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「平和になったら用済み」と追放された聖女は、隣国騎士と幸せを見つける。~なお、あの国は平和になっていなかったようです~  作者: 莉沙子
4章

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32不審火

 異変が起こったのはその日の夜のことだった。

 ニナは、鼻と咽を襲った痛みで目を覚ました。ぱちぱちと瞬きをすれば、刺激を受けた目が生理的な涙を流す。


「げほ……!」


 毛布を跳ね上げ、体を起こす。無防備に吸い込んだ空気が喉を突き刺して、ニナは咽かえった。

 毛布で口を塞ぎ、涙が滲む目で周囲の様子を伺う。視界が曇っている。目をこすりもう一度。

 ニナの目が汚れているのではない。煙だ──!


(火事……!?)


 そう気づいた途端、ばたばたと慌ただしく廊下を行き来する足音と大声が聞こえる。

 ニナは姿勢を低くして毛布で口をふさぎつつ、引きずりながらドアへと近づく。体ごともたれかかるようにドアを開けた。


「ニナ!」


 同時に、向こうからドアを引きあけられて、ニナは廊下へ引きずり出されてしまった。


「あ、すまない……!」


 フリッツだった。寝間着らしい軽装の状態で、ぼさぼさの髪をそのままにして佇んでいる。

 いつも身だしなみを整えている彼にしては珍しい姿だ。


「何、何が起こったの……?」

「わからない」 


 フリッツはニナを助け起こすと、ニナがひきずって来た毛布をニナの頭にかぶせた。そのまま口を塞いでいるように言う。


「気づいたら煙が充満していた」 


 ニナを建物の外へ誘導しながら、説明してくれる。


「火事なんだろう。今、火元の確認をしている」

「ジークは?」

「宿の支配人たちのところへ。事態の把握が必要だ」


 火が回る前に気づけたのは幸いだった。

 燃えにくいものの近くで発火したのか、煙こそ大量に回っていたが、熱はまだ感じなかった。

 廊下を走っている間に、騎士達と合流できた。

 宿の従業員と一緒に一般市民の避難を誘導している。外に出ればすでに避難を終えた市民と騎士達がいた。この様子では、逃げ遅れた人はいないようだ。

 外に出ると、建物が黒い煙に包まれているのが見えた。


「火元はどこなんだ?」

「台所か?」

「ランプが燃えたのかも」


 宿泊客たちはめいめいに不安を口にしている。

 火元が見えないまま、建物が煙に包まれているのは、異様な光景だった。

 首を伸ばし、少しでもその光景を見ようとする宿泊客たちを、騎士達が囲むようにして押しとどめている。  


「俺は、ジーク様のところに──。エミール!」

「はい!」

「ニナ……様を頼む」


 輪の中から、若い騎士が抜け出してきた。ニナをエミールに預けて、フリッツは建物の横に回り込むように走っていく。

 ニナのいる場所からは、ジークハルトがどこにいるのか、わからなかった。

 ニナはそっと毛布を胸元で掻き合わせる。フリッツが居場所を把握しているというなら、無事なのだろう。


「あ! おい、あっち! すごいぞ!」


 宿泊客がわっと声を上げる。直後、熱気が立ち上がった。

 ニナも宿を振り仰いだ。火柱が立ち上がっていた。

 夜空を焦がそうとする様子に、人の輪が崩れる。 


「あ! その場から動かないで!」


 野次馬と化した宿泊客が、騎士ともみ合いになる。


「聖女様! こちらへ!」


 後ろから声をかけられて、ニナは騒動から目を離せないまま、一歩二歩と声の方へと足を動かした。

 直後。

 痛いほどの力で腕を引かれ、ニナは後ろ向きに引きずられてしまう。


「な……!」


 悲鳴を上げかけた口を塞がれる。そのとたん、力が抜けていくのが分かった。


(薬……。連れていかれる……)


 事態に気づいたところで遅かった。膝に力が入らなくなり、ニナは崩れ落ちるように膝をついた。 

 薄れていく意識の中、ニナは自分の愚かさに気が付いた。

 騎士達は、ニナを聖女と認識していながら、聖女とは呼ばない。

 ニナ様と呼ぶのだ。

 他ならぬ、ニナがそう望んだから。

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