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◆第48話「人間債権回収市場(マンハント・マーケット)」

 中央銀行の設立と公的資金注入により、金融システムは一命を取り留めた。しかし、蓮は新たな問題に頭を抱えていた。

「……動かない。金が回っていない」市中の銀行には現金を注入した。だが、銀行はその金を金庫にしまい込み、新たな貸し出しを行おうとしないのだ。


 徴税官長マルクスが、冷めた紅茶を啜りながら言った。

「当然でしょう。銀行の帳簿には、バブル時代に貸し付けた『腐った貸付金』がまだ残っている。銀行家たちは、それらが『いつか返済される』という幻想にしがみつき、損失として処理していない。……腹の中に腐ったものを溜め込んだままでは、新しい食事――つまり投資という意味ですが――はできませんよ」


 蓮が相槌をうつ。

「ゾンビ債権ですね。自己破産を選ぶ債務者もいるけれど、債務者たちの多くは逃げ回っているし、銀行もわざわざコストをかけて破産させるメリットがない」


「ならば、メリットを与えればいい。債務者を『資源』として回収させるよう銀行を動機づける」

 マルクスの眼鏡が怪しく光った。


 翌日、王都に衝撃的な布告が出された。『特別債権回収令:債務者の身柄を確保し、破産を申し立てた債権者に対し、国は債権額の5%を現金で交付する』


 たった5%。しかし、ゼロよりはマシだ。そして何より、この制度は銀行家たちの「生存本能」に火をつけた。公的資金注入で国の管理家にある銀行は、回収の見込みのない不良債権を温存するよりも、5%でもいいから回収することを義務付けられているのだ。翌日から、王都の景色は一変した。銀行が雇った屈強な「債権回収人デット・ハンター」たちが、路地裏、安宿、あるいは愛人の家を捜索し始めた。


「いたぞ! 元・カボチャ男爵だ!」

「ま、待ってくれ! もう少しで金ができるんだ! 頼む、債務者刑務所には行きたくない!」

「問答無用! お前の身体は、銀行の『資産』なんだよ!」


 路地裏で、かつての投資家が引きずられていく。彼はもはや人間ではない。銀行の帳簿をきれいにするための「償却資産」だ。回収人によって「確保」された債務者たちは、家畜のように馬車に詰め込まれ、裁判所へ直送される。そこで即座に破産宣告を受け、その場で作業着に着替えさせられ、開拓地行きの馬車に乗せられる。


 その光景を、蓮は執務室の窓から見下ろしていた。吐き気を催すような光景だった。

「……まるで人狩りだ。俺たちは、経済を直すために悪魔に魂を売ったのかもしれない」


 隣に立つマルクスは、平然と書類に判を押していた。

「感傷的ですね。ですが見てください、今月の経済指標を」


 マルクスが示したグラフは、劇的に改善していた。

「銀行は不良債権を『5%の現金』に変え、身軽になったことで、ようやく新規の融資を始めました。パン屋に小麦粉を買う金が回り、運送屋に荷馬車を直す金が回った。……あの『人狩り』が、止まっていた経済の歯車を無理やり回したのです」


 その時、回収人の一団が、一人の大男を取り囲んでいるのが見えた。かつてのS級冒険者、ギガスだ。

「放せ! 俺は英雄だぞ! ドラゴンを倒した男だぞ!」

「今はただの借金王だ! お前のその筋肉なら、石切り場でいい値がつくぞ!」


 ギガスは暴れたが、多勢に無勢。鎖に繋がれ、ドナドナのように荷馬車に乗せられていった。彼がかつて発行した「ダンジョン証券」を買った銀行自身の手によって、彼自身が「精算」されるのだ。皮肉な因果応報だった。


 蓮はカーテンを閉めた。

「……分かってる。これが『新陳代謝』だってことは。毒を出さなきゃ、体は治らない」

「ええ。彼らには、汗を流して働いてもらいましょう。それが、彼らが食いつぶした国の富を埋め合わせる唯一の方法ですから」


 王都は恐怖に包まれた。借金のある者は、夜も眠れずに震えた。だが、その恐怖こそが「借りた金は返さなければならない」「真面目に働かなければならない」という、当たり前の規律を人々の骨髄に叩き込んだ。残酷な「債権者破産申立」の嵐は、バブルの浮ついた空気を完全に消し去り、国を冷徹な「実力主義」の社会へと作り変えていったのである。

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