35廃教会での乱戦
盗賊の男の体を、蔦が這う。まるで自らの意志を持って締め付け、身動きを封じた。
「ニナ! 無事ですか!」
「拘束しろ! 他に仲間がいるかもしれん! 注意しろ」
駆け寄ってくるジークハルトが、ニナを助け起こした。同時に、フリッツ達数人の騎士が駆け込んでくる。
「ジーク……!」
ニナは矢に盾もたまらず、ジークハルトの首にしがみついた。
ジークハルトの腕が、しっかりとニナを抱き返してくれる。包まれるような大きな体と力強い腕に閉じ込められて、ニナはやっと安心できる場所に帰って来たのだと思えた。
(やっぱり、私にはジークしかいないの……!)
一方通行だとしても、確かな気持ちだった。
「ニナ、怪我を?」
ジークハルトは、体を離し、腫れた頬に優しく掌をあて、切り傷だらけになったニナの手首をいたわるように撫でた。
ニナは首を緩く横に振った。
「大丈夫、大したことないから。でも、どうして場所がわかったの」
「先日の調査で、悪戯の可能性も考え、怪しい動きのある場所も目星をつけていたんです。隊を分けて、そのいくつかに調査に出て。私があなたを迎えに来れたのは、幸運でした」
「ジーク様!」
狼狽したフリッツの声。ぱちぱちとはぜる音と熱。そして橙色の光。
ジークの草の鎖が、火魔法に焼かれていくところだった。
火魔法だ。なら、あの宿での火事騒ぎもこの男の仕業だったのだ。
「魔法師はお前だけ。しかも草魔法。幸運は俺のほうだ……」
盗賊の男は、不敵に笑う。
「構えよ!」
ジークハルトの号令。騎士達が剣を構える。
「お前がどれほどの魔法師でも、王宮騎士相手にどこまで出来ると思っている! 宿に不振な火事を装った時点で、火魔法使いであることは計算済みだ。ひるむ我らと思うな!」
フリッツの威嚇にも、男は動じた様子はなかった。
「相手が俺一人であれば、な!」
まるで図ったようだった。
どうっと盗賊の仲間らしき男たちが、雪崩れ込むように押し入って来た。その数、騎士の倍近くもある。
迎えだという仲間が到着したのだ。
「ニナ、下がって!」
ジークハルトはニナを下がらせ、自らの魔法を展開した。盗賊たちの足に草が絡みつき、隙を作る。騎士達が切りかかるが、切っ先が届く前に、地面を火花が這う。
拘束から解放された盗賊たちは、めいめい近くの騎士達に襲い掛かった。
「ジーク!」
「心配しないで。ニナ。相性の悪い相手など、よくあることです」
数の利で押し切ろうとする盗賊に対して、騎士は防戦一方だった。
何より、ジークハルトの魔法相性が明らかに悪いのが、状況を追い込んでいた。
騎士達は助太刀に入れず、ジークハルトの魔法は片っ端から燃やされる。
(何か……どうにかしないと……)
ニナは危機感を募らせていく。ジークの額ににじんだ汗も、微笑みを作る余裕もない表情も、言葉を裏切るものだった。
ジークの魔法展開は、これまでと比べて圧倒的に威力があり、素早かった。
よほどの魔力を使っているのだろう。だが、相手もかなりの使い手だった。廃教会の中は瞬く間に男の生み出す火の熱に埋め尽くされていた。
「はは……! 王都の騎士様相手だと、一層燃えるぜ!」
優位に立っていると自覚しているのだ。盗賊は興奮していた。
(聖魔法……活性化と鎮静化する)
ニナにはそれしかできない。それで少しでも楽になるなら。
「ジークハルト……!」
ニナは、ジークハルトを呼ぶ。ちらりと見た彼が、ニナの意図を察する。
(相手の魔法を鎮静化して、ジークの魔力を活性化させる!)
ニナは膝をつく。祈るように手を組み合わせた。
自分の中で魔力を練り上げていく。相性がある。少し鎮静化させるだけでは足りない。もっと瞬間的に相手を封じられるような。
(もっと……)
自分の中で想像を膨らませる。ニナはいつも、自分の魔力で抑え込む様子を想像する。
そして、散らせるのだ
(そうじゃなくて、もっと……包んで、抑えて……完全に止める……消す!)
魔力が、出口を求めて迸る。その瞬間。
「え……」
全身の鳥肌が立った。
魔力がニナの予想よりをはるかに上回る威力で発動したのだ。
内にたまっていた魔力が、放出する寸前に膨れ上がった。爆発するように悉く周囲の魔力を巻き込んで、作用する。
ジークハルトの草魔法は、森を作るがごとく茂り、男だけでなく、盗賊たちを押し流していく。男の魔法は「完全に停止していた」
ニナは、膝をついた状態で茫然としていた。
一体何が起こったのかわからない。
(そこまで……するつもりはなかったんだけど……)
「ニナ……助けてくれてありがとうございます」
声をかけられて、ニナは我に返った。
教会の中に突然発生した森に唖然としていた騎士達もようやく動き出した。
木を伐り、枝を落とし、盗賊を引っ張り出そうとしているのが見えた。
ジークハルトはニナを助け起こして礼を言う。
「やはり、あなたは私の聖女様だ」
ニナは、ジークハルトの手をすがるように握った。
起き上がる前に俯き、瞬きをする。そうすれば、一筋だけ涙が頬を伝った。
「ジークハルトは……間違いなく私の騎士ね。ちゃんと助けてくれた」
けれど、とジークは惨状を見る。
「少し、やりすぎのような気もしますが」




