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◆第37話「破滅を運ぶ早馬」

 商業都市国家メルキア。大陸経済の中心地であり、「金が金を産む」魔都。その中心にある「メルキア中央証券取引所」は、今日も熱気に包まれていた。


「ソラニア関連株、さらに買いだ!」

「あの田舎者たちがイモに狂っている限り、我々は左団扇だぞ!」


 大理石のフロアでは、エリート銀行家たちがワインを片手に談笑していた。彼らにとって、ソラニア王国のバブルは「最も安全な狩り場」だった。リスクのある現物はソラニア人に持たせ、自分たちは手数料と金利だけを吸い上げる。完璧な搾取システムだと信じていた。


 取引所の会長、ヴァーミリオンは、葉巻の煙を吐きながらバルコニーからフロアを見下ろしていた。「……愚かなことだ。汗をかいて働くよりも、他人に汗をかかせる方が儲かるというのに」


 その時だった。取引所の巨大な扉が、乱暴に押し開かれた。


 ドドドドド……!静粛であるべき取引所のフロアに、一頭の馬が――泥と汗にまみれ、口から泡を吹いた早馬が飛び込んできたのだ。


「な、なんだ!?」

「無礼だぞ! ここは神聖な市場だ!」


 警備員が駆け寄ろうとするが、馬上の伝令は鞍から転げ落ちるようにして床に這いつくばった。その背中には、ソラニア駐在のメルキア大使館の紋章。そして「赤」のたすき――国家存亡レベルの緊急事態を知らせる「特級早馬」の印があった。


 伝令は、掠れた声で絶叫した。

「――ソラニアが……死んだ!!」


 フロアのざわめきがピタリと止まる。


「ジャガイモ価格、大暴落! 現物引き取り拒否が多発! ソラニアの全銀行が閉鎖! ……債務不履行デフォルトだ!!」


 その言葉は、爆弾よりも凄まじい威力で、メルキアのエリートたちの脳髄を直撃した。


「は……? デフォルトだと?」

 一人の銀行家が、グラスを取り落とした。ガシャン、という音が不気味に響く。


「馬鹿な! ソラニアには『PPP』があるはずだ! あれは絶対安全資産だぞ!」

「その『PPP』が紙屑になったんだよ!!」


 伝令の悲痛な叫びが、残酷な真実を突きつける。

「担保のイモはゴミになり、農地は二束三文だ! ソラニアの銀行はもう一銭も払わないと言っている! ……つまり、あんたたちが持っているソラニア向けの債権は、すべて『ゼロ』だ!!」


 沈黙。そして次の瞬間、阿鼻叫喚の嵐が巻き起こった。


「う、嘘だあああ!」

「売れ! ソラニア関連を全部売れ!」

「誰が買うんだよ! 買い手がいないんだぞ!」


 メルキアの繁栄は、ソラニアからの「利息収入」を見込んで成り立っていた。彼らは自分の金だけでなく、莫大な借金レバレッジをしてソラニアに投資していたのだ。ソラニアが倒れるということは、貸していた金が戻ってこないというだけではない。それを当てにしていたメルキアの銀行自身の資金繰りが、一瞬でショートすることを意味する。


 バルコニーにいたヴァーミリオン会長の顔から、血の気が失せた。

「……まずい。我々は羊の毛を刈るつもりで、羊の肉まで担保にして金を借りていた……。羊が死ねば、我々も死ぬ」


 取引所のボードが、赤一色(暴落)に染まっていく。ソラニア株だけでなく、メルキアの海運、鉄鋼、すべての株が連鎖的に売られた。


「取り付け騒ぎが起きるぞ! 自分の銀行へ戻れ!」

「金庫を閉めろ! 預金者に一銭も渡すな!」


 先ほどまで優雅にワインを飲んでいた紳士たちが、野獣のような形相で出口へ殺到する。我先に逃げようとして転び、踏みつけられ、悲鳴を上げる。そこには「金融先進国」の知性など微塵もなかった。あるのは、パニックに陥ったただの欲深い人間たちの群れだけだ。


 床に転がる伝令の横で、こぼれたワインが赤いシミを作っていた。それはまるで、メルキア経済が流す血のように見えた。


 震源地から遠く離れたこの場所にも、破滅の衝撃波は、時差を持って、より巨大な津波となって到達したのである。世界恐慌の連鎖ドミノは、もう誰にも止められなかった。

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