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◆第40話「錆びついた剣と、猛獣の咆哮」

 バブルが弾けてからわずか数日で、王都の狂騒は、悲鳴と絶望の沈黙へと変わっていた。証券取引所が閉鎖され、すべての金融資産が凍結された中、冒険者ギルドの前にも、殺気立った群衆が押し寄せていた。彼らは、かつてギガスたちが発行した『ダンジョン証券』を買った投資家たちだった。


「金が返せないなら、現物をよこせ!」「この証券には『ドラゴンの牙』と交換できるって書いてあるぞ!」「とっととダンジョンへ行って取ってこい!」


 ギガスたち冒険者は、青ざめた顔で追い詰められていた。手元の現金は使い果たしている。借金を返すには、契約通りダンジョンへ潜り、証券に記載されたレアアイテムを持ち帰るしかない。


「わ、わかったよ! 行けばいいんだろ、行けば!」ギガスは震える手で、久しぶりに愛用の剛斧を握った。ずしりと重い。以前なら小枝のように振り回せたはずの武器が、今は鉛のように感じられた。


 彼らは、かつて「S級の宝眠る」と宣伝した未踏破ダンジョン『嘆きの廃坑』へと向かった。だが、その行軍は悲惨だった。数ヶ月間、飽食と怠惰な生活に溺れ、ブクブクと太った体は、鎧を着るだけで息切れを起こしていた。


「はぁ、はぁ……。くそ、なんでこんなに遠いんだ……」ようやくダンジョンの入り口に辿り着いた時、彼らはすでに疲労困憊していた。だが、後ろには借金取りが待っている。進むしかなかった。


 薄暗い洞窟の中。最初に現れたのは、下級モンスターのゴブリンの群れだった。かつてのギガスなら、鼻歌交じりで蹴散らせた相手だ。「どけ! 雑魚ども!」ギガスは斧を振るった。しかし――


 ガキンッ!斧が岩壁に当たって弾かれた。間合いが掴めない。体が重くて踏み込めない。動体視力も反射神経も、酒と油にまみれて腐り落ちていたのだ。


「ギャギャッ!」ゴブリンたちが、その隙を見逃すはずがなかった。彼らは嘲笑うように冒険者たちを取り囲み、錆びついた鎧の隙間から、容赦なく槍を突き入れた。


「ぐああっ!」「た、助けてくれ!」「足が、足が動かねえ!」


 一方的な蹂躙だった。レベルやステータスといった数値以前の問題だ。「戦う」という意思と、研ぎ澄まされた勘が欠落した冒険者は、ただの肉塊に過ぎない。ましてや、このダンジョンは「未踏破」だ。奥からは、ゴブリンよりも遥かに恐ろしい魔物の咆哮が近づいてくる。


「ひぃぃっ! 無理だ! 死ぬ!」「逃げろおおお!」


 ギガスは斧を放り出し、泥にまみれて這いずり回った。かつてのSランクのプライドも、投資家としての虚勢もかなぐり捨て、無様に逃げ出した。


 命からがら洞窟の外へ飛び出した時、彼らはボロ雑巾のようだった。ギガスの足元に、風に舞ってきた一枚の紙切れが落ちていた。彼らが発行した『ダンジョン証券』だ。そこには『想定リターン:無限大』と書かれている。


「……嘘だ」ギガスは、自分の血と泥で汚れたその紙を見つめ、涙を流した。「宝なんて手に入らねえ……。俺たちは、空っぽの穴に値段をつけて、自分たち自身の『戦う力』を切り売りしちまってたんだ……」


 もはや、彼らには借金を返す術も、冒険者として生きる力も残っていなかった。残されたのは、ただの紙屑となった証券と、二度と輝くことのない錆びついた武器だけ。


 遠くで、借金取りたちの怒号が聞こえる。現実という名のモンスターは、ダンジョンの魔物よりも残酷に、彼らを追い詰めようとしていた。

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