たく突き放した。
ニナには、苦し紛れの責任の押し付けにしか見えなかった。
「私は、殿下に指示された通り聖女殿にお教えしたまでです!」
耐えかねたように、アンテルス枢機卿が叫ぶ。
「聖女殿を使い、他国の国力を削ぎ、国家の安寧につなげるのだと! 聖モントローズ王国が富み、教会が栄えるのに必要なことだと、そうおっしゃっていたではありませんか!」
「黙れ! 今更何を言い訳するつもりだ! 罪人の言うことに誰が耳を貸すのだ!」
エドウィンは、断罪する側の立場を崩さなかった。アンテルス枢機卿は目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にして声を荒げた。
「国を守り、栄えさせることが国を預かるものの責務なのだと……一時の苦難を強いることになろうと、繁栄の前には忍耐が必要なのだと仰ったではないですか。国に深く根付いたローズ教もまた同じ。ゆくゆくは教皇への後ろ盾をいただけると……。だから、私は……」
「貴様……!」
もはや、エドウィンは取り繕うことができなかった。
つかみかからんばかりの形相で、アンテルス枢機卿を睨みつけるのだった。
「失礼いたします──」
弾ける寸前の緊張を、取次の官吏の声が割く。
「どうしてもこの場で申し上げたいという者が……」
ニナとジークハルトは顔を見合わせた。ヨハンが間に合ったのだ。




