#8
冷風が通路を吹きぬける。青白い光が床に反射し、非常灯の緑が縦に並ぶ椅子を妖しく照らす。
充分異質な空間だった。知らない場所、知らない人。誰とも話したことのない内容を、赤裸々に打ち明けている。
青年はたまに車椅子のタイヤを指でなぞり、視線を膝元に落とした。
「まだ大丈夫」
「え?」
「時間。もう少ししたら、看護師さんが巡視に回るから」
にっこり微笑まれ、思わず笑い返す。ついつい忘れてしまうがここは病院で、自分は患者だ。郷に入っては郷に従わないといけない。
この街にも、滞在する為のルールがあった。
余計な詮索をしない。それを破った瞬間、枠の外に弾かれてしまう。
「そうか……恋人さんが侵入したんですね。由貴さんは、それを知ってたんですか?」
「いいえ。それどころか、今も隠されてます。何も言ってくれない……俺は信用されてないみたいです」
「気持ちはわかります。でも、信用とはまたちょっと違うかもしれない。実は俺も神様の家にアクセスしたこと、パートナーに黙ってたんです。どうせバレるのに、最低な判断でした。彼を信用してないわけじゃなくて、そんなものに頼ったことを知られたくなかった。……失望されたくなかったんです。永遠に愛される自信がなかったこと」
自己防衛に近いのだと彼は言った。相手ではなく、自分の問題。心の弱さが招いた結果。それらが全て跳ね返って、大きな災害を引き起こす。
永遠に繋がれる代わりに、離れたくても離れられない関係性を得る。そして自由を失う。
「俺は旅が好きで、世界中を旅して回るのが夢だったんです。自分の足で渡り歩く、それが俺の中の最大の自由だった。でも神様の家に入って、大切なパートナーと結ばれた代わりに……両足の自由を失った」
言葉が出てこなかった。
聞いたとおり、神様はその人なりの自由を奪う。じゃあ絹が若返って大人になれないのは……色々考えられるが、決して希望のある真相ではないだろう。
それに司はどうなる。司が失った最大の自由って……まさか……。
「そろそろ時間だ。病室に戻りましょう」
青年は壁にかかった時計を見るとブレーキを外した。そしてこちらに手を差し伸べ、握手を求める。
自分と同じ大きさの手だった。その手を取ろうとしたものの、寸前で止まる。
「俺はこの手で、……人を殺そうとしたことが、あるんです」




