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◆第43話「正義の怒りと、進まぬ会議」

 王都の機能が停止してから三日目。王宮の御前会議室は、怒号と罵倒が飛び交う戦場と化していた。議題はただ一つ。「破綻した銀行を救うべきか、見捨てるべきか」である。


「見捨てるべきだ! 断じて救済など許されん!」

 テーブルを拳で叩き割らんばかりに叫んだのは、農務大臣ケネー卿だった。彼は顔を真っ赤にして、唾を飛ばしながら熱弁を振るった。

「あの強欲な銀行家どもは、農民を騙し、岩山を担保に法外な貸付を行い、実体のない証券で私腹を肥やしたのだ! これは彼らの自業自得、天罰である!」


 多くの大臣たちが、それに同意して頷いた。

「そうだ! なぜ国庫の金――国民の血税を使って、博打に負けた詐欺師どもを助けねばならんのだ!」

「そんなことをすれば、真面目に働いている者が馬鹿を見る! 『モラル・ハザード(倫理の欠如)』だ!」


 彼らの主張は、道徳的には100%正しい。悪党は罰せられるべきであり、失敗した経営者は退場すべきだ。だが、それに反論する商務省の役人が、悲鳴のような声を上げた。


「しかし! 銀行を潰せば、善良な市民の預金も消えてしまうのです! パン屋も、肉屋も、運送屋も、運転資金が引き出せずに倒産してしまう!」

「ならん! 悪を助ける前例を作るわけにはいかん!」

「ですが、このままでは暴動が起きます! 民は、今日食べるパンも買えないのですぞ!」


 議論は堂々巡りだった。「正義」を叫ぶ者と、「実利」を叫ぶ者。どちらも正しく、そして決定的に噛み合っていない。その間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。王都の経済という患者は心肺停止状態にあり、一分一秒遅れるごとに、壊死する組織(倒産する企業)が増えていくのだ。


 玉座の国王は、頭を抱えていた。

「……朕はどうすればよいのだ。悪を見逃すこともできぬ、かといって民を見殺しにもできぬ……」


 混乱が極まり、誰もが疲労困憊している。そのとき、御前会議室の扉が重々しい音を立てて開かれた。怒号と罵倒が飛び交っていた会議室が一瞬静まり返る。入室してきたのは、漆黒のマントを纏った徴税官長マルクスと、青ざめた顔ながらも決意の瞳を宿した藤村蓮だった。


「……議論は終わりましたか? 時間の無駄だ」


 マルクスの冷徹な声が、熱り立った空気を凍らせた。彼は国王の前に進み出ると、恭しく一礼し、分厚い書類の束をテーブルの中央に放り投げた。ドサリ、と重い音が響く。


「マルクス! 貴様、会議に遅れるとは何事だ。それに部外者の藤村殿まで連れて!」

 農務大臣ケネー卿が叫ぶが、マルクスは無視して黒板の前に立った。


「現状の認識が間違っています。あなた方は『銀行家を助けるか否か』という道徳論を戦わせている。ですが、これは『止まった心臓を動かすか、国ごと死ぬか』という、生存の問題です」


 マルクスは黒板に一本の太い線を引いた。

「銀行には『資産(土地や債券)』はあるが、『現金』がない。だから支払いができず、パニックが起きている。これを解決する手段は一つしかありません」


 彼は黒板に大きな文字を書いた。【ソラニア王国中央銀行】


「陛下。新たな機関を設立します。この機関は、王国の『通貨発行権』を独占し、銀行に対して無制限に現金を供給する権限を持ちます。いわゆる『最後の貸しレンダー・オブ・ラスト・リゾート』です」


 会議室がざわめいた。

「む、無制限だと……? そんな金がどこにある?」

「刷るのです。あるいは、帳簿上で作り出すのです」


大臣たちが息を呑んだ。

「そ、それは……禁じ手ではないか?」

「悪党を税金で助けるのか!」



 王宮の御前会議室。重厚な円卓を囲む空気は、外の静寂とは対照的に、張り詰めた弓弦のようにきしんでいた。


「――以上が、我々の提案する緊急経済対策案です」


 徴税官長マルクスは、分厚い羊皮紙の束をテーブルの中央に置いた。彼が提示したのは、破綻した銀行に対し、国が新たに設立する『中央銀行』を通じて無制限に資金を供給する――いわゆる「公的資金注入ベイルアウト」による救済策だった。


 その提案を聞いた瞬間、農務大臣ケネー卿が真っ赤な顔でテーブルを叩いた。

「正気か、マルクス! あの強欲な銀行家どもを税金で助けるだと!? 奴らは農民を騙し、岩山を担保に博打を打ち、国を滅茶苦茶にした張本人だぞ! なぜ国民の血税で、詐欺師の尻拭いをせねばならんのだ!」


 他の大臣たちからも、一斉に同意の怒号が上がる。

「断じて認められん!」

「真面目に働いている者が馬鹿を見るぞ!」

「悪は滅びるべきだ!」


 彼らの怒りはもっともだった。道徳的に見れば、銀行救済など言語道断の「不正義」である。


 反発の声が上がる中、マルクスは一歩下がり、隣の蓮に視線を向けた。

「……ここから先は、彼に説明してもらいましょう。かつて彼のいた世界で、この処置を誤った時に何が起きたか」


 蓮は前に進み出た。国王と大臣たちの視線が、一斉に彼に突き刺さる。足が震えそうになるのをこらえ、蓮は口を開いた。

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