17 おしめではない、装備だ
半日ほど歩いていると、乾燥気味だった景色が変わる。再び木々が生い茂る緑豊かなものへと変化する。
そして、大きく拓けた川沿いへと出る。オグの一声で、まだ昼間だというのに、ここで一泊することが決定した。
「へへへへ、実はずっと気になっていたんだよね」
オグはさっそく冷凍庫のハンドルを回し、中から凍ったイエロロ果実を取り出す。窓を作っている合間に、糊用としてとりあえず冷凍庫に保管していたものをそのまま持ってきたのだ。
黄色い大きな果物を半分に割り、中の固い種を取り除く。甘い香りに包まれながら、果肉を鍋に入れてグツグツと煮詰めていく。イエロロ糊は、イエロロ果肉の成分に熱が加わると変化するそうだ。糊は濃厚で水にも溶けないらしい。
ギュゥゥウウイ
ずっとオグの懐に隠れていたチビモンスターもやっと満足に足が伸ばせて嬉しいのか、短い足で楽しそうに走り回っている。
オグにくっついていた間、一切悪さはしていない。完全にではないが、俺もシアンも少しだけ、このモンスターを超危険生物からちょっと危険生物へと格下げした。
「お腹空いたね。枝も食べていたし、種は食べるかな?」
食べ物でもないものを、なんでもそいつに与えるな。
だが俺の思いは空しく、オグはその硬いイエロロの種をモンスターの骨ばった小さな手の中に入れる。そしてモンスターは、それを躊躇なく口に入れた。
ガリッ ガリガリガリ
「食ってるよ……」
聞いているだけで歯が痛くなりそうな音を立てて、モンスターはその硬い種をガリガリと噛み砕いていく。流石にそいつにも硬いのか、黒い唾液がヌチャァと地面に落ちていく。
「うん、できた」
オグはモンスターを無視したまま、嬉しそうに宣言しておたまを置く。
「ユーイ、ちょっと手伝ってよ」
オグは今度はスライム布を取り出し、俺に切ってほしい部分を指示する。小さい端切れが二枚と、細長い布を一枚。
そしてオグは自分の靴を脱ぎ、中底にその糊をべったりと流し込む。
「ぇええ、おい、何やってんだぁ?」
シアンが顔を顰めながらオグの手元を覗き込む。まだ熱い糊から湯気が立っている。今はオグのブーツの中から湯気が出ていることになる。
「この靴ってさ、悪くはないんだけど、履き心地がちょっとね。どうせだったら、もう少し快適にしたいじゃん。中敷きを作ろう」
「靴を、快適に、か? 中敷き?」
――――こいつはマジで何を言っているんだ?
そしてオグは小さい方のスライム端切れを掴むと、それを靴の奥まで押し込んでいく。
「おぉ、思った通り! 防水でも、糊でちゃんとくっつきそう!」
「そうか……それはよかったな」
――――いや、なんでスライムの端切れを、そんな場所にくっつけるんだよ⁉
勇者はやっぱり訳が分からない。
シアンなんか口をあんぐり開け、眉毛が跳ね上がっている。なかなかの美形顔が台無しになっている。
オグは気に入った場所にスライム端切れが固定されたらしく、満足そうに頷いている。
そしてその靴を履き、立ち上がる。
「おぉぉぉおおお! マジで最高! ユーイ、シアン! 絶対にこれ、お勧め!」
スライム靴にするのか?
ヌルヌルしそうなイメージに引く。
シアンも一瞬引いた顔をしていたが、すぐに頷いて自分の靴を脱ぎ出す。
「え、お前もスライム入れるのかよ⁉」
「いや、オグがいいと言ったの、今まで全部アタリじゃねぇ?」
確かにいいものは多いが……多いが! 靴にスライムなんて、想像するだけで足の裏が気持ち悪くなる。
だがシアンも靴にスライムを入れると、物凄く嬉しそうに動き回っている。
そして今までのシアンの動きよりも、確実にスピードや急停止、急転回が速い。どう見ても踊っているようにしか見えない。やはり踊り子らしい動きだ。本人には秘密だが。
「マジでユーイもやれ! こいつぁ、スライム布や板と同じぐらいすげぇぞ⁉」
マジかよ。
半信半疑で、しぶしぶ俺も靴にその破壊行為を施してみる。
そして立ち上がった、その第一歩。
ぐにゅん
やはり、気持ち悪い。
気持ち悪い。
――――なにこれ。めちゃくちゃ気持ちいい!
スライムのひんやりした性質が仄かに感じられて、疲れた足裏に効く。
そして何より最高なのは、足裏に来る地面の硬さや衝撃が一切伝わらず、まるで泥の上を歩いているような感覚である。足指の間にも少し押し入り、それが言い表せない快感となる。
何度かその場で強く踏み足しても、尾てい骨にまったく衝撃が伝わらない。最高だ。
「すっげぇな! 確かに、これは、凄い!」
衝撃が伝わらない。それは凄いことだ。
つまり、敵を強く蹴り込んでも、高い場所から飛び降りても、衝撃がこないということ。可能性は未知である。だがどう転んでも、戦闘で役に立つことは想定できる。
――――本当に……こいつは……
「ユーイ、見て! 燃えない手袋!」
少しの間オグから目を離した隙に、また何かを作ってしまったらしい。
それはとても不格好な手袋である。
皮手袋の外側一面に糊付けされた小さな球体が、大量に張りつけられている。あのモンスターがオエッと吐き出す球体だ。
オグは俺が止める前に、すぐに火へ手袋をした手を突っ込む。
「バカ野郎! だから、いきなり行動するなぁぁ!」
「大丈夫! 熱くないから!」
「結果を見てから『大丈夫』って言うんじゃねぇ!」
「なんかユーイ、どんどん口悪くなってきたよね。シアンのが移ってきたんじゃない?」
「誰のせいだ!」
オグは自分の手を見下ろし、少し頭を捻る。
「ねぇ……これさぁ……」
「な……なんだ?」
何を言い出すんだろうか。
不安で動悸がしてきた。
「ちょっと格好悪いよね。うん、これは仕舞っておこうか。使いたかったら教えて」
オグは手袋を脱ぎ、すぐに横へ放り出す。
種を食べ終わってオグを熱い目で見ていたモンスターは、その手袋の匂いを嗅いでいる。自分の玉を使ったものに好奇心が湧いているのか、親近感が湧いているのか、嫌悪感が湧いているのかはさっぱり読めない。
だが手袋の横に座り込み、ヌチャヌチャと小さな手のひらを舐めて、黒い唾を頭の毛に塗り込んでいる。ヌルついた尻尾がゆらゆらと揺れていた。やはり、気持ち悪いモンスターだ。
「そういえば。お前はなんでオークを見て、目をキラキラさせてたんだ? そんなに食いたかったのか?」
俺の質問に、オグが頭を振る。
「いや、確かに食べたかったけどね。脂が欲しくて」
「脂ぁ?」
肉じゃなくて、脂。意味が分からない。
「異世界では脂のほうがご馳走か?」
「そうじゃない。石鹸を、作ってみたい」
「だから、その『セッケン』ってなんだよ……?」
恐る恐る問い返してみるが、オグはもう次のことに意識が向いてしまったらしい。
あの細長いスライム布を手に持つと、すっと立ち上がった。
「忘れるところだった。ユーイ、脚広げて真っすぐ立って」
猛烈に嫌な予感しかしない。
俺は勇者の操り人形らしく、黙って立ち上がる。
すぐ目の前にシアンが立ち、口角を上げた意地悪い表情でこちらを見ている。
「巻いていくから、この端持って」
そして勇者は。
俺の股に。
スライム布を巻き始めた。
股をかいくぐらせ。
――――赤ん坊のおしめかよ⁉
「いいから、いいから。透明で他人には見えてないし。衝撃減るから、ケツもこれで安全でしょ?」
「ぎゃはははははははははは!」
シアンは俺を指差しながら、本気で笑い転がっている。笑いすぎて目に涙が溜まっていた。
「俺のケツで実験すんな!」
「いいから、いいから。ちょっと座ってみてって」
渋々、ゆっくりと地面に腰を下ろす。
そしてそのクッションの衝撃吸収性能に、俺は息を呑んだ。
尻が、まったく、痛くない。
いや、動けば確かに中で激痛が走る。
だが地面に当たる時の外側からの刺激が一切ない。
はっきり言えば、靴の中敷きという発明よりも、さらに猛烈に感動するレベルの発明である。
「ぎゃはっ、ははははっ! おい、悪ぃ……っ! 機能は……認める……! でも、ぶはっ、見た目が……っ、おしめすぎる……!」
もう完全に涙を流しているシアンに怒鳴る。
「うるせぇ! 笑うな! これは……本当に痛くないんだよ!」
「だめだ、腹痛ぇ……! お前、今たぶん世界で一番強そうなおしめ姿だぞ!」
「見た目なんぞ知るか! 俺の繊細な尾てい骨が救われてんだよ!」
「ぎゃはははは! その騎士面で股の快適さ語るな! 俺の腹筋が死ぬっ!」
シアンがムカつくほど笑い転げている横で、オグは満足そうな表情をしている。
「黙れ! これはおむつなんかじゃない! 俺の尻の革命だ!」
しばらく、俺の怒鳴り声とシアンの大音量の笑い声が、川にこだましていた。




