41聖モントローズ王国へ
「聖モントローズ王国に行くだって?」
「えぇ。だから、ヨハンにも考えを……」
「じゃあ、俺も行く!」
ジークハルトはニナとフリッツを伴って、ヨハンの元を訪れた。
聖モントローズ王国に戻り、黒い霧の魔獣を討伐すると決めたのだが、具体的な方法は何も思いついていなかった。
まさか、要求の通り、聖女を返還するわけにもいかない。正式な国交を結んでいない以上、騎士を派遣するにも時間はかかる。
ヨハンにも何か方法を考えてもらおうと思ったのだが、話を聞くや否や、ヨハンは浮足立っていた。
「ヨハン……あなたは、また、一方的に。討伐になるんですよ。長期にわたってあなたが国を出るわけには」
「聖地に行けばいいんだ」
ヨハンは、そう断言する。
「ど、どういうこと?」
ヨハンの頭の中には、すでに解決への道筋が出来ているようだった。ニナは前のめりになって、続きを催促した。
「聖地は巨大な魔力だまり。魔力はそこに引き付けられ、同時に魔力を底上げする。黒い霧の魔獣が聖モントローズ王国に集まってるなら、聖地で底上げした聖魔力で広範囲に展開すればいい。逃げられないほどに」
ニナとジークハルトは顔を見合わせた。理に適っている。それなら、聖地にたどり着けさえすれば、最小限の人数で事態を治めることができる。
テオパルド王国の魔獣は、その後再び遠征の予定を組めばいい。
「聖地なんて一生かかって拝めるものじゃない! おまけに巨大な魔力だまり? 絶対に俺が行かないと!」
「研究報告書を作りに行くんじゃないんですよ。それに、聖地に行くことが目的なら秘密裏に侵入することになるんです。私とフリッツとニナを中心に、あと数人で……」
本来の目的を見失っていそうなヨハンを、ジークハルトが窘めた。
「なら、フリッツを置いて行こう! 大きいし声もでかくて目立つから」
「ヨハン様!? 俺をジーク様から引き離す気ですか?」
「それでもいいかもしれないですね」
「ジーク様まで!」
味方を失ったフリッツは、顔を青くしていた。
「ヨハンの言うことも最もですから。それに、風魔法使いの同行は願ってもない。短期間で往復できるなら、ヨハンの不在の負担も少なくて済むでしょう」
ジークハルトが納得してしまえば、フリッツに寄る辺は無かった。渋々といった様子で頷く。
「それで、潜入する伝手はあるのか? 策もなしに聖地には行けないだろう?」
ヨハンの疑問はもっともだった。それに関しては、ニナに一つだけ考えがあった。
「第二王子のアルバート様なら、手を貸してくれるかもしれない」
唯一、あの国でニナに優しくしてくれた人だ。
ただでさえ、聖モントローズ王国は再びの被害で混乱している。力を貸すと言えば、話を聞いてくれるだろう。
「今はちょうど、ローズ教の降臨節だから。きっと居城にいるはず」
降臨節は、ローズ教の典礼期間の一つだ。始祖神が降臨とされる日までの二週間、教会や居城で祈りの日々を送るのだ。
「戻っていれば、城に旗が立つから、行けばわかると思う」
「なるほど。第二王子の居城は?」
「北西の湖畔の町、アバナシーレイク」
それは、北の隣国オリオール公国にほど近い街だ。テオパルド王国とも国境を接している。
「なら、オリオール経由で入りましょう。オリオールとテオパルドは友好的な関係にありますから。オリオールの商人としての身分証明書を発行してもらえれば、疑われることなく入国できると思います」
ジークハルトはフリッツに外交官を呼ぶように指示した。一礼したフリッツが部屋を辞したのを確認し、ジークハルトはニナへ向き直る。
「あの国にも、ニナにも味方がいたんですね」
心から安心したような顔だった。
「と、いうか……その……」
その顔を見ると、いずれ明るみになる事実を隠しておけなくなった。
思いが通じ合ったばかりなのに、火種を生むようなことを言いたくなかったのだが、どうしようもなかった。
「プロポーズ、してもらった」
「は?」
ジークハルトの間の抜けた顔。
ニナは、新鮮な驚きとともに、その顔をじっと見つめてしまった。
次第に、その顔が強張っていくのを見て、ニナは慌てて続けた。
「結局、エドウィン殿下に反対されて婚約は成立しなかったんだけど、そのまま、修道院に放り込まれたし」
「それは、ニナがアルバード殿下を愛していたと?」
「そうじゃなくって」
ニナは困って眉を下げた。
「ただ……私がかわいそうだと思って申し込んだんだから」
誰かを愛する気持ちを知った今だからこそ思う。
あの告白は、ニナの自尊心をひどく傷つけるものだったのだと。
ニナは誰かを愛する気持ちを知ったのだ
「哀れですね」
ジークハルトが、短く言い放つ。
ニナは、自然と頭が下がってしまう。やっぱり、ジークハルトから見ても哀れだったのだ。他ならぬ彼に言われたのだから、余計に惨めになった。
だが、続いた言葉に、ニナはやはりジークハルトを好きになってよかったと思うのだった。
「本当にあの国の男達は見る目がない。本当に哀れです」
ジークハルトはニナではなく、アルバートが哀れだと言ったのだ。




