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「平和になったら用済み」と追放された聖女は、隣国騎士と幸せを見つける。~なお、あの国は平和になっていなかったようです~  作者: 莉沙子
4章

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33廃教会にて

「急いでここを離脱しなければ……。迎えはまだなのか?」


 鼓膜を揺らす甲高い声に、ニナは目を覚ました。


「は、早くしなければ──王都の騎士がいるのだぞ!」


 怒鳴る声。叩かれたようにびくりと体が震えた。そのまま飛び上がりそうになるのを、ニナは寸前のところで堪えた。

 うっすらと目を開く。視界のぼやけを、瞬きをして振り払う。吐息をこぼせば、口元で巻き上げられた砂が、鼻にあたってくすぐったかった。


(ここ……どこ?)


 意識を失う前の失態を思い返し、ニナは頭を抱えたくなった。

 抱えたくても、両の手も足も後ろで拘束されていて、身動き一つとれなかったのだけれど。

 なんと不用心。情けない。ジークハルトには注意されていたというのに。

 せめて事態を把握したいと、ニナは視線だけをあちこちに走らせた。

 目の前に、一段の段差がある。そろそろと目線をあげれば、祭壇があった。小さいながらも凝った作りだった。

 そこに掲げられた像や象徴に見覚えがある。


(教会……?) 


 ただし、祭壇に掲げられた象徴は傾いており、木に象嵌された薔薇飾りは剥がれ落ちていた。まるで、打ち捨てられたような風貌だった。

 窓板が閉じられているのか、教会の中は薄暗い。板の隙間から差し込む光が、土埃まみれの教会をわずかに照らしていた。

 太陽の色からすれば、夜はすでに明けているのだろう。


「だから、急かしなさんなって」 


 また、別の声がする。ニナは息をひそめて、言葉と声をしかと耳に焼き付けようとする。


「そう。王都の騎士がいるから、慎重にならないといけないだろう」


 大らかで余裕を感じさせる声だった。恐れ知らずな若者独特の軽さと張りがある。


「だからといって、悠長にしている時間はない!」


 もう一方の声は、 上ずっていて、ところどころ裏返る。

 怯えで揺らぐ声だと気づけば、その声の主が肝の小さい大人の男であることに気づくのに、時間はかからなかった。


「こんなことが知れたら……私の地位はどうなる」

「地位って」 


 はっと若い男が鼻で笑う。


「俺たちにあんたの地位が知れるとでも? あんたが誰かも知らないのに?」

「煩い!」 

「おいおい……大声を出すと起きるぞ」  

「だ、黙らないか! もし聞かれたら……」


 気配が近づいてきた。ニナは目を閉じる。寝息のような深い呼吸を意識したが、吐息が震えているような気がしてならなかった。

 もし、ばれたら──


「まだ寝てるじゃないか。ぐっすりだ」


 ニナの心配は気鬱で終わった。若い男は、ニナを少し覗き込んだだけで判断した。


「余裕をかまして……。な、何かあったら、お前のせいだからな!」

「──何かあったら、俺もあんたも運命は同じだ。聖女様を拉致するなんて。大罪に違いない」


 若い男の声は、突然、低くて深いものになる。

 ニナは息をのんだ。

 ほとんど同じ時に、男が言葉に詰まるのを感じた。


「急がなくても、万事整えている。行商人の一団に扮した俺の仲間がこの娘さんを連れていく。間違いなく聖女様をさらったと確認した後、あんたは何食わぬ顔でこのまま消える。俺に報酬を渡して、な。俺たちは聖モントローズ王国に行く。それだけだろう」

 

(──聖モントローズ王国!)


 ニナはどくんと体中の血が大きくはねたように感じた。

 聖モントローズ王国から、ニナを返すようにと通達があり、断ったばかりだった。

 この短時間に、力技に出てくるとは思わなかった。エドウィンの指示なのか。

 なんにせよ、絶対にこのまま連れていかれるわけにはいかない。

 後ろ手に拘束された手のひらに汗がにじんでくる。


「報酬さえもらえれば、俺たちはきちんと仕事をこなす。罪の重さに見合う報酬が約束されているんだから」

「あ、あぁ……」 


 若い男の声は、ことさら柔らかくなる。緩急差に、振り回されているようだった。

 若い男の方が、何倍も上手なのは明らかだった。

  

「旅費を兼ねて前金を半分もらうことになっている」

「それは、もちろん」


 ざりざりと足音がする。室内だというのに、土を踏んでいるような音だった。

 金貨がこすれる音が聞こえてきた。


「お、首飾りななんてしてるのか。いいものじゃないのか? 銀か? 何の模様だ?」

「やめないか! これは……!」  


 今度はもみ合うような音が聞こえてくる。布ずれの音に金属の鎖が絡みつくような音。


「あぁいや、ちがうか……ただのメッキか」


 舌打ちをする音がする。


「メッキ程度で偉そうに」

「お前、これが何か知らないのか……! これだから田舎の盗賊風情は……!」 

「その田舎の盗賊風情に頼ってびくびくしている身が情けないな」

「あ!」


 どさっと重いものが地面に落とされた。

 おそらく、若い男がもう一人を突き飛ばしたのだ。その音にまじって、もう一つ。 

 からん、と軽いものが地面を転がる音がした。


「そんな……。あぁ、この暗がりでは……瓦礫にまじって……」

「どうせここには人なんてこない。俺たちが行った後にゆっくり探せばいい」


 男は苛立っていたが、時間をかけて失せものを探すより、このままこの場にいることの方が嫌だったらしい。

 足音から、後ろ髪をひかれているのがわかる。けれど結局、男はそのまま去っていった。


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