◆第47話「破産法の制定」
王宮前広場に設置された特設テント。「特別破産裁判所」の看板が掲げられたその場所には、長蛇の列ができていた。つい数日前までシルクを着ていた紳士たちが、今は薄汚れたシャツ一枚で震えている。中央銀行の設立と同時に、ソラニア破産法が制定され、借金を棒引きしてもらえることになったからだ。
並んでいる者の中には、自ら出頭した者いれば、銀行の債権回収人に捕まって連れてこられたものもいる。ただ、借金棒引きのための条件は厳しい。借金の規模に応じて三年から十年の強制労働が待っている。労働期間中は、魔道を施した入れ墨がなされ、逃亡しても行けるところはない。
期間が終了すれば、入れ墨は消える。破産申立をするときには、着ている服以外の全財産を国に差し出さねばならず、もし、国を欺いて隠し財産を持ったまま借金をゼロにしようと目論んだなら、国家反逆罪と同等の扱いとなり最高刑は死刑である。
法壇の中央には、徴税官長マルクス。その横には、法の番人としてヴァレリオが、そして記録係として蓮が控えていた。
「次。元・穀物問屋のドルトム」
マルクスの冷たい声が響く。引き出された男は、涙ながらに訴えた。
「お、お助けください……! 先物で失敗して、借金が金貨5万枚……。一生かかっても返せません!」
マルクスは書類に目を落とさずに言った。
「救済を求めますか? よろしい。では『特別破産法』に基づき、あなたの全財産を没収し、北部の街道整備工事へ5年間の労役を命じます。……5年耐え抜けば、借金はゼロにして差し上げましょう」
「ご、5年……あの極寒の地でツルハシを振るえと!? 私は、もう五十歳近いのですぞ!」
「嫌なら、一生借金取りに追われて野垂れ死になさい。選ぶ権利はあなたにある」
ドルトムは崩れ落ち、震える手で誓約書に血判を押した。これが「救済」だ。地獄のような労働だが、終わり(ゴール)はある。
「――では、身体検査を」
衛兵がドルトムを取り囲む。そして、魔法具の探知機をかざした瞬間、けたたましい警報音が鳴り響いた。『反応あり! 靴の踵部分!』
衛兵がドルトムのブーツを無理やり脱がせ、踵をナイフで割ると――中から、きらりと光る最高級のダイヤモンドが転がり出た。広場が凍りついた。ドルトムの顔から血の気が失せる。
「あ、いや、これは……亡き母の形見で……!」
マルクスが、ゆっくりと眼鏡を外した。
「……『全財産』と言いましたね? 隠し立てがあれば死罪だと、最初に通告したはずですが」
「お、お慈悲を! これ一つくらい残してもいいでしょう!?」
マルクスは、ヴァレリオをに目を向ける。ヴァレリオは無表情のまま衛兵に顎をしゃくった。
「法の権威を守るためだ。――連れて行け」
「いやだ! 助けてくれ! たかが石ころ一つだぞ! うわあああっ!」
ドルトムが絶叫しながら引きずり出されていく。やがて、広場の隅にある断頭台から、重い刃の落ちる音が一度だけ聞こえた。
ドスン。
並んでいた他の破産者たちが、一斉に悲鳴を上げた。彼らは慌てて、隠し持っていた指輪や、服の裏地に縫い付けた金貨を、震えながら差し出し始めた。
「こ、これも出します!」
「隠し金庫の鍵です!」
「命だけは……!」
その阿鼻叫喚の中で、蓮は胃の痛みをこらえながらヴァレリオにささやいた。
「……やりすぎじゃないですか、ヴァレリオさん。ダイヤモンド一つで死刑なんて」
「いいえ、蓮殿。これが『信用』の代償です」
ヴァレリオは、積み上げられた没収品――再生への原資――を見つめて言った。
「彼らは博打に負けたから処刑されたわけではない。『国家を騙そうとした』からなのだ。……ここで甘い顔を見せれば、誰も法を守らなくなる。新しい社会を作るには、まず腐った根を完全に焼き切らねばならん」
そして、マルクスは列の最後尾にいた若者――ラクリオを見た。彼は全てを失い、ボロボロになっていたが、隠し立てするものは何も持っていなかった。
「……ラクリオ。お前は隠し財産はないな?」
「はい……。全部、労働金庫に返済にあててきましたから」
「よろしい。お前には3年の労役を命じる。……場所は、南部の干拓地だ。衣食住は保証される。泥にまみれて働き、3年後に戻ってこい。その時、お前は自由だ」
ラクリオは深く頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
死刑と、再生。その境界線は、たった一つの嘘があるかないかだった。この厳格すぎる破産制度により、ソラニア王国の不良債権処理は、血を流しながらも驚異的なスピードで進むことになる。




