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「平和になったら用済み」と追放された聖女は、隣国騎士と幸せを見つける。~なお、あの国は平和になっていなかったようです~  作者: 莉沙子
5章

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42湖畔の町アバナシーレイク

 アバナシーレイクの湖畔に佇むのは、湖を抱く白亜の城だった。

 翼を広げた白鳥を思わせる優雅な姿を好んだ数代前の国王が、自分の愛姫に与えたという話が伝わっている。

 その愛姫が、愛妾の娘であったことはあえて語られない。

 今、その居城を与えられたのがアルバート第二王子殿下であることが、この美しい城が持つ真の意味を示しているようだった。

 アバナシーレイクまでの道のりは約七日。

 物見遊山じみた順調な旅だった。事情を汲んだオリオール公国は最大限の便宜を図ってくれた。

 オリオール公国内では今のところ魔獣の危機はなく、上質な設えの馬車に揺られながら進み、国境近くの街で身なりを変えた。

 国境を超えると、空気は一変する。

 ニナ達は、身を奴して目くらましの荷物を荷馬車に積んで、国境を警備する兵の目をごまかした。

 アバナシーレイクには、直接的な魔獣の被害は出ていないそうだが、道行く人の澱んだ目や、荷物を担ぐニナ達を胡散臭げに見る目は、散々振り回された疲労が濃く滲んでた。

 城には、主の帰還を示す旗が立てられている。

 ニナ達はそれを確認すると、ひとまず宿に場を移した。

 一階に食堂がある庶民的な宿だ。部屋には板張りの床に寝台がおかれただけだった。そもそも長居するつもりはなかった。宿に到着するや否や、ヨハンは荷物に紛れ込ませたテオパルド王国の礼服に着替えた。

 外套を羽織り、宿を出たヨハンの懐には美しく装飾が施された筒に入れられた書状が隠されている。

 使者として面会に赴くのだ。

 ジークハルトの名前で書かれた書状には、聖女を伴っての面会依頼が認められている。


「お前の王位継承権の消失の手続きがまだ完了していないことが幸いだったな」


 そう、ヨハンが言う。

 第二王子が生まれ、ジークハルトの王位継承権の消失がほぼ確定だったが、国から宣言はされていない。

 かろうじて王位継承権は、ジークハルトの元にあった。肩書は立派な方がいいというヨハンの主張に味方した状況だった。


「本当に、大丈夫なのかな?」


 ジークハルトとヨハンの作戦は、作戦とも呼べない。正面突破である。

 嘘だと思われて追い返されないだろうかとニナは心配になる。


「心配いりませんよ。嘘をつくにしても、ここまで手の込んだことをする人間はいない。そもそも、聖モントローズ王国は、聖女の返還を求めている。聖女を連れてきたと言う相手はテオパルド王国の人間で明らかに身分がある。間違いなく、面会依頼は通ります」


 この際、不法入国なのは問われないだろうというのが、ジークハルトの言い分だった。

 その予想は正しく、ヨハンはすぐに承諾の返答をもって戻って来た。それも、ご丁寧に迎えの馬車まで伴って。

 ニナ達は、短い距離を馬車に揺られ、湖畔の城へと足を踏み入れた。

 アルバート第二王子は、応接室でソファに座りもせず、ニナ達を待っていた。


「ニーナ! ……本当に?」


 アルバートは、ジークハルトとヨハンが伴う女をまじまじと見ていた。

 無理もない話だ。ニナはこの国ではほとんどヴェールをかぶって過ごしていた。素顔を見たのは、数えるほどだろう。


「お久しぶりでございます。アルバート殿下」

「あぁ、本当に、ニーナだ! 無事でよかった。怪我は無かった? 川に飛び込んだと聞いてどれほど驚いたことか。あちらで不便はしていないか?」


 アルバートは、声で思い出してくれた。

 心底ほっとした様子で、矢継ぎ早に質問を繰り出す。近況を伺うものばかりだったが、それも出尽くすと、ふと表情を暗く強張らせた。


「どうして、戻って来たんだ? 戻ってくれば君は……」


 アルバートの質問は、ニナの気持ちに寄り添ったものだったけれど、国を預かる人間としては、聞き方が間違っている。

 ニナは、大きく息を吐き、気持ちを整える。

 アルバートのことを、慈悲深い人だと思っていた。

 ニナは今から、自分の気持ちを慰めてくれたものが持つ罪深さと、向き合わなければならない。


「その件でお話があります」


 ニナは質問に答えず、ジークハルトとヨハンに場を譲った。


「殿下。こちらは、テオパルド王国ブルメンタール公爵家のジークハルト様です。続いて、ヨハン様。ワルター伯爵家のご長男です」 

「これは……初めまして。突然のことに驚き、失礼をいたしました。」


 アルバートは、まるで初めて二人が目に入ったような態度で挨拶をした。


「アルバート殿下。まずは貴国を襲う不幸について、お見舞い申し上げます」


 ジークハルトが、礼を返し、挨拶もそこそこに本題に入る。


「貴殿は、その不幸が少し前までテオパルド王国を襲っていたものだと、ご存じでしょうか」

「詳しくは……ただ、話は伝わっています」


 アルバートは、気まずそうに目を逸らした。


「なら、その不幸が、あなたの兄上の策略の元、わが国にもたらされたということは?」

「え……」 


 突然明かされた事実に、アルバートが声を失う。


「そんなはずない。兄上が、まさか……」


 狼狽えつつもすぐさま否定するアルバートに、ジークハルトは落ち着いた口調で、言葉を重ねていく。


「話を聞いていただけますか。そして、もしその話に納得いただけたのなら──」


 聖モントローズ王国内だけの問題であれば、テオパルド王国は関与しなかっただろう。

 国民が苦しむことになっても、それは聖モントローズ王家が責任を負うことだ。

 ただ、今回の事態は明らかに他国を害する意図があった。


「私達は、あなたにこの国の主になっていただきたい。アルバート第二王子殿下」 


 エドウィンを国の頭に据えておくのは危険だと、テオパルド王国は結論を出した。


 ニナの過去と罪を清算すること。そしてエドウィンを王位継承権第一位の座から引きずり下ろすこと。  


 それが、この旅の目的だった。

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