#1
梅雨を迎えた。
年間を通して気温の変化がないこの街も湿気を帯び始めている。
朝露が光る早朝、由貴は街のシンボルにもなっている高層タワーに訪れていた。入場料を払い、展望台から街の全景を眺望する。見下ろす先は玩具のような建物がぎっしり敷き詰められていた。
休日とはいえ朝は人も少ない。カップルらしき二人組も見当たらず、居るのは中年の男性が二、三人。何の目的でここにいるのか分からないが、恐らく自分が一番酷い心境なんじゃないか、と悲観的に思ってしまう。
昨夜、司に全て打ち明けた。
稔と付き合っていたこと、彼を奪った人物を恨んでいたこと、その繋がりで司に近付いたこと。
疑念と悪意に満ちた計画に巻き込んだことを謝罪した。罪を告白し、判決を待つ被告人のような気持ちだった。しかし救いだったのは、司は怒りも悲しみもしなかったことだ。いつも通り冷静に、落着して話を聞いてくれた。
別れるのは勿論……どんな罰でも受けると言った自分に対し、静かに首を横に振った。
『ずっと一緒にいようって君が言ったんでしょ?』
その一言で、呆気なく終了。あまりに軽い。軽すぎる。
結局いたたまれなくなってトイレに逃げ込んだ自分が情けない。そのまま明け方まで籠城し、こっそり司の家を出てきた次第だ。
スマホを見ると、着信履歴に司から数件掛かってきていた。でもまだ……もう少し落ち着いてから掛け直そう。というか、次どんな顔して会えばいいのか分からない。迷惑料を用意し改めて謝罪に行くべきだろうか。誠意が伝わるかどうか微妙だが、そっちの方がまだ誠実な気がする。
しかしそれも簡単に跳ね除けられそうだ。彼が自分から金を受け取るとは到底思えない。面白いくらいその光景が脳裏に浮かぶ。彼は本当に稀有な人種だ。
いつもはどれをとっても完璧なのに、時折脆い部分を見せる司のことが心配仕方ない。人が良過ぎるのは確かに欠点だ。特にこの街の中では……。
司とまた会ってもいいのか、何回も自問自答する。兄に近付くなと言った文人のことも思い浮かべた。彼の気持ちは分かるし、言ってることも正しい。だから自分と司が一緒にいることでどれだけの人が傷付くか計算した。意味はないかもしれないけど、ひとりで黄昏れる時間は充分ある。
手すりに突っ伏す形で街の輪郭、山の稜線を眺めた。あのずっと先、自分が居た町は……もう少し平和だったか。
叶わない夢かもしれないけど、いつか自分の故郷に司を案内したい。なんの変哲もない港町だけど誰もが穏やかな顔で歩いている。潮騒の音だけが響いて、清々しい空気が全身に回る。スマホを弄りながら歩いてる者は一人もいない。都会から見れば圏外の町。
だが心落ち着く材料は無限に転がっている。夜中に出歩いても平気だし、戸の鍵をかけてない家もたくさんあった。危険という言葉と最も縁遠い土地だったのではないだろうか。
息も絶え絶えの郷愁は、満ち干きを繰り返す。




