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「平和になったら用済み」と追放された聖女は、隣国騎士と幸せを見つける。~なお、あの国は平和になっていなかったようです~  作者: 莉沙子
4章

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30策略の街

 目的の街に到着したのは、翌日の昼前だった。

 予定よりも早い到着で、休む間もない遠征だと言うのに騎士達の気迫が感じられると言うものだ。

 馬車は、ガレオンが手配してくれた宿の厩舎近くに止められた。


「どうぞ──ニナ」


 ジークハルトがニナに手を差し出す。ニナはその手を借りて馬車を下りようとした。

 彼の掌に自分の指先を預けた瞬間、その指先はきゅっとかすかな力で握りこまれた。


「──!」


 ニナはその温度とやわい力に驚いてジークハルトを見た。

 ジークハルトの若草色の瞳が、あたたかな温度を湛えてニナを見ていた。まるで、春の野のような。


「あ、ありがと……」


 ニナはもごもごとお礼を言いながら、ジークハルトから視線を外し、自分のつま先を見ていた。

 そうでもしなければ、段差を踏み外して落ちてしまいそうだった。

 地面に降り立ち、ジークハルトの手は離れていくはずだった。それなのに、指先を包む温度は消えない。

 ジークハルトはニナの手を引いたまま歩き出したのだった。


「ジーク……! ジーク! 手!」


 ニナは目を白黒させた。語彙を失ってしまった。


「何か?」


 何か問題でも、という視線で問い返されて、ニナは言いよどむ。

 問題があるわけではない。ジークハルトはニナと約束をした。騎士として守るのだと。

 だとしても、いきなりこんな態度をとれば、周りがどう思うのか。


「ジーク様、周囲の目があります。聖女だからとニナを必要以上に構うのはおやめください」


 目ざとくフリッツがやって来た。ジークハルトを窘めているのに、彼はニナだけを睨み下ろしていた。


「ニナ、お前もジーク様の立場を考えることだ」

「何も間違っていないですよ」


 ジークハルトがからりと笑う。


「私はニナの騎士ですから」

「はぁ!?」


 ジークハルトの言うことは、間違いではない。

 ジークハルトを始めとした騎士達は、魔獣を討伐するとともに聖女たるニナを守る役目を持つ。つまり、ニナの騎士でもあるのだ。

 だが、こうして公言することで、別の意味にとる人間がいないとは限らない。


 この国で少し前に大流行した劇で、こういう話があったそうだ。

 カリーナに聞いたことがある。


──私は貴方の騎士。未来永劫その名誉をお守りしましょう──


 騎士を自称する男は商家の次男坊で、騎士の誓いを受けた女は貴族の妾の生まれであるが庶民のお針子にすぎなかった。

 盾となり剣となり、騎士の如くあなたを守る、という意味のプロポーズなのだそうだ。

 その影響で、戯曲を真似たプロポーズもまた流行した。今では騎士と宣言することがプロポーズという文脈でとらえられることがしばしばあるらしい。

 つまり、ジークハルトの台詞は、大変紛らわしいものなのである。


「おい、ニナ……」

「違う、違う……」


 地を這うようなフリッツの声! 


 ニナは震え上がった。今までに聞いた怒鳴り声よりも恐ろしい。 

 そういう意味ではない。ニナはジークハルトに手柄を渡すために努力して、ジークハルトは聖モントローズ王国での事情を知った上でニナを守る。その合意がなされたという話なのだ。


「ニナ、宿で少し休みましょう」

「ひょえ……」


 ジークハルトがニナの手を強く引いた。

 肩がジークハルトの胸にぶつかる。そっと反対側の肩を包む手があった。


「ジーク様!ですから、節度を……!」 

(待って……! 待って、待って)


 ニナの気持ちが、ジークハルトへ傾いていることは否定しない。 

 だからと言って、この態度にニナは喜ぶどころか混乱するしかなかったのだ。

 ニナは、必死に昨晩のやり取りを思い出すが、何もおかしなところはなかったはずだ。

 いたって自分達は真剣だった。ニナがジークハルトを慕っているのは確かだが、別に愛を確かめ合うような場でもなかった。

 

(どうしていきなりこんなことになるの?)

  

 いつもは頭に響くフリッツの声も、この時は曖昧にしか聞こえてこないのだった。    

  

 




「被害が見当たらない?」


 ジークハルトの怪訝な声が、広間に響いた。

 最初に様子がおかしいと思ったのは、受付で宿の支配人が対応した時だった。


「こんな何もない街に騎士様が大勢いらっしゃるなんて──。近くで討伐でもあるのでしょうか?」


 人的被害が出ていると聞いているのに、あまりにも呑気な態度。

 勿論、支配人が知らないだけの可能性もある。

 ジークハルトは人員を幾つかに分け、聞き込みや街の周囲の状況把握へ向かわせた。

 暫くして戻って来た騎士達の報告に、ジークハルトは眉を顰めたのだった。


「どういうことですか? 人的被害が出ているとまで聞いていたんですが」

「そのはずなんですが……療養所にも確認をしたのですが、魔獣に襲われたような被害者を治療した覚えがないと」


 別の騎士が、口を開く。


「作物や畜産への被害も確認できません。確かに、被害はあると言えばあるのですが、直近の魔獣が影響だったようには思えません」


 ジークハルトは、次々と騎士の報告を促す。その後に続く報告も、平穏な街の状況を裏付ける証拠でしかなかった。


「──と、いうことは偽情報を掴まされた可能性があるということですね」


 ジークハルトは、重々しい口調で言う。


「兄上に確認できればいいのだけれど……。このまま一旦戻った方が早いですね。残念ながら、風魔法使いが同行していないので」

「しかし、ジークハルト様……」


 騎士の一人が、おずおずと申し出た。


「ブルメンタール領でも、休息が十分ではない。夜を跨いでの行軍のため、馬の疲労がたまっています。このまま取って返すのは負担が大きいかと」


 ニナは申し訳なくなる。ニナの我儘のせいだ。


「一泊の後、戻りましょう」


 ジークハルトの決断は早かった。


「情報が偽物だったのか、何か齟齬があったのか。いずれにせよ、一度戻って兄上に確認する必要があります」


 ニナ、とジークハルトがニナに向き直った。


「念のため、一人での行動は控えてください。夜はできるだけ部屋から出ないように」    

「えっと、それは……」


 嫌な予感がニナの頭に湧き上がる。


「何かの理由で、おびき出された可能性もないとは言い切れない──聖女は歓迎すべき存在であると同時に、何らかの理由で疎ましく思うものもいるはずですから」

 

 

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