43第二王子の決意
「そんな……まさか」
一通りの説明を聞き終えた後、アルバートは絶句していた。
顔からは血の気が引いている。表情を取り繕うことも、出来なくなっていた。
だが、はっきりとした否定はしなかった。
(ひょっとしたら……アルバート殿下も、何かがおかしいと思っていたのかもしれない)
だとしても、アルバートはジークハルトと問い詰めることもしなかった。
出来なかったのだろう。
(彼が、第二王子だから……)
確かに、アルバートの母は身分の低い男爵家の出身らしいが、アルバート自身は王子の身分と王位継承権第二位の立場が許されている。
あそこまで、エドウィン相手に卑屈になる必要があるのか、ニナはずっと疑問に思っていた。
「兄上が、そこまでのことをするはずがない」
だが、アルバートは、この期に及んでもエドウィンの味方をした。
ニナは、肩を落とした。ニナとの婚約のためにエドウィンに食って掛かってくれたのは、あくまで自分達の間のことだけだから強気に出れたのだろう。
本来、アルバートはエドウィンと対立することを苦手に思っているのだ。
だから、ニナがエドウィンにどう扱われようと、魔獣の討伐が行われる間、表立って庇えなかった。
強く庇ってくれたのは、魔獣の討伐が終わってからだ。聖女としての役割を終えたニナだからこそなのだろう。
「エドウィン殿下が、功績に執着しているのはアルバート殿下もご存じでしょう?」
「だからと言って、他国に害を成すなんて……!」
未だに信じられない様子のアルバートに、ニナは言う。
「実際、テオパルド王国には被害が広がって、私を力づくで連れ戻そうとしたんです」
「聖モントローズ王国が常に危うい均衡で成り立つ国だということは、周知の事実です」
ジークハルトが、続いて口を開いた。
「他国を弱らせた上で聖モントローズ王国の安寧を確保する。それが成されれば、確かに聖モントローズ王国には今まで以上の平和と発展がもたらされ、エドウィン殿下は後世に名を遺す王になります」
アルバートはうなだれた。どこかで、心あたりはあったのだろう。
信じたくなくともそう思わせる行動を、エドウィンは今まで取って来た。
ニナに結婚すら許さず、修道院に閉じ込めようとしたのも、その証拠だった。
「兄上は……国を継ぐという立場を理解して励んでいた。あの態度もその重圧に応えようとするものだと思うと、理解できた。それでいて、私のことも弟として大事にしてくれた。どこからおかしくなったのか、わからないんだ」
アルバートは、青白い顔をそのままに、ぽつりぽつりと語り出す。
それは誰の話なのだろうと、ニナは思う。ニナが知るエドウィンの姿とは全く違う。
ニナの知らない時間が、確かにあったのだ。
「でも、いつからか、兄上は私を疎んじるようになった。何が気に障ったのか、未だにわからない。私はそれでもかまわなかった。私は所詮、側妃の……妾の子で、国を継ぐのは兄上。兄を支えるのが私の役目で、私が目障りだというのなら、せめて、煩わせまいとそう思っていた」
アルバートの遠慮は、結果エドウィンを助長させることになったはずだ。
エドウィンはなおさらアルバートをつまらないもののように扱い、アルバートは口を出せなくなっていたのだろう。
「だとしても、エドウィン殿下の態度は行き過ぎなのではないかと思うんです」
ニナは、そっと語り始めた。
「一方的に婚約を許さないのも、アルバート殿下を尊重しないのも……。 この話が本当なのだとしたら、民をも軽んじていることになります。苦しむ民を放置して、他国に災いを振りまくことを企むのも」
「そして、ニナに対する態度も」
暫く様子を見ていたジークハルトが、再び口を挟んだ。
「ニナに、災いの片棒を担がせた。誘拐までして強引に連れ戻そうとして、なにもかも、ニナが一人の人間であるということを置き去りにしていた」
「確かに、おっしゃることもわかる。でも……」
アルバートは悲しそうだった。信じたくない思いで事実を覆い隠そうとしているようにも見えた。
「王太子という立場があればの行動でもある。国の主ともなれば、個々の感情や尊厳、多少の傷よりも、大きなものを選ばなければならないものがある時も……」
「民よりも、舞踏会や礼拝をですか?」
「それ、は……!」
ニナの言葉に、アルバートはとっさの反論が出来なかった。
「この国では、貴族との協力で民と地を治めている。だから、そのつながりを、蔑ろにするわけにはいかないという兄上の言い分もわかる。ニーナには、気に食わないことだったのかもしれないけれど……」
アルバートは、やはり兄を憐れむのだ。ニナを憐れみ、エドウィンを憐れむ。
「殿下。殿下は私に結婚を申し込んでくださいましたね。哀れだから、と」
慈悲深いことは決して悪いことではない。ニナは傷ついたが救われた気持ちも、確かにあったのだ。
アルバートは、たとえ妾の子であっても国を継ぐための教育を受けたはずだ。ジークハルトがそうであったように。
「殿下の慈悲をありがたいと思いました。でも、悲しかった。哀れを受けるだけの私自身が」
ジークハルトは慈悲の正しい使い方を知っていた。
時に冷たく切り離すことも大切なのだと。憐れむべくして憐れむものを、間違えてはいけないと。
だが、アルバートはどうだ。
目の前にいる者ばかりを憐れみ、本来その気持ちを向ける相手を見失っている。
「殿下、その慈悲はどうか、民へと向けていただけませんか。私でもエドウィン殿下もなく、救いを待つ民へ」
ニナはアルバートを見据えた。ここでアルバートに動いてもらわなければならない。
それだけではない。アルバートが、慈悲という殻の中に閉じこもっているように思えてならなかった。
その中は、穏やかで心地よいのだろう。誰を害すことも、害されることもない。
でも、卑怯ではないか。
「私達は……怯えて、遠慮して何もできなかった……。しなかった。その結果が今のこの状態なら、取り返しのつかなくなる前に、止めるべきなんじゃないかと思います」
ニナは、意図せず傷つける側に回ってしまった。その償いを決着をするために戻って来た。
アルバートもまた、ニナと同じはずなのだ。第二王子が、知らなかったで終わらせるわけにはいかないはずだ。
ニナに、戻ってこなければよかったのに、と言ってはいけないのだ。
「私は、君を傷つけていたんだね。君だけじゃなく、民をも」
アルバートは、弱弱しい笑みを浮かべた。
一度顔を俯け、次にニナの目を見た時、その頼りなさは影もなくなっていた。
力強い光を湛えた目に、ニナは息をのんだ。
(こんな顔、するんだ……)
「議会を招集します」
はっきりとした声で、そう宣言する。
「聖女が国に戻られた。連れて行くといえば、私の招集も受け入れられると思う」
ジークハルトとヨハンが、息をつめてアルバートの決断の言葉を待っていた。
アルバートは二人に頷き、その決意を口にする。
「聖女の力を行使する代わりに、兄上の王位継承権放棄を求めます」




