18 信用ならないものばかり
「で。結局そいつを飼うのかよぉ、化けもんママさん?」
シアンはさっきまで笑いすぎて痛めた腹を押さえながら、まだ毛づくろいを続けているモンスターを見ている。
普通、毛づくろいってのは綺麗になるためにするもんじゃないのだろうか。
こいつはどう見ても、やるたびにぼさぼさのぬるぬるになっていく。
「飼う」
オグが即答する。
「だが何かありゃ、オレが殺すぞ?」
「うん、分かってる」
こっちも即答だ。
なんなんだこいつら。会話が軽すぎる。
「じゃ、名前つけてやれ。ずっと『そいつ』じゃ不便だろうが」
「名前かぁ。うぅん……、ギュイギュイ鳴くから、ギィで」
「安直!」
思わず突っ込むと、オグが唇を尖らせる。
「いいじゃん、覚えやすいし」
「別にダメとは言っていない。そういえばオグ、近くに別の遺跡があったぞ」
「えっ、本当!?」
その瞬間、オグの目の色が変わる。
「ここからなら二か所。一つは樹林の中。もう一つは半分水に沈んでいる」
「水!」
食いついた。
「やっぱそっちか」
俺の苦笑にシアンが鼻で笑う。
「行きたい、行きたい!」
「おめぇのその遺跡への執着、何なんだ」
シアンが呆れたように笑う。
オグはもう完全に水没遺跡のことで頭がいっぱいらしい。嬉しそうに跳ねている。妙にキレがいいのは身体能力のせいだろう。肩の上のギィまで何故か嬉しそうに尻尾を揺らす。
俺とシアンは苦笑しながら夕飯の支度を始める。
「今日は何食べるんだ?」
「へぇ、ユーイもついにモンスター食に興味が?」
「違う。何をやらかすのか確認してるだけだ」
「俺は鍋っぽいのがいいなぁ。スープとか。野菜も入れて」
「カラスはまだあるぜ。野菜はその辺で採るか」
「おい、ちょっと待て、その『その辺で採る』が一番怖い」
だが二人は護衛の言葉なんか聞いていない。
「……食う草採ってくるぜ!」
「食う草って言い方は不味そうだから、やめろ!」
オグとシアンは一緒に近くの茂みへ消えていく。
――――どうして俺の周りは食い意地の張った奴ばかりなんだ。
そう思いながら剣の手入れをしているうちに、痛みのない尻の快適さに感動してきて、全部どうでもよくなる。
戻ってきた二人の手には、案の定、大きな雑草が大量に握られている。
「ユーイ、決めたよ! 今夜はカラス・ミルフィール!」
「なんだその、微妙にそれっぽい名前の料理」
「本当は豚肉で作るんだけど、オークが手に入らなかったからカラスで代用。脂があるからいけると思う」
「また脂……?」
なんでこいつ、そんなに脂にこだわるんだ。
オグは大きな葉を洗いながらやたらと楽しそうに説明を続ける。こういう時だけ本当に口数が増える。
ギュゥゥゥイ
「え、ギィも野菜食べる?」
オグが一枚差し出すと、ギィはぷいっと顔を背け、そのままオグの背中へ降りていく。
「好き嫌いあんのかよ。前は棒食ってただろ」
シアンが笑う。
オグは手際よく雑草を刻み、カラス肉と一緒に鍋へ放り込む。
「はい、あとは待つだけ」
その顔が妙に満足げで腹が立つ。
そしてカラス・ミルフィール。
……悔しいが、普通に食えた。
一度カラスを食べたことがあるせいか、前ほどの抵抗はない。
慣れって恐ろしい。
脂の旨みが火を通してしんなりした草に絡む。見た目は雑草なのに、口に入ると結構美味しいのがまた腹立たしい。
グゥオッ グゥオゥオゥオゥ
後ろでカラスを食べたギィが白い粒を大量に吐き出している。
「キモいから出すんだったら向こうで出せ!」
シアンが即座に怒鳴る。
オグはそんなモンスターを無視し、鍋に夢中になっている。
平和な夜だった。
俺とシアンで今日の分のスライムを仕込んでいる間、オグはせっせと寝床を作っている。やたらと自分の分の布をいじっているのが気になるが、いつものオグのことだ。
そして就寝。
横になった瞬間、尾てい骨の奥でボキボキと嫌な音がした。
……あー。俺たち、なんで旅してるんだっけ。
朝は助けた街から追い出され。
昼は変だが便利な発明を見せられ。
夜は平和な夕飯を食べる。
よく分からなくなってきた。
◇◇
地平線に色が混ざり始めたばかりの頃。
ゴソゴソと布と金属を擦る音で目が覚める。
オグは珍しくもう起きている。焚火の残り火の前で、何かを一心不乱にいじっている。隣ではギィが、毛皮が滴るほど黒い唾液まみれになっている。
「朝から最悪の光景だな……」
上半身を起こした瞬間、尾てい骨に激痛が走る。
声にならない悲鳴を噛み殺す俺を見て、ギィがぎしぎしと頭を回し、ニタァと笑う。
「相変わらず気持ち悪いな、ギィ」
「ユーイ、ちょっとだけ待ってて!」
オグが振り向きもせず言う。
なぜか嫌な予感がじわじわと胸の底から湧いてくる。
そして数秒後。
「ユーイ、できた!」
勢いよく振り返ったオグの手にあったのは俺の携帯用シールドだ。
「ぁああああ! お前、俺の物を勝手に触るなって言ったよな!?」
「だって、強い方がいいじゃんか!」
「失敗したらどうするんだ! 俺は自分の武器道具に愛着があるんだよ!」
慌ててシールドをオグの手からひったくる。
見た目に大きな変化はない。
だが縁のあたりに昨夜仕込んだスライム布が薄く張りついていて、触ると表面が妙に柔らかい。
最悪だ。
「……朝からうるっせぇなぁ」
シアンが欠伸をしながら起き上がる。
「見てよ、ユーイ! これで衝撃に強くなったんじゃない? いざとなればシールドで敵をぶん殴れば吹き飛ぶはず! 多分!」
「最後の『多分』が怖ぇな」
「だろ!?」
シアンの呟きに俺が声を張り上げる。
「でも水の遺跡に行くんだろ? ゴーレムリンやオークのようにモンスターが群れていれば役に立つかもな」
「お前までそっちにつくのか!?」
「足場悪ぃ場所でゆっくり戦うより、さっさと吹っ飛ばした方がいいだろ」
「いや、それはそうだが」
俺が呻いている間にもオグはきらきらした目で続ける。
「防水はどこまで効き目あるか分からないけど、毒も弾くと嬉しいな」
「『分からないけど』をやめろ!」
「うまくいけば!」
「だからその『うまくいけば』をやめろって言ってる!」
ギュイ
足元でギィまで俺をバカにしたように鳴く。
「お前は黙ってろ。朝からなんでそんなにべたべたなんだよ」
ギィはぬるぬるの尻尾を振りながら、オグの足にまとわりつく。オグはそれを当たり前みたいに抱き上げ、肩に乗せる。
「よし! 軽く食べたら出発しよう! 水の遺跡!」
「本当に好きだな、お前……」
朝食は昨夜の残りのカラス・ミルフィールだ。
冷めても普通に美味しいのが腹立たしい。ふにゃふにゃの雑草にカラスの脂の味が馴染んでいる。
オグは得意げだし、シアンは二度おかわりをしてる。
やっぱり俺の周りは食の認識に対しておかしい奴しかいない。
食後、火を消して荷物をまとめ、俺たちはへ進んだ。
空気は肌寒く、川沿いの森の香りに、土と古い水の匂いが濃い混ざり始める。
前を歩くオグは今日も無駄に元気だ。ギィを肩に乗せたまま、枝を器用に避け、岩を飛び越え、人間離れしたコースで進んでいく。
「待て、速い!」
「ユーイ、遅い」
「お前が速いんだ!」
「オレでもちょいダルくらいなのに、おめぇよく国一の騎士やってんな」
「うるさい! 速いと尻が痛むんだよ!」
しばらく進んだところで、唐突に風が変わる。
じっとりとした静かで重い空気。
木々の隙間の向こうで、光が揺れている。
「……あれか」
枝を押し退け、生い茂った葉をくぐる。
そこで思わず足を止める。
「……すげ」
静かな水面が少しだけ揺れている。
池と呼ぶには広く、湖と呼ぶには小さすぎる。眩しい朝の光を映した水の中から、崩れて藻に覆われた石柱が何本も突き出している。
半分沈んだ階段。
砕けて途切れた通路。
藻と苔に覆われた巨大な石の門。
そしてその向こうには暗い影となってどこかへと続いている通路。
沈んだ、水の遺跡だ。
「すごい……!」
オグの声が弾む。
肩のギィが小さなげっぷをして興味なさそうに目を閉じる。
シアンは口の端を吊り上げる。オグと同じくらい目がぎらついている。
「まだお宝ありそうじゃねぇか?」
「お宝! いいね、絶対に手に入れたいよね」
「なんかいそうな雰囲気だな」
俺の呟きにシアンが鼻で笑う。
「なんかいりゃ、早速そのシールドを試せるじゃねぇか」
「そうそう、大丈夫! 俺のシールドもあるし」
「お前のじゃねぇよ! 大体オグの作った物で安心できたこと一度もないだろが!」
俺は改造された小型シールドを見下ろす。
表面は相変わらずふにゃりっとして心配になる。
次の目的地はあの沈んだ遺跡の中。
水没遺跡が俺たちを呼ぶかのように、水面が揺れる。
しかも俺の手には、未検証のオグ製改造シールドまである。
――――マジで嫌な予感しかしない




