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「平和になったら用済み」と追放された聖女は、隣国騎士と幸せを見つける。~なお、あの国は平和になっていなかったようです~  作者: 莉沙子
4章

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33/50

31夜とワルツを

 ニナに割り当てられた部屋は、凝った調度がそろった立派な部屋だった。

 猫足のテーブルや、花柄の絨毯、柔らかなベッドには、絹のカバーが掛けられたクッションまでおかれている。ガレオンが気を使ってくれたのだろう。そもそも、宿もかなり大きなものなのだ。

 ニナは、部屋を堪能する間もなく、猫足のテーブルに突っ伏しながら唸った。


(歩きながら考え事したいけど……外の空気を吸いたいけど……駄目だよね) 


 気を揉むことが多すぎる。

 もたらされた情報が嘘なのだという。なら、目的は何なのだ。

 悪戯で済めばいいのだが、悪意があるのなら、この先何か良くないことが起こる可能性があるのだろう。

 調査は、同行している騎士や遠征の具体的な内容を指示したヨハン、あるいはガレオンの領分である。

 何もできないまま、起こるか起こらないかすらわからない沙汰を待ち続けるのは、気持ちが疲弊していく。 


「ニナ、起きてますか?」

「はい!」


 ノックと共に声が掛けられ、ニナはベッドからがばりと体を起こした。

 身だしなみを整えながらドアに向かう。

 ドアノブを掴もうとして、髪がまだ乱れているような気がして、ニナはしつこく手櫛で整えた。

 ドアを開ければ、ジークハルトがいた。鎧は外していたものの、騎士服のままの姿だった。 

 ニナはジークハルトの姿を見てほほ笑んだ。自然と甘い表情がこぼれてしまうのだ。


「外に行きたいんじゃないかと思って。落ち着かないですよね」

「どうしてわかったの?」 


 ニナは目を丸くした。


「初めて会った時もそうでしたから」


 ジークハルトは、驚くニナに笑いかける。


「外に散歩に行こうとして、フリッツとにらめっこをしていた」

「思い出すと、ちょっと恥ずかしい……」 


 ニナは顔を両手で覆った。

 あの時は、フリッツとのお互いの印象は最悪だった。どんな顔をしていたのか思い出せないが、きっと不細工な表情を作っていたに違いない。


「本当に外に出ていいの?」


 ニナは、指の間からそろそろとジークハルトを伺った。


「中庭を囲む回廊があります。そこまでならお供しますよ。私が外側を歩くので、それでよければ」


 その状態であれば、眺めは遮られるが、安全は確保できる。 


「お手をどうぞ。ニナ」 


 ジークハルトは柔らかく促す。

 ニナはゆっくりとエスコートに応じるように手を差し出した。

 その指先を、ジークハルトはきゅっと握る。同じだけの強さで、ニナは心臓が握られたように感じて息苦しくなった。


 宿の庭は、いつか、ジークハルトと散歩をしたヒューシュフルツの宿の中庭と比べれば、こじんまりとしていた。正方形に区切られた場所は三階建ての建物で囲まれていて、出口が一か所しかない。開けているのに窮屈な場所だった。

 小さな四阿と花が咲く花壇。椅子とテーブルが、狭い中庭にぎゅっと配置されていて窮屈に見える。

 昼であれば太陽の光が注いで明るく開放的に見えたかもしれない。

 あの席でお茶会をすればきっと心地よいだろう。

 だが、夜闇の中ではただ重たく沈んで見える。

 その様子に、ニナは胸がざわつくのを感じた。庭が陰鬱な様子だからだけではない。 


「脅すようなことを言ったから、心配になってしまったんですね」

「少し……」

「言ったでしょう、ニナ」


 ジークハルトはニナの顔を覗き込む。その距離の近さに、ニナは思わず顔を仰け反らせてしまった。


「私はあなたの騎士です。ニナ。何があっても守ります」

「ジーク、あの……!」


 距離の近さに緊張してうまく喋れなくなる。ニナの返事を待たずに、ジークハルトは言った。


「起こっていないことを気にしても仕方ありません。何か楽しいことを考えましょう。ニナ」

「え?」

「魔獣の件が解決したら、やってみたいことはありますか?」 


 ニナは、唐突に外れた話題の矛先に翻弄されて、素っ頓狂な声を上げてしまう。


「言いましたよね。ニナ。私はニナが幸せを見つける手伝いをするのだと」


 ジークハルトは、すっと目を細めて暗く沈んだ庭へと目線を投げかける。

 ニナと同じように、太陽の光を浴びながらあの場所で過ごす時間を、想像しているのかもしれない。


(もし──あの場所でジークハルトとお茶が出来たら……)


 それはとても心躍る想像だった。


「結局これまで、約束を曖昧なままにして、楽しい思い一つさせてあげていないような気がします」

「そんなことない」


 ニナは強く否定した。


「一緒に街を歩くのが楽しかったし、花をもらったのは嬉しかった 。服を見るのも馬車で一緒に話すのも」

 ジ

ークハルトに気持ちが向かっている今だからこそ、思い返せばどれもこれもかけがえのない時間だったように思う。


「私もニナに何かしたいのですよ。欲しいもの、行ってみたい場所、見てみたい場所、なんでも──」


 ニナの胸が、忙しなく動き出す。

 ニナのうぬぼれでなければ、ジークハルトはニナがこの国で聖女としての役目を終えた後のことを、約束をしようとしてくれているのだ。 

 この国が平和になれば、街にももっと活気が戻る。もう一度王都を一緒に歩いてみたい。

 社交界だって──。

 そこまで思って、はたと頭にひらめくものがある。


「……舞踏会に出てみたい」

「舞踏会?」

「おかしいよね、ごめん」


 ニナの頬に体温が昇る。


「ただ、聖モントローズ王国では、一度も踊ったこともないし、料理だって食べたことないから」


 段々恥ずかしくなってきて、早口になってしまう。

 下世話な理由だ。

 社交界は、きらびやかな見てくれに隠された、人間関係と腹の読みあいの場だ。そこに、無邪気に料理とダンス目当てで行ってみたいなんで。 


「いいえ、全く。ニナもうら若い乙女ですから。華やかな場も美しいドレスも音楽も、心惹かれることでしょう」

「お、おとめ……!」

「ただ、少し意外に思っただけです。いい思い出がないようでしたから」

「いい思い出がないから、一度行ってみたい」


 聖モントローズ王国で、踊ることも許されず、エドウィンの後ろで微笑みを張り付けて、佇んでいるだけだった。

 花弁のように揺れるドレス。香しい匂いを放つ料理。シャンデリアの光を跳ね返す宝石。ニナには無縁だった。

 行ってみたい。踊ってみたい。今度こそ、光の当たる舞踏場で。


「きっと宮廷舞踏会が開かれます。そうしたら、一緒に踊りましょうか」

「本当に?」


 ニナはぱっと表情を明るくした。振り仰いだジークハルトが、目を細める。

 まるで愛おしいものを見つめるような目に、ニナの体は甘く痺れた。

 どうして、そんな目をするのだろう。ニナはジークハルトから目が逸らせなくなった。

 愛を語り合ったわけではない。現実的で下心を打ち明けあっただけなのに。


「えぇ、きっと。ニナの最初の舞踏会の相手に立候補させていただきたいのです」 

「勿論、うれしい……」


 ニナの気分はすっかり上向きになっていた。  


「少し気分が紛れましたか?」

「あ……!」


 すっかり見透かされていたのだ。  


「部屋まで送りましょう。ゆっくり休んでくださいね」 


 ジークハルトの見送りを受けて、夜の挨拶をして、ドアを閉めて。

 部屋の中が静かになると、ニナの頬は途端に緩む。


 確かワルツは──


 ワルツの足取りを思い描き、部屋の中をくるくると回る。

 鏡のように磨かれた床に、シャンデリアのあかりを浴びて、彼と並び立つ自分を想像して浮足立ち、同時に、そんな自分があまりにもちっぽけでみっともなく思えた。

 足が止まる。その途端、夢の中の舞踏場は、板張りの床のそっけない宿の静かな部屋に戻ってしまう。

 恋をしたのだと、はっきりと自覚した。

 優しくされると、うれしくて、見つめられると恥ずかしくて──どうしようもなく悲しかった。

 ニナは、ジークハルトにとって手柄をもたらす聖女だ。

 だから、彼は大切にしてくれるだろう。

 だが、それは、聖モントローズ王国と決定的に扱いが違っているのに、手駒になるという意味では根本的には同じなのだ。

 自分で選んだ分、ニナの痛みは深かった。

 

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