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「平和になったら用済み」と追放された聖女は、隣国騎士と幸せを見つける。~なお、あの国は平和になっていなかったようです~  作者: 莉沙子
4章

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40誰がための騎士

「ニナ、あなたは、いわば聖モントローズの道具でしかなかった」


 嫌な言い方をしますが、と前置きをして言う。


「使い方を誤った者こそ責められても、道具が悪いという者はどれだけいるのでしょうか。包丁とて、使い方次第です」


 ジークハルトは、力の抜けたニナの手に自分の手を添えた。温度を失った手のひらに、熱いほどの指が、掌が触れる。


「ニナ、あなたは自分の意志でこの国へやってきて、この国を救った。それは紛れもない事実です。ニナが成し遂げたことです」

「でも……!」


 でも? ニナは自分が一体何を言おうとしているのかわからなくなった。

 ジークハルトの言葉は魅力的だった。この国には、ニナを責める者はいないのだ。 


「結果として、ニナは自分の復讐を果たした。聖モントローズ王国は、あなたを蔑ろにしたことを後悔するでしょう」


 復讐。

 意図しないものだったが、ニナは自分の幸福を追い求めた結果、相手が自滅した。

 手を下さないままの復讐は、美しく清々しい──はずなのに、ニナの気は晴れない。


「この国では、ニナを大切にします。私は変わらず、あなたが幸せになる手伝いをします。それで終わりでもよいのではないですか?」


 いいのだろうか? 本当に?

 ニナは自問するが釈然としない。何も解決していないような気がする。


「国難はニナのおかげで乗り越えられる。宮廷舞踏会も次のシーズンには開けます。約束通りエスコートさせてください」 


 冷たいことをいいながらジークハルトはにこりと笑う。

 ジークハルトの言葉はニナに優しく、甘い誘惑に溢れていた。このまま頷いてみて見ぬふりをすれば、ニナは心地よくいられる。

 テオパルド王国は、ニナをとても大切にしてくれるだろう。軽んじられることも侮辱されることもない。

 でも、それで、それだけでいいのだろうか。


(許せない。絶対に許せない)


 その言葉は、ふつふつと腹の底から湧き上がってくる。


「駄目」


 ニナはきっぱりと言った。


「それは駄目」


(このままでは駄目。許せないのは──)


 エドウィンでも、あの国の貴族でも、人民でもない。 


「私は、自分が許せないの」


 ニナは自分の手を包む、ジークハルトの手を押し返した。

 その宝石じみた目をまっすぐと見つめる。


「騙された自分が許せない。あの時、従うしかなかった自分が許せない。利用されたままなのも許せない」



 恐怖から解放された今になって考えてみれば、何もかもジークハルトの言う通りだった。

 国難に社交に精を出すのはおかしいし、いくら国教だとは言え、些細な礼拝すら欠かさないのも宗教の意味を見失っている。

 そんなことに思い当たらないほど、ニナは自分を見失っていた。


「止めたいの。私が種になった災いを、全部」 


 だから、いいようにされたのだ。騙され、他国に災いを振りまいた。


「自分のせいだって嘆きたくない。呪いたくない」

「ニナ」


 ニナは覚悟を決めた。たとえ、ジークハルトが反対しても、ニナはいかなければならない。


「私、行く。聖モントローズ王国に行く」 

「わかりました」


 ジークハルトがしかと言葉を受け止め、力強く頷いた。


「必ず、ニナを守ります。私の聖女様」


 その言葉に、ニナは目を瞬いた。まるで賛成しているようではないか。それどころか。


「一緒に、きてくれるの?」


 ニナは恐る恐る聞いた。


「勿論」

「じゃあ、なんで行かなくていいなんて言ったの……」


 ニナはどっと体から力が抜けていくのを感じた。

 本心では、行くべきだと思っていたのではないか。あのやり取りは何だったのか。


「行かなくていいと思っていたのは私の本音でもあります。ニナを危険にさらしたくない。でも、ニナの本音がわからなかった」

「本心……?」 

「本心で嫌だと思っているのなら、私の言葉を受け入れるでしょうし、そうでないのなら拒絶するでしょう。一人だけで胸の内を整理できないことは、たくさんあります。ニナ、私達は語ってこそ胸の内を預けあったのではありませんか?」 


 じわじわと体の奥深くから溢れてきたものがある。

 それは、目じりの集まり、熱となって一筋零れ落ちた。


「一緒に聖モントローズ王国に行きましょう。ニナ」

「行っても、ジークの手柄になるかなんてわからないよ……」


 他国の問題に介入するのだ。危険が伴うのに、ジークハルトに利があると言い切れない。


「そんなこと」


 ジークハルトは事も無げに言う。


「私だって、ニナを好き勝手利用した上、粗雑に扱った王子が許せないのです」


 ニナの顔がくしゃりと歪む。ジークハルトの顔を見ていたいのに、瞳にたまった涙のせいで見えなかった。

 もう、これ以上我慢できなかった。

 この気持ちを、この人への気持ちを、胸にしまっておけない。


「ジーク」

「はい」


 呼びかければ律儀な返事がある。いつだって、ジークハルトは真摯にニナの言葉を受け止めてくれた。


「好き」


 ニナは両手で顔を覆いながら言う。恥ずかしくて、怖くて、でも嬉しくて。なのに涙が止まらない。

 次から次へとあふれ出てくる涙を、不格好に掌で拭いながら、ニナは続けた。

 好きでは足りない。愛しているだと、自分らしくない気がした。


「──大好きなの」

「はい」


 ジークハルトの返答は、たった二文字がだった。その声が、踊るように弾んでいる。


「知っています」


 ニナは思わずくすりと笑った。


「知ってる、の」 

「とてもよく。ニナ、あなたが教えてくれたんですよ」


 なんだ、知られていたのか。どれほわかりやすい態度だったのか。ニナはあまりにあっけない着地点だった。

 ジークハルトは、ニナの手をそっと取り、顔から退けさせた。

 笑い返すジークハルトの表情が、まるで思いがけないことにはしゃぐ少年のようだった。

 ニナは、その初めての表情を、とても可愛いと思ったのだ。

 これだけ好きでも、長く過ごしたつもりでも、まだまだニナの知らない顔がある。


「ニナ」

「何?」

「好きですよ。私の心は貴女のものです」


 これから知っていけるのだと思うと、同じ気持ちを返されると、こんなにも幸せで、息が詰まりそうになる。

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